消滅危機言語の世界を知る#1―フィジー・ロツマ語編―
文責:魚の理
言語哲学の草分け的存在である言語学者ハイマン・シュタインタール(1823~1899)が残したように、人間は言語の創造によって社会と文化を生み出してきた。しかし、グローバル化が進む現代世界において、言語の生成変化は一層進み、時には消滅するものも現れた。消滅危機言語とは、その名の通り母語話者の減少に伴い消滅の危機に瀕する言語を指す。国際連合教育科学文化機関(UNESCO)は2009年に世界の約8,000言語のうち、2,500言語が消滅の危機に瀕していることを表明した。本シリーズでは、馴染みの薄い消滅危機言語を紹介することで、言語の「存在」が忘れ去られるのを防ぐ一石として役立てられれば幸いである。
フィジーの言語状況
オセアニアの海洋国家、フィジー共和国では8言語が話されているが、公用語は英語、フィジー語、そしてフィジー・ヒンディー語となっている[1]。フィジー・ヒンディー語はその名の通りフィジー語とヒンディー語の混成言語だが、興味深いのはオセアニアでヒンディー語が話されている事実である。その背景にはイギリス領時代にインド系移民が入植した経緯が関係している。2007年現在、フィジーにおけるインド系移民は民族構成の38%を占めている[1]。従って、フィジー・ヒンディー語は依然として主要言語のままである。
フィジーにおいて言語政策が制定されたのは1926年まで遡る。政策の主旨は「小学校3年生までは母語(フィジー語、フィジー・ヒンディー語)で授業を行い、4年生から英語を第一言語に切り替える」という内容だが、1960年代以降少数言語の保護や母語教育の重要性が高まりつつあるにもかかわらず、現在でも政策に大きな変化は見られない[2]。
なお、フィジーにおいて英語の母語話者は国民の1%にも満たず、大半はフィジー語やフィジー・ヒンディー語を母語とする。しかし、英語はフィジー社会の共通語や社会的・経済的地位の上昇手段としてその重要性が高まっていることから、学校や職場では英語を使用し、家庭内ではフィジー語やフィジー・ヒンディー語で話すバイリンガルが主流になりつつある[2]。
ロツマ語の概要
ロツマ語(Rotuman language)は中央太平洋諸語[3]に属する言語で、話者人口は2015年現在、約15,000人となっている[4]。言語類型はSVO型で、語彙の40%がサモア語やトンガ語といったポリネシア諸語からの借用語である[5]。
ちなみに、ロツマ語が話されているロツマ島は首都スバから北に646kmも離れた絶海の孤島となっている。その地理的事情により、ロツマ島では度々独立運動が起こっており、フィジー諸島とは文化的・社会的に隔絶した独自の文化が花開いた。
危機に瀕するロツマ語
国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が2010年に公表した"Atlas of the World's Languages in Danger"において、消滅危機言語の評価基準は下表の通り示された[6]。この中で、ロツマ語は「脆弱」と評価されている。
(表)消滅危機言語の評価基準
ロツマ語に対して、フィジー政府による目立った支援は見受けられない。一応、ロツマ島の小学校ではロツマ語による教育があるようだが、全国規模では教員や教材の不足も相まって行われていない。しかし、民間では、ニュージーランド等のロツマ島出身者によるディアスポラでは、若者向けのロツマ語講座、SNSを通じた対話イベント等が開催されており、言語や文化の継承が進んでいる[7]。
また、米国の言語学者による”Rotuman Language and Culture”と呼ばれるオンライン学習サイトが開設されたり、南太平洋大学(University of the South Pacific)では2019年からロツマ語コースを開設する等、世界規模で言語保護の取り組みが進んでいる[8]。
まとめ
フィジーの言語政策は「脆弱」なロツマ語を保護するには不十分という他ない。少数言語を初等教育のみに用いる手法は、消滅を防ぐには焼け石に水でしかない。ただ、1926年以来変化のない言語政策を抜本的に改善する前に、解決すべき課題は山積している。特にロツマ語の復興を進める上で、首都とロツマ島の距離や教員と教材の不足はネックになる。また、フィジーは度々民族紛争が生じており、特定の言語を保護することは新たな軋轢を生じさせる可能性がある。ロツマ島もフィジー本土とは緊張関係に陥ったこともあり、まずは各地の民族文化を画一的に保護する政策を投じる必要がある。
その上で、ロツマ語の復興を政策として進めていくには、海外に住むロツマ島出身者によるディアスポラに協力を仰がなくてはならない。なぜなら、彼らは教育技術に長けており、コミュニティには言語学者も関わっているために、言語の教育と復興を同時に進めていくことが可能となる。さらに、彼らの講座はインターネットを有効活用しており、コロナ以前から入島制限があるロツマ島においても比較的容易に授業を展開できる。フィジー各地で民族の融和を図りながら、最新技術と海外ディアスポラを活用して言語復興を目指せる柔軟性を今後の言語政策にも取り入れていくべきである。
脚注
[1]外務省, 2023, 「フィジー共和国」 https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/fiji/index.html
[2]後藤田遊子, 2011, 「オーストラリア・フィジーにおける多言語使用状況― 来るべき日本社会の多言語化を見据えて ―」 『北陸学院大学・北陸学院大学短期大学部研究紀要』 (4): 251-261.
[3]中央太平洋諸語はオーストロネシア語族のマレー・ポリネシア語派大洋州諸語の言語群を指す。主にフィジー語、ロツマ語、ポリネシア諸語(マオリ語、ハワイ語等)を包括する。
[4]Ethnologue, “Rotuman” https://www.ethnologue.com/language/rtm/
[5]Vuibau, Martoa, 2004, “On the Use of Rotuman Language”
http://www.hawaii.edu/oceanic/rotuma/os/Forum/Forum28.html
[6]UNESCO, 2010, “Atlas of the World’s Languages in Danger”
https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000187026
[7]Rovoi, Christine, 2022, “Why Rotuma is unique in NZ's Pacific language celebrations”
https://www.stuff.co.nz/pou-tiaki/300585684/why-rotuma-is-unique-in-nzs-pacific-language-celebrations#:~:text=There%20are%20only%20about%2015%2C000,keep%20it%20from%20becoming%20extinct.
[8]Kumar, Shreya, 2020, “Rotuman – A language worth fighting for”
https://junctionjournalism.com/2020/12/01/rotuman-a-language-worth-fighting-for/
参考文献
後藤田遊子, 2011, 「オーストラリア・フィジーにおける多言語使用状況― 来るべき日本社会の多言語化を見据えて ―」 『北陸学院大学・北陸学院大学短期大学部研究紀要』 (4):251-261.
Goundar, Prashneel, 2019, “Outlining the Language Policy and Planning (LPP) in Fiji; Taking Directions From Fiji Islands Education Commission Report of 2000”, English Language Teaching 12(7):61-67.
Kumar, Shreya, “Rotuman – A language worth fighting for”
https://junctionjournalism.com/2020/12/01/rotuman-a-language-worth-fighting-for/
UNESCO Atlas of the World's Languages in Danger
http://www.unesco.org/languages-atlas/index.php?hl=en&page=atlasmap
Vuibau, Martoa, “On the Use of Rotuman Language”
http://www.hawaii.edu/oceanic/rotuma/os/Forum/Forum28.html