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ノア・スミス「日本は通貨危機におちいってるの?」(2024年4月29日)

もしも日本が通貨危機におちいったら,世界経済が土台から揺らいでもおかしくない.

Photo by jun rong loo on Unsplash

まだ,日本の通貨は自由落下してはいない.でも,そうなるかもしれない.2021年から円は安くなってきているけれど,先月,その動きは加速した:

最新の為替相場では,円がさらに下げて,1ドル154円から160円にまで進んだ.

この20年ほどのあいだ,日本を訪れたときにはたいてい頭の中で「1円はだいたい1セントか,あとちょっぴり安いくらい」と考えておいて困らなかった.いまや,円はだいたい 0.63セントになってる.これはすごい値下がりっぷりだよね.

当然ながら,日本の人たちはこの事態に動揺してる.もっともな反応だ.日本は世界でも屈指の輸入依存国で,エネルギー供給の 90% 以上食料の 60% 以上を輸入している.円が安くなると,日本の人たちはいきなり貧しくなったように感じる.電気代が上がるからだ.

さて,ここでひとつ思い出しておこう.為替レートで円が「弱くなる」のがいつでも悪いわけじゃないんだよね.通貨がより安くなると,その国の輸出は以前よりもお手頃になる.それはつまり,海外でもっと売れるようになるってことだ.実際,世界最高の準備通貨という地位にあるために長年続いてるアメリカドルの「強さ」は,アメリカの製造業と輸出が長年苦しんでいる大きな理由だ.それに,同じ理由で,20年前に日本が円安を維持する介入をしていた.

というか,日本がこの円安を好機として利用して〔日本語記事〕,電子機器や自動車の世界的サプライチェーンにしめる地位を復活させられるのぞみもある.いま熊本に建設中の TSMC 半導体工場は,その好例だ.TSMC は,ニュー台湾ドルでその収益を得る.だから,円安なら TSMC はさらにもっと多くの工場建設費用や工場従業員の給与をまかなえる.

ただ,安い通貨がその国の助けになるといっても,限度はある.円安がどんどん進んでいくと,食料や燃料の輸入代金を払えなくなる時点がくる.いざそうなったら,急激にひどい困窮におちいってしまうだろう.これが,通貨危機に苛まれた途上国に起きる事態だ.たとえば 2022年のスリランカがそうだった〔日本語記事〕.2021年からの円の下落幅は,2022年のスリランカ・ルピーにおきた 40% 下落に並ぶまであと一歩のところにある.

それに,日本は途上国じゃない――世界屈指の大きな経済だ.日本経済がガタガタになったら,たんに日本の人たちが貧しくなるだけですまない.世界経済を支える支柱のひとつが揺らいで,西洋の金融システムにマイナスの波及効果が及んで,西洋の企業にとっては大きな頭痛の種ができてしまう.それに,急激に日本が弱ると,アジアの地政学的なバランスも変わる.そうなったら,大規模な戦争にまた一歩近づくことになりかねない.

だから,途上国みたいな通貨危機に日本が陥る可能性は世界中の人たちにとっての心配事なんだ.ぼくらみんなが注視するに値するマクロ経済事象だ.

というわけで,いまこの事態が起きている理由と,これを逆転させるために日本ができることについて,お話しよう.

どうしてここまで円安が進んでるの?

まず問うべき点はこれだ――「どうして円がここまで安くなってきてるの?」 そのわけを理解する助けとして,為替レートの仕組みについて手早くおさらいをしておこう.

日本のように自国通貨が「変動」制になっている場合,外国為替市場におけるその通貨の価値は需要と供給で決まる.日本の場合,円の供給は大して変化していないから.需要の減少に目を向けよう.

人々が円を欲しがるのは,どういうときだろう? 円で買えるモノは2つある:日本製品と日本の資産(大半は国債),この2つだ.だから,円の需要が急に減ったら,その理由は,「みんなが日本製品を前よりほしがらなくなった」か,「みんなが日本国債を前よりほしがらなくなった」か,そのどちらかだ.日本のモノやサービスの需要はみたところガタガタに崩れてないから,目を向けるべきは,日本国債の需要減少ってことになる.つまり,人々が日本国債を売って,日本からお金を引き上げているんだ.

「どうしてそんなことをしてるの?」 それには,見落としようがない大きな理由がひとつあるね:日本以外のところでもっと高い利回りが得られるんだ.これは,名目値でも実質値でも成り立ってる.

メディアの人たちの多くは,これを名目金利で語ってる.目下のところ,日本の金利(i.e. 短期国債の金利)は,他の豊かな国々よりもずっとずっと低い:

Source: Trading Economics

こういう金利は,債券投資家たちにとっては重要な金利かもしれないけれど,経済理論で考えると,実質金利の方を気にした方がいい(i.e. インフレ調節した金利).歴史を振り返ってみると,これは理にかなってる.1990年代中盤からずっと,日本の名目金利はゼロ近傍にある.他方で,他の国々の名目金利はそれよりも高い場合がよくあった.でも,他国でインフレ率がプラスだったのをよそに日本はデフレだったから,実質金利はかなり近かったんだ.

それが,最近になって変わった.他の国々と同じく,日本も 2021年からインフレの急上昇を経験した(日本の方が小幅だったけどね).でも,他の国々は積極的な利上げで対応したのに対して,日本は金利を極度に低いままに維持して,ごく最近になってわずかな利上げを一度やっただけだった.過去20~30年にわたってデフレが日本経済に打撃を与えていたから,日本銀行は 3% インフレの展望をおそろしいものと見なくて,それでこういう対応を選んだのかもしれない.

こうして,他の国々の実質金利はいままでどおりか上昇したかだったのに対して,日本の実質金利は下がった.いま日本の実質金利は他の豊かな国々を下回っている

あともうひとつ,言及すべきことがある.大事なのは短期金利だけじゃない.もっと長期の国債の需要も,株式や不動産といった他の資産と並んで,重要になる場合がある.それは,将来の経済成長の予測に左右される.で,人口減少や緩慢な生産性成長を考えると,日本のこれからの経済成長の予想もかんばしくない.

というわけで,債券投資家から見れば,自分のお金を日本から引き揚げてどこか他の国に突っ込むのは,当然の動きといっていい.だから,人々は日本国債を売り,円を他の通貨に切り替え,ヨソでもっと高い利回りの国債をかっているわけだ.こうして,円は安くなってきている.[n.1]

じゃあどうして日本銀行は金利を引き上げないの?

次の来る大事な問いは,これだ:「どうして日本銀行は金利を引き上げて日本に投資家たちを引き寄せることでさらなる円安に歯止めをかけようとしないの?」 実質金利が重要なんだったら,日銀は他の国々と足並みを揃えて大きな利上げをする必要はないだろう――たぶん,せいぜい 2% かそこらでいい.

利上げに及び腰になる理由としてすぐに思い当たるのは――そしておそらくぼくらに必要なただ一つの説明は――これだろう:日銀は,通貨危機よりも景気後退の方をいまもおそれているんだ.おそらく,利上げをすれば,いまもすごく弱くて去年かろうじて景気後退を回避した日本経済は打撃を受ける.日本は,ゼロ金利にもかかわらず何十年もゼロインフレをつづけていた.そこからは,慢性的で構造的な総需要不足がうかがえる――マクロ経済学者たちのいう「長期停滞」(secular stagnation) というやつだ.究極的には,日本のあらゆるマクロ経済政策についてまわる困難なトレードオフの根源に,この長期停滞がある――その原因ははっきりしていないけれど,おそらく人口減少と緩慢な生産性成長に関わりがあるはずだ.

そういう環境では,金利をゼロよりもちょっぴり上に引き上げるだけでも,経済をほんとに痛めつけることになりうる.そして,〔経済成長が〕さらに遅くなった経済では,日本の資産への需要はいっそう減少するだろう.そうなると,通貨問題がもっと解決しにくくなる.だから,日銀が円安だけを理由にそのリスクをとるのを少しばかり恐れるのも,理解できる.円がいまよりもずっと安くなってはじめて,日銀は90年代後半いらいの低金利志向からの切り替えを余儀なくされるのかもしれない.

ただ,日銀が利上げしない理由は他にもあるかもしれないと一部の人たちは警告している――そっちの理由の方が,ずっとこわい.日本は,巨額の政府債務を抱えている.公式の数字だと,これは日本の GDP の 261% 以上にのぼっている――これまでのところ,世界でいちばん大きい数字だ.実のところ,実質の数字はそれほど怖くない.その債務の半分近くは,日本銀行が保有している.この債務はそれほど重要じゃない.なぜって,政府が日銀に金利を払うと,日銀は政府にその分のお金をもどすからだ.ただ,それでも日本政府は GDP の 130% を超える債務にかかる金利を払っている.GDP の 130% だって,異例なほどに高い.

ほんとにモノをいうのは,自国経済に日本が課せられる税に比べた債務の大きさだ.金利が上がると,政府はより高い金利コストを払わないといけなくなる.債務が GDP の 130% を超えてるとき,これは財政上の大きな負担だ.もしもこの金利コストを払うために日本が増税できなかったら,利払いを続けるためにさらに借り入れなくてはいけなくなる――もしそうなったら,事態はとても急速にすごく悪化しかねない.

「上昇した金利コストを払うのに,日本は増税するわけにいかないの?」 利上げと同じく,増税も総需要に打撃を与えて実体経済に影響を及ぼすんだ.それに,税は,経済活動を萎縮させて供給側の減速も引き起こす場合がある.1997年と2014年に日本は〔消費税を〕増税した.どちらのときも,増税は消費を弱らせて経済成長を損なう結果になってしまった.だから,増税と利上げの二重苦は,日本にとってほんとに大きな痛手になりうる.それに,経済成長が減速すれば同じ税率でも税収は減るわけで,通貨を安定させるのに必要な利上げの対価を払えるほどに,縮小する経済に課税しようというのは,苦しい戦いになる.

もちろん,他にも選択肢はある.政府支出を減らすという手だ.実際,倒産しそうな企業の支援みたいに,削れそうな項目はたくさんある.おそらく供給への負の影響はないだろうけれど,増税と同じく,政府支出削減も総需要に打撃を与えて経済を減速させるだろう.でも,日本の予算を見てみると,景気刺激プログラムの切り詰めでは足りないのがわかるはずだ.おそらく,日本は高齢者の福祉も削減しないといけなくなるだろう.これは,政治的にきわめて有害だ.

というわけで,国の債務が大きすぎるから日銀が利上げを恐れているという政治状況に,いま日本は置かれているのかもしれない.これは,「財政の支配」と呼ばれる状況だ.というのも,財政に関して考慮すべきあれこれの事情が,金融政策に関する中央銀行の考えを支配しているからだ.この財政の支配は,政府債務にともなう現実の不都合なんだけど,多くの進歩派はおうおうにして無視しがちだったりする.

いま日本が本当に財政の支配の状況にあるなら,日本はものすごく厄介なことになっている.世界中で金利が高いなかで日本では低金利が続いているかぎり,円は引き続き安くなっていき,やがて,食料と燃料の輸入コストが危機的な水準に達することになる.

円安の対策に,日本は他にどんなことをやれる?

こう考えていくと,じゃあ,通貨を安定させるために日本が利上げ以外にどんなことをできるのかって疑問が浮かぶ.残念ながら,他の選択肢はひとつしかない.それは,資本規制だ.

資本規制とは,特定の時点以降に国外へのお金の移動を日本が禁止することだ.通貨危機を止めようとして,資本規制はよく用いられる――2015年に株式市場が崩壊してお金が国外に逃げたとき中国は資本規制を用いたし,制裁措置が始まった2014年以降,ロシアは資本規制を用いた.

1970年代以降,日本が資本規制を用いた例はない.もしも再び資本規制を敷くことになったら,すごく重大な動きになるだろう.ただ,利上げを選択肢から除外するなら,食料と燃料の輸入が途絶えるのを防ぐために実行できる唯一の政策が資本規制かもしれない.

ここでさらに大きな問題点があって,それは,資本規制の実施はすごく困難だってことだ.とくに,既存の規制制度がない場合にはとても難しい(中国には既存のものがあった).Bhargava et al. (2023) の研究では,金融危機のさなかに新しく金融流出に規制を実施しても,その実績はすごくムラが大きいってことが見出されてる.ほんとにのぞんでるときには,国からお金を持ち出すあれこれの方法を人々は見つけてしまいがちだ.そういう抜け穴をぜんぶ塞ぐためには長い時間と多大な労力が政府には必要になる.

でも,じきに日本はこの不愉快な選択を迫られるかもしれない.もしも日本からお金が出ていくのがやまなかったら,日本の指導者たちは,利上げと緊縮で景気後退を引き起こすか,それとも,円を売るのを一時的に禁止するという過激な対策をとるか,決断を下さなくてはいけなくなるだろう.


原註

[n.1] 経済理論がお好きな人たちのために,ひとつ註釈をつけておこう.初歩的な金融理論によれば,これは起こってるはずがない.無裁定金利平価 (Uncovered Interest Rate Parity; UIP) の理論では,金利がより低い国では通貨が安くなるどころか高くなるはずだと考える.なぜかと言えば,均衡状態では,「円がやがていまよりも高くなるぞ」と考えた場合にのみ,日本みたいな低金利国の国債を保有するからだ.いま安くても円がやがて高くなったなら,それで低金利が補われる.だから,この理論で考えると,2ヶ国間で金利差が開くやいなや,金利が低い方の国の通貨はいきなり暴落しはじめて,やがてもう上がるしかないどん底に達して為替レートの予想変動がプラスになるまで,安くなりつづける.この暴落は瞬時に起こるはずだ.日本で起きた円安みたいに数年かかったりはしないはずだ.でも,現実では,均衡にはゆっくりとしか到達しない.というか,そもそも均衡に達しないことだってある.金融モデルから予測されるこの種の瞬間的な調節を妨げる要因は,たくさんある.証拠からは,UIP で予測される効果は5年後から10年後にやっと現れるらしいことが見てとれる.




[Noah Smith, "Is Japan having a currency crisis?" Noahpinion, April 29, 2024]

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