身勝手の入門編
人間は遠慮や配慮をちょいちょいしちゃうけど、その遠慮や配慮は、不利益と利益の秤にかけてやるべきだと思うんだ。
声をかけて迷惑だと思われないかなという配慮は、声をかけるメリットと天秤にかけられるべきだし、人に施しを与える時は、施しを与えるメリットをしっかり考えるべきだ。
もちろん自分が気持ちよくなるためっていうのもちゃんとメリットに入れていい。
見返りを求めたら正義とは言わないぞ とは言うけど、俺もお前も正義の味方でもなんでもないんだ。
1番大事なのは自分や家族、友人であって見ず知らずの他人や浅い関係の知人ではない。
そこに配慮して大切なものが割を食うくらいなら、我を通すのも大事だと思うんだ。
外では傍若無人に振る舞えという話だと読み取ったなら、ページをそっ閉じしてくれ。
背負うものが家族なら、自分と家族の得を他の損と天秤にかけるべきだし、自分だけなら、自己中心的に損得を考えるべきだ。
その上で、社会生活とか倫理観とか諸々を勘定にに入れて自分のやるべき事を決めたらいいんじゃないか。
仮に世界を背負ってる人間がいるとしたら、そいつは自分と家族、他人や地球に十分配慮して生きるべきだ。
でも大抵の人間はそうじゃないよな。
まあ、配慮するか配慮しないかだけじゃなくて、色んな行動も損得で動くべきだよな。
でも、楽しいとか気持ちいいってのも得に勘定していい気はする。
労働力の再生産って観点もあるしな。
だいたいそんな感じ。
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