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almost fiction

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だいたいこんな感じのことがあったけれど、証明はできないので、潔く虚構化してしまうのが目的の短編小説集です。
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#小さい頃の思い出

金木犀が朽ちるまで

 金木犀ということばを母から習った、秋の日のことを覚えている。陽光の乏しい、とても寒い日だった。私は親戚のお兄ちゃんからお下がりでもらったばかりの、重たいジャンパーを着ていた。明るい灰色だったはずのブロック塀が黒く濡れていたから、雨が降り止んだ直後だったのかも知れない。まだ私が幼稚園に通っていた頃、私たちの暮らしていたマンションのガレージには、その白っぽいブロック塀を背にして数本の金木犀が植わっていて、それがどれも満開に咲いていた。  濃いオレンジ色の花が強く香っているのに気

イモリの死

釣りが趣味だった祖父に連れられて、どこかの山奥にある渓流へヤマメだったかイワナだったかを釣りに行ったときに、浅瀬のなかで朱色のものを見かけて、子どもらしい好奇心から手づかみにしたら、図鑑の絵でしか見たことのなかったイモリだった。木々の色を映して黒くぬめった流れのなかの、苔でぬるぬるした石にしがみついていた、すらりと小さな両生類はとても可憐で、私は一目で夢中になった。イモリっていう生き物がいることは知っていたけれど、こんなに愛らしいとは思っていなかった。祖父の家で見慣れていたヤ