妖琦庵

中村明日美子先生に聞こう 後編

※前編はこちらです。

◆悪いほうが楽しい◆

榎田 えーと、それではですね。後半は失敗の話からいこうかな。なにか失敗談ってありますか。

中村 いっぱいあるよ……(遠い目)

榎田 そんな目をしなくてもいい(笑) プロットやネームを作る時の失敗談というか、うまくいかないことというか……ちょっとしたことでいいんだけど。逆に、15年間プロとしてやってきて、こういうのは得意だな、やりやすいなぁっていうのはある?

中村 うーん……。

榎田 七三眼鏡が描きやすいとか。

中村 (笑)。ん~、人間関係が悪い場合のほうが、描きやすいかなと思う……。

榎田 悪人の方が描いてて楽しい感じ?

中村 なんかね、楽しそうな学校生活とかを描いてても、そんなに絵としては楽しくないというか。

榎田 描いてんじゃん、同級生で!

中村 あはははは(笑)あれは二人だから。もっと大勢でわちゃわちゃしてる学園生活とか、物語はさておき、絵として描いてるぶんにはあまり楽しくはない。

榎田 どす黒い人のほうが楽しい?

中村 緊迫した雰囲気のほうが楽しいですね。

榎田 緊張感があるといいのかな。

中村 楽しい表情のほうがバリエーションが少ないっていうのもあるかなあ。例えば山に行ったとするじゃない。みんなでキャンプして、カレー作って、川遊びして……そういう情景を描くのは、私としてはそんなに盛り上がらない。それより現地で揉め事が起きて、ケンカになって、うっかり殺しちゃって、どうしよう、とりあえず誰だかわからないように顔を潰しとこう……みたいな。そういう流れのほうが楽しいじゃない?

榎田 はいはい。創作としては、そういう緊迫感が欲しいと。

中村 そうそう。現実にあったらだめですよ(笑)

榎田 要するに、ドラマチック展開だよね。あとまあ、露悪的というか……悪人のほうが描いてて楽しいというか、ノリがよくなるというか。

中村 楽しくて笑ってる時は、そう深く物事考えないし。思考停止みたいな。

榎田 一番最後に、楽しく笑って終わるぶんにはいいんだけどね。

中村 まあ、読んでるぶんには、キャンプしてカレー食べてるだけでもいいけど。

榎田 ……いいか? いやいや、そこは何か起きてくんないと!

中村 でもあるじゃない。日常系というか。とくになにも起こらないっていうマンガ。

榎田 恋愛漫画だったらアリだろうけど……。恋愛しておけば、他のことそう起こらなくてもいいというか、恋愛だけで忙しいというか。

中村 恋愛系じゃなくても。ただ日常がほのぼのと……。

榎田 ああ、『よつばと!』みたいな?

中村 そうそう。ああいうタイプの作品は、読んでる分にはいいけど自分は描けないなぁと思う。

榎田 あれもまた、一種の天才だからなあ……。

中村 面白いよね。

榎田 うん。全巻持ってる。たしかに、あの世界でいきなり殺人は起こらないねえ。

中村 びっくりするよ!(笑)

榎田 とうちゃんが可愛いよね……。下手するとよつばよりかわいい……。まあ、でも、ネガティブなものの方が描きやすいっていうのはわかります。青目出てくると、原稿の進みが良くなる(笑)

中村 あーはいはい(笑)

榎田 まあ、あの人めったに出てこないっていうのもあるんだけどね(笑)

中村 ああいうキャラが出てくる状況の、緊迫したヒリヒリ感というかね。そういうのはやっぱりいいよね。

榎田 そうね。ずーっとマメと伊織がほのぼのしてても、話進まないしね……読んでる人も退屈だろうし。要するにコントラストっていうことなのかな。緊張と緩和。ほのぼのとヒリヒリ。

中村 でも私、この間までリブレさんでやっていた連載ずっとみんな仲悪かったよ。

榎田 悪かったねえ……やな奴多かったねえ……(笑)

中村 あれは、なかなか速く進んだ仕事だった!


◆エロス◆

榎田 あと、あれはエロスが中心にあるじゃない? それも一種のコントラストになってるんじゃないかな。ネガティブとエロスで。

中村 ああいうのはね、早く上がるから好き。早いっていうことは、集中してるっていうことで、楽しく描いてるんだろうと思うのね。

榎田 それはそうですね。……で、エロを描くのはどうなんです?

中村 んー、今回、その作品で意識してエロを描いてみたわけですけど、あんまり具体的なのは向いてない気がした。

榎田 具体的な行為を描写をするのは向いてない?

中村 うん。なんかこう……脱がすまでを描くほうが得意

榎田 あー、うんうんうんうん。エロい雰囲気とか空気とかね。

中村 寸止めくらいのほうがいいな、と。

榎田 私もかなりの冊数の……たぶん70冊前後はエロを書いてきたわけですが……まあ、やることは同じなんだよね、基本的に。ベッドに入ってからの描写っていうのは、そんなにバリエーションがあるわけではない。

中村 脱がすことろまではいろいろあるんだけどね。

榎田 うん。そこまではそれぞれの物語というものがあるよね。でも始まっちゃうとそんなには……もちろんキャラによって、セリフなんかは違ってくるけど、閨でそんなに喋らせるのもねえ……。

中村 マンガでも、ある程度同じになっちゃうんだよね~。

榎田 では、今後はエロはあんまり……?

中村 それは作品次第ですね。前回はテーマとして学生服縛りがあったんだけど、やれることがある程度限られてきて、むしろソフトになっていくという……。

榎田 でもまあ、もともとの絵柄がエロいじゃない?

中村 んんー???

榎田 爽やかとは言わせない(笑) いや、もちろん爽やかな時もあるけどね。基本的に線がエロいじゃない。

中村 なんかね……「絵が気持ち悪い」とかって言われる。

榎田 あはははは(笑)気持ち悪くはないよ!(笑)線が官能的なんだよ。だからこう、脱いでるより、着込んでいる絵のほうが、エロスがあったりするよね。

中村 ワイシャツの隙間とかね、エロいと思うんですよ。

榎田 そう。伊織の襟足とかさ。そういう部分がエロい作風なので、真正面からポルノ的なものを描くと……。

中村 なんか、蛇足感が出るんだよね。まあ、一回チャレンジしてみて、いろいろ分かったこともあったので。

◆プロとは そして、妖琦庵◆

榎田 では、次に……えー、プロ作家とは、という話をしてください。

中村 えー(笑)

榎田 なんでこんなテーマにしたんだろう、私(笑) でも書いてある。

中村 ええと、自分の矜持でいいんだよね? なんだろ……うーん……(熟考)

榎田 そんな深刻じゃなくても、普段気をつけていることだとか。

中村 なにはなくとも……形にすることだよね。

榎田 それは仕上げるということかな?

中村 そう。雑誌に載るなり単行本にするなり、いろんな形があると思うけど。形にして世に出すというところが大事だよね。そのためにやらなければならないこと……例えば期限内に原稿をあげるとか。やばそうだったらあらかじめ言っておくとか。

榎田 ヤバそうな時には自分から申告するタイプですか。

中村 言いますいいます。それをやらないと結局、自分が苦しくなるだろうから。

榎田 真っ当ですな……! 

中村 編集さんと、円滑に仕事をしたいのね。円満に円滑に

榎田 ふむ。

中村 だから、遅れるなら遅れそうだと。どれぐらい待ってもらえますか、と。そういう連絡を取るのは大切だと思うんです。その上でさらに、自分で納得できるクオリティのものにしないと、読んでもらう読者さんに失礼なので、場合によっては可能な範囲で待ってもらいます。

榎田 例えば、もっと待ってもらえれば、もっと描き込めるのに……みたいな葛藤とかは?

中村 それはあまりないね。私の絵はやりすぎると、どんどん気持ち悪くなると思ってるから、ある程度のところで止めておかないと(笑)

榎田 ええ塩梅のとこで(笑)

中村 そうそう(笑) あとは得手不得手もあるし……もっとビル描いた方がいいのかもしれないけど、このへんで勘弁ね、という(笑)

榎田 あー、ビルとかね。車とか。

中村 そうそう。アシさんいないし。

榎田 そのわりにバイクとか描いてるよね(笑)大変だろうなあ、絵は。バイク描くのはすんごい難しいらしいと聞いたことがあります。男性作家さんでも、ちゃんと描ける人は少ないと。……さて、じゃ、せっかく2人いるんだから妖琦庵の話しよう。誰が描きやすい?

中村 まだそんな描いてないからなー……。

榎田 まあ、そうだねえ(笑)でもショートマンガ二本もらってるから、それくらいの範囲ではどうでしょう。

中村 今のとこ、描きにくいってキャラはいないかも。伊織さんなんかは、(ショートマンガの)台詞考えてて、こういう癖のあるキャラは小説でも書いてて楽しいんだろうなって気がします。

榎田 あー、そういえばこのあいだ友達から「あのショートマンガは、お話は榎田ちゃんが考えてるの?」って聞かれて。「いや、あれは全部漫画家さんが考えてくれてるんだよ」って答えておきました(笑)

中村 あはははは(笑)

榎田 私はいっさいネタ出ししてないからね。なのに、いかにも伊織さんが言いそうな台詞を考えてくれて(笑)

中村 あ、ウロさん描いてて楽しいな

榎田 ウロさん、最初のキャララフのとき、もっとかっこよかったんだよね。で、こちらから「もっとくたびれたオッサンでお願いします」って言ったよね?

中村 最初は気を遣ったんだよ!(笑) カミソリ後藤くらいにしておこうかなって。

榎田 誰ですか、それ

中村 後藤さんだよ! パトレイバーの!

榎田 あ-、ごめん、パトレイバー観てない(笑)そっか、気を遣ってくれたのに、こっちは「その気遣いは不要」みたいな、ね(笑)

中村 そうそう。「なんだ、最初に自分が考えてた線でいいのか」って(笑)

榎田 いや、逆にこっちも気を遣いかけたよ。「せっかくかっこよく描いてくれたのに、もっとオッサンにしてくれとか、言っちゃっていいのかしら。言うけど」って(笑)

中村 あとは甲藤がね……。描いたあと、もうちょっと違ったかなという気もした。

榎田 甲藤は難しいと思う。実を言うと私の中でもあんまり外見が固まっていないのです、他のキャラに比べて。

中村 なんか、革着てたからパンクかなって。シド・ヴィシャスなのかなって。

榎田 いや、べつにシドじゃないねえ(笑) 難しいよね、ビジュアルに起こすのって。男子キャラはなにを着せるのか悩むんだよね~。小説だと、事細かに書くのもなんだし。……その妖琦庵シーズですが、ジャケ買いしてくれたという読者さんも多くて、ありがたいことです。

◆間違えることもある(笑)◆

中村 しかしね……前回のカバーはどうなるかと思ったね……

榎田 ん?

中村 あれ、聞いてない? 手の向きが逆だったんだよ~。仕上がってから気がついて、直したんだけど。

榎田 えっ、そうなんだ! じゃ私の手元にあるラフでは逆?

中村 そう。ラフの段階で、三人もの人間が見てるのに気がつかなかったという……!

榎田 うわー、怖いわー(笑)

中村 全部仕上がってから編集さんが「あれなんか変?」って気づいて。そしたら手の向き逆だった……。3人で見ててもあてにならないもんだね。

榎田 気がつかない時は気がつかないんだよね……小説本文なんて、もっと気がつかないよ(笑)私が推敲して、編集さんが見て、校閲さんが見て、ってやってるのに、本が出来上がってもわりととんでもない間違いがあったりする。恐ろしい……

中村 恐ろしいね……

榎田 で、Twitter で読者さんが教えてくれたりするわけですよ……。次はもっと頑張ります……。

中村 マンガの台詞だって間違いはあるもの……。

榎田 ということで……これからも妖琦庵お願いいたします。

中村 うん。いや、あなたが先に原稿を書かないと、ね?

榎田 そうだよ(笑) いや、書くよ? 書きますよ…………これから先、いったいどうなっていくんだろうかね、あの人たちは……。

中村 作者がそれか!(笑)

榎田 一応、落としどころは決めているんだけど、その途中がね。

中村 結末すら、場合によっては変わるわけだし。

榎田 そう。ただ、変わっていくことは、いいことなのかもしれない。物語そのものに推進力があるということだから。

中村 うんうん。

榎田 ということで……ありがとうございました。これからも諸々、よろしくお願いします。あと15周年おめでとうございます。15年、素晴らしいことです。

中村 同期じゃん!!(笑) ありがとうございました~。


こんな感じの対談でした。明日美子先生に感謝!

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そして、中村明日美子+榎田ユウリの共著『先生のおとりよせ』もよろしくお願いします。ヨダレたらしつつお読みいただけると嬉しいです。マンガと小説で校正されたおとりよせグルメ本……という感じ。野郎ふたりがわちゃわちゃしていますが、BLではないです(笑)


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