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ノア・スミス「今週の小ネタ: ゼロサム思考が強まってるかもという研究をどう評価するか」(2023年10月1日)

ゼロサム思考についての強い主張

Sahil Chinoy, Nathan Nunn, Sandra Sequeira & Stefanie Stantcheva が,すごく興味深い論文を出した.もしかすると,重大な論文かもしれない.主題は,アメリカにおけるゼロサム思考の隆盛だ.

ぼくも含めて,経済成長志向の人たちの多くは,こう考えてる――経済成長のいいところのひとつは,みんながパイの切り分け方をめぐって争うのではなくパイを大きくすることを考えるようにうながす点にある.産業革命で経済は基本的に成長するものになったけれど,それ以前は征服戦争や地域紛争をたくさんやってた.これはそれなりにわかる話だ.だって,かりにキミが1200年に暮らしてたとしたら,豊かになるには隣人の土地を奪うのがなによりの方法だ.1900年には事情が変わっていて,豊かになろうというなら,商売を始めるのがなによりの方法だった.もちろん,いまだって戦争はある.それに,経済事情以外にも紛争が起こる理由はたくさんある.ただ,上げ潮がすべての船をもちあげるなら,人々は隣人から収奪せずに満足しておくだろうと考えるのは理にかなってるように思える.

ともあれ,この筋書きを検討するために,Chinoy et al. の研究では,アメリカ人に大規模な調査を実施して,彼らの考え方がどれほどゼロサム思考なのかを探り出そうと試みた.質問事項は4つあって,それぞれ,5通りの選択肢が用意されている(「強く賛同する」から「強く反対する」までの5段階):

1. 民族: 「合衆国には,さまざまな民族集団がいる(黒人,白人,アジア系,ヒスパニック系,など).もしもどれかの民族集団がいまより豊かになったとしたら,一般に,国内の他の民族集団がその分だけ損をする」

2. 市民権: 「合衆国にはアメリカの市民権をもつ人々ともたない人々がいる.アメリカ市民権をもたない人たちが経済的によりよくやっているなら,一般に,アメリカの市民がその分だけ損をしている」

3. 貿易: 「国際貿易では,どこかの国がより多くお金を得ると,一般に,他の国がその分だけお金を得られなくなる」

4. 所得: 「アメリカでは所得階層は高い層から低い層までさまざまにわかれている.どれかの集団がより裕福になると,通例,その分だけ他の集団が損をしている.」

Chinoy et al. の研究は,こういう問いへの回答をまとめて,ゼロサム思考の指標をつくった.それでわかったのは,生まれが最近のアメリカ人ほどゼロサム思考指標が高くなっているということだ.

だからといって,だんだんゼロサム思考が強くなってきているとは必ずしもわからないので,注意しよう.調査は1回しか実施してないわけで,そこからわかるのは,若いアメリカ人に比べて,より年配のアメリカ人ほどゼロサム思考が弱いってことだけだ.たしかに,人々の考え方が固まって変化しないんだったら,そうだね,ゼロサム思考がだんだん強くなってきてるってことがここからわかる.でも,考え方が固まってるかどうかはわかってない.もしかすると,年齢と経験を重ねるにつれて,ゼロサム思考が弱くなっていくのかもしれないよね? この調査を年中年も重ねていかないと,それはわからない.

ともあれ,Chinoy et al. のグラフを見て,「だんだんゼロサム思考が強くなってきてるってことだな」と多くの人が解釈してる.そして,いろんな要因によって,たしかにアメリカではだんだん経済成長が鈍ってきてる.だから,経済成長の鈍化がゼロサム思考の増加を引き起こしてるんだと決めてかかりたくもなるよね.『フィナンシャル・タイムズ』の John Burn-Murdoch は,この2つを並べたグラフをつくって,ゼロサム思考には経済成長がという薬が効くという標準的な筋書きで,両者が重なる傾向が説明されるのではないかと言ってる

さて,少し前にバズりグラフを品定めするときに用心すべきことについて書いておいた日本語記事〕.このグラフを見ると,少なくとも2つの要注意フラグがたつ.なにより,2軸グラフになっているのに要注意だ.2軸グラフでは,2つの折れ線がうまいこと重なって同じ方向に動いていて密接に相関しているように,とてもお手軽に見せられる.見え方のちがいを理解してもらうために,論文そのものに載っている方の2軸グラフをみてもらおう.『フィナンシャル・タイムズ』のとよく似てる:

どうかな.こちらも2本の折れ線を示している.ただし,一方は上昇していて,他方は下降してる(元の論文の指標では,指標の数字がより大きいほどゼロサム思考がより強いことを意味してるからね.『フィナンシャル・タイムズ』のグラフでは,その意味を逆にしてる).それでも,1980年生まれの世代ではちょっと上に動いてる.これは短期的な因果関係の効果が生じてるのを示してるんじゃないかと思うかもしれない.でも,こういうグラフを見て,「わぁ,この2つはきっと同じことにちがいないや!」なんて思っちゃいけない.ここからわかるのは,経済成長がだんだん鈍ってきていて,かつ,ゼロサム思考が――少なくともこの調査指標で測ったゼロサム思考が――だんだん強まってきてることだけだ.この2つは,まるっきり無関係の傾向に起因していてもおかしくない.

二つ目の要注意フラグについて.『フィナンシャル・タイムズ』版のグラフでは,縦軸がゼロからはじまってない.ゼロはじまりじゃなくてかまわない場合もよくあるけれど,このグラフの場合だと,100ポイントの指標で起きた6ポイントの変化がすごく大きく見えてしまう.でも,ほんとに大きいかな? このゼロサム思考指標の6ポイント変化って,どれくらい顕著だろう? 著者たちは,自分たちのつくった指標を他の調査質問と相関させてる(たとえば,再分配への支持や移民賛成についての質問).でも,そちらも調査指標であって,現実の経済行動や投票行動などにどれくらいそれらが影響するのかはわからない.

ようするに,これが重大な変化なのかささやかでとるに足らない変化なのか,ぼくらにはわからない.

ねんのために言うと,この論文の(それに『フィナンシャル・タイムズ』の)語ってる筋書きを,ぼくは基本的に信じてる.ただ,それはたんにぼくの事前信念でしかない.Chinoy et al. が書いた論文は立派で興味深い.でも,この論文1本がぼくのこの信念をどれくらい強化すべきなのかを見定めるのはむずかしい.


※この文章は,次の記事からの抜粋です: Noah Smith, "At least five interesting things for your weekend (#15)", Noahpinion, October 1, 2023; Translation by optical_frog

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