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almost fiction

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だいたいこんな感じのことがあったけれど、証明はできないので、潔く虚構化してしまうのが目的の短編小説集です。
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2020年10月の記事一覧

真夜中の辺獄サラダボウル

 真夜中、冷蔵庫からあふれ出した光に目玉が焼けた。まばたき2回で乾いた眼球を労わってやると、涙で鼻がツンと痛んだ。重たい冷気が首筋へ落ちかかるのと同時に、いつか読んだフレーズが脳みそに出現した。 この門をくぐる者は いっさいの希望を捨てよ。  ダンテの『神曲』地獄編の有名な第3歌。誰の翻訳だったっけ。この詩句を越えた先には、天国も地獄も門を開けていなかった時代に死んだ人たちが、ぼんやりと佇んでいる辺獄がある。  よろしいと心に決めて地獄の門に手を差し入れ、掴みだしたドレッ

金木犀が朽ちるまで

 金木犀ということばを母から習った、秋の日のことを覚えている。陽光の乏しい、とても寒い日だった。私は親戚のお兄ちゃんからお下がりでもらったばかりの、重たいジャンパーを着ていた。明るい灰色だったはずのブロック塀が黒く濡れていたから、雨が降り止んだ直後だったのかも知れない。まだ私が幼稚園に通っていた頃、私たちの暮らしていたマンションのガレージには、その白っぽいブロック塀を背にして数本の金木犀が植わっていて、それがどれも満開に咲いていた。  濃いオレンジ色の花が強く香っているのに気