若者を搾取しようとしない、親以外の大人って、どこにいるんだ?問題

わが子、子すずめは2024年1月現在、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校の通学コース生の高校2年生です。2022年4月からN高オンリー、N高純正品です。

先日、とある団体が主催した「保護者向けの進路に関するオンライン勉強会」に参加しました、保護者の私が、です。そこでは、進路についての進学情報についてだけではなく、思春期の人のコミュニケーションについても語られており、反抗期というのはお子さんが親から自立しようとしている時期である、というようなことを述べ、そう言う時期には「親以外の大人の存在が大事である」と言っていました。

禿同だよ、その論。親以外の大人は、子供の育ちには、必須アミノ酸のように必須の存在だよ。

幸い子すずめはネットの学校といえども通学コース生なので、登校していく先があり、親以外の大人…メンターさんや、TA(teaching assistant:大学生のバイト)と会うことができるので、「親以外の大人」との接触率は高いです。たまに子すずめが漏らす言動からは、「親以外の大人」から学ぶことができているような兆候を認めます。

塾にも行ってるので、塾の指導者という親以外の大人がいて、勉強上のアドバイスをもらえます。

バイト先には48歳年上のバイトの先輩がいて、飴玉もらったり、余った小鉢を食べさせてもらったり(賄い付きのバイトではないのだけど)可愛がってもらってます。

不定期のボランティア先にも親以外の大人がいます。

たぶん、子すずめは周りの「親以外の大人」には割と恵まれている方だと思います、ありがたいことに。何かしたいと思って一歩踏み出すことができるのは、今まで周りにいた親以外の大人がまあまあ良かったから、親以外の大人に搾取されずに育ってきたからこそ、子すずめ自身の「やりたい」という気持ちを一歩進めて形にすることができるのだと、親としては「親以外の大人」の皆々様には深謝しております。

だけど、子すずめの話を聞くと、何らかの理由で引きこもりになってしまって家族以外の人との交流があまりない状態の若者も、子すずめの知っている世界の中には居るらしい。

そういう若者にとって、[そこそこ信頼できる、親以外の大人]って…どこに行けば会えるんだ?

手っ取り早い出会いの場としてはネットの中。ネットの中には玉石混交の人が居て、いい人もいれば、そうでもない人もいる。一番厄介なのが「いい人に見えるんだけど、実はそうではない人」で、そういう人は見わけが難しい。美人でスタイルの良いA子にとってはいい人だけど、私に対してはそうでもない…って人もいる。賢くて行動力があるB男にはいい人だけど、私に対してはそうでもない…って人もいる。「雨の時にはいい人でも晴れの時にはそうじゃない」、「そうじゃない」にもレベルがあって「雨の日にはいい人だけど、晴れの日には害悪である」というレベルから「雨の日にはいい人だけど、晴れの日には愚痴っぽくて付き合ってると滅入る」レベルもある。「いい人に見えるけれど、実はそうでもない人」を見分けるには、やはりそれ相応の年月をかけて経験値を積まないと難しいように思えます。そうは言っても、「いい人に見えるけれど、実はそうでもない人」を完全に自分の人間関係から排除するのは非現実的で、「いい人に見えるけれど、実はそうでもない人」の悪い面が自分に降りかかってこないように、良い面だけ見えるように付き合っていくという匙加減は、やはり年月を投入して試行錯誤しなければ体得できない技術なのではないかと思います。

経験を積めば何とか対応できるようになる「厄介な人」は、まだ小物だからいいの。どなたかが「自分を傷つける人は紙やすりだと思え!私の表面を磨いてくれて輝かせてくれる人だと思うんだ!」と言ってましたが、「紙やすり」くらいの厄介さなら、別にいいんです。経験値を積めば、うまい具合の距離感を取ることができるように自分が成長するだろうから。

だけど、付き合ってる(←恋人関係という意味だけではなく、幅広い交友関係の中における付き合いという意味)最中に致命傷になるような悪意を向けてくる人、その傷が回復したとしても一生涯抱えていかなければならない傷跡を残すスティグマになるような類のもの…信じたくないけれど、そういう関わると自分も致命的な悪に染まってしまうような悪人もいると思うんです。恋人関係におけるデートDVとか、特殊詐欺グループの犯罪者一味に勧誘してくるとか、グルーミングとか、モラハラとか。やはり、広義で「人間関係に上下」、上下というのはざっくりした概念でうまく説明できませんが、人間的に上下がある中での関係において自分が下であると思っている場合、歪な関係となって上に位置する一方が下に位置する一方を搾取する…という構造に陥りやすいのではないかと思うのです。

そのように考えると、若者はその餌食になりやすいのではないか?若いけれど成熟した大人と同等レベルの知力を持ち、大人が退屈せずにコミュニケートできる存在…でも若いからこその経験不足。その若者の経験不足につけ込んで搾取してくる「悪い大人」もいるのではないか。

そういう「悪い大人」って、経験値が少なくて経験値が浅い若者がどうやって見分けるのか?「親以外の大人」が思春期の子どもの自立や成長に必要なのは、首がもげるほどに首肯するのだけれど、我が子が「悪い大人」と出会った時に致命傷を負わずに逃れることができるのか?致命傷を負わずに逃げる術、それこそが知りたい!

学校、塾、習い事、バイト、ボランティア…そういう親の目が立ち入ることが難しい場はティーンエイジャーには増えてきて、親が立ち入ることができないからこそ子に「どういう問題に直面した時どうするか」という対応力を授けておきたいのだけれど、私がティーンだった頃なんて遠い昔の話。

親である私は、親の私が子に対して与えられない価値観や体験を与えてくれる「親以外の大人」が、子すずめに居てほしい、願わくは子すずめが今後の長い時間をその人を指針にして歩めるような人物がいてくれたら…と思っています。幸いなことに、私自身は、高校時代の先生1人、大学時代の先生1人とはいまだにゆるーくつながっていて、先生の近況に励まされ、インスパイアされているんですよ、なんて幸せなことなんでしょう!そういう「永遠の大人」が子すずめにもいるといいなと願っています。

ですが、そういう若者を搾取しようとしない「親以外の大人」って、どこにいるんだ?どういうコミュニティに行けば出会うことができるんだ?と思っています。


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