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立ち止まる理由が欲しいだけ。

何かに没頭できれば、この焦燥感からおさらばできる?
きっと、その小さな望みは、ただ「立ち止まるための理由」欲しさに起因する。
息が上がる前に、ゆっくりと息を整える時間が欲しい。
人と比べるな。君は、君しかいない。
正しい言葉を「分かっているけど」と反逆的になる始末。
知らない世界を見たい。それは空間的に大きく移動することを意味しているのか、置かれた場所で拡げた先に存在するものを見たいのか、どちらなんだろう。

口癖がある。
「でも」
家族から、よく使うよね。と言われた。
良いことから悪いことへ。
悪いことから良いことへ。
「でも」という言葉は対比するものを裏返す。
何も諦めることなど、手の中に存在しもしない。
ただ、私の中の疑念が、きっかけ作りをしようと、急かしてくる。
それは、仕事中でも。
「好きなことを仕事に。」
その言葉に、学生時代の私は惹かれていた。
今、社会人として耳に突き通るストレートなその言葉は、霧深き迷路に迷い込んでいる。
私が今、仕事に対してどう思っているかといえば、「我慢」だ。
今日も君の仕事が世界を1ミリ嬉しくしたか?とどこかで聞いた、糸井重里さんの言葉が胸にこだまする。
世界を1ミリ嬉しくしたい。働きながら、そのやり方を探っている。
探りながら、怖くなる。
世界がここしかないような気になる。
私は歳をとってしまうよ。
席に座り、画面と睨めっこ。
圧倒的にインプット不足。
それが本当に恐ろしい。
ここから離れられたなら。もっと、学びたい。もっと、知りたい。

「でも」

止まれない。
止まりたい。

私は歳をとってしまう。
さっきも言ってたな。
その焦りが、いつか自分を食い殺しに来そうな気がして怖い。

人を羨ましく思うことは無神経だと思っていた。
人知れず、踏ん張って、その美しい部分を切り取ったとこを、私は見せてもらっている。
それを、分かっていながら、今日、「羨ましい」と他人を見て思ってしまった。

どうしたものだろう。
どうしたものだろうね。

「でも」

どーにか、するしかないだろうね。
方法は、きっとそれだけだから。
どうにかしよう。

さぁ、どうにかするか。
立ち止まる理由をつくるために。

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