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第19回:虚空に踊る赤い泡と、彼女と彼女が目覚めるとき

「宇宙戦艦ヤマト2199」第20話で、岬百合亜は艦内の通路に倒れる星名を見つけます。彼のまわりには、赤い、シャボン玉のような球体が浮かんでいます。星名の血でした。慣性制御が切れ、無重力状態になった艦内で、彼の身体から、命を運ぶ赤い液体があふれ出していました。 

艦内の通路で、彼女が彼を見つけ、ふわりと倒れるまでの場面の「原画」は、アニメーターの馬越嘉彦さんが担当されています。完成映像では、鼻筋の通りかたや、彫りの深さといった、こまかなニュアンスはほかの場面と共通するテイストに調整されていますが、髪の流れ具合や、特徴的な二の腕のかたちなどは、馬越さんの絵が、ほぼそのまま画面に出ています。続くガミラスの特殊潜入部隊が、森雪を捕らえる場面も、馬越さんのお仕事です。 

いくつかの場面で作業をする都合上、馬越さんの「レイアウト」を目にすることになったのですが、「原画」の下描きの下描きともいうべき段階でありながら、岬百合亜の造形、通路と彼女との位置関係や、パースのつき具合はカッチリ正確でした。 

「レイアウト」では、岬百合亜のどこか夢みるような表情と悲痛な表情とのちがい、潜入部隊の男たちの、ひと目みて「カタギ」じゃなさそうな面相等も、活きいきとした線で描き分けられていました。女児向けアニメのコロンとしたキャラクターから、青年漫画原作アニメのリアルなキャラクターまで、自在に生み出すことのできる馬越さんの確かな手腕が線の一つひとつに刻まれていました。

絶妙なバランスで画面に緊張感を生み出している赤い球体は「レイアウト」では、色鉛筆で、さらさらっと呼吸をするようなさりげなさで描かれています。しかしながら、その位置は完成映像とほぼ完全に一致しています。 それでいて森雪は、完成画面以上の柳腰に、「設定画」のバランスというよりはどちらかというと、むかしの「ヤマト」にちかいバランスで描かれていたりもして。ただ仕事を消化するというだけではなく、絵を描くことそのものを楽しんでいるようすも、踊るような線にはあらわれていました。 

ちなみに馬越さんの「レイアウト」をみながらの作業は、劇場限定版Blu-rayの特典にもなった完成版とはちがう、途中段階の「絵コンテ」をみながらの作業でもありました。その段階でのこの場面は、通路の床に、星名のつくった血だまりが広がっていて、岬百合亜の感情の高まりとともに、それが血だまりが弾けて、血球となり…という表現でした。あの映像イメージは「絵コンテ」を描き進めるあいだに、練り上げられていったものであるようです。

岬百合亜は艦内の通路に倒れる星名を見つけます。身体から噴出す赤い球体は、どこか幻想的ですらあります。しかし瞳の中にうつるそれは紛れもなく命の源であり、それを放出する身体は、「岬百合亜」がよく知る青年のものでした。その現実に、彼女は本来の彼女へと戻ります。それはもうひとりの「彼女」が、本来の「彼女」へと還るときでもあったのです。

第20回:歩みを停めたコバンザメと、渇いた大地の風の色

■枝松聖(えだまつきお)■
1977年(昭和52年)生まれ。 
血液型A型。東京都出身。
多摩美術大学造形表現学部卒業。 
05年、「ふしぎ星の★ふたご姫」の
各話美術設定で、初めてアニメの
制作に参加。「ブレイクブレイド」
(10年)「マギ シンドバッド 
の冒険」(14年)ほかアニメ、 
ゲームの設定デザインなどを担当、 
現在フリーランスで活動中。
「宇宙戦艦ヤマト2199」には 
「レイアウト協力」「デザイン協力」
のクレジットで参加しています。

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