🎥シネマ歌舞伎「野田版 桜の森の満開の下」を観ました

2023年10月5日　
ＭＯＶＩＸ柏の葉　にて

中村屋

2017年（平成29年）8月に歌舞伎座で上演された舞台の
“シネマ歌舞伎”化です。
そして私が４年前に初めて見たシネマ歌舞伎でもあります。

十八世中村勘三郎さんは演出家 野田秀樹さんの世界を
積極的に歌舞伎に取り入れようと活動なさっていて、
そこからいくつかの新作歌舞伎が誕生しました。

この「桜の森の満開の下」が歌舞伎として舞台に上がったころには、
残念ながら勘三郎さんはこの世の仕事を終えて旅立っておられました。
しかしその思いは、勘九郎さんと七之助さんという
二人の息子さんを中心にしっかりと受け継がれています。

幻想的な世界観

天智天皇末期の時代、ヒダ王朝、鬼たち、
宵の明星を見つけると眠ってしまう“早寝姫”と、
明けの明星が見えると眠りに就く“夜長姫”…
それらが入り混じり“真夏の夜の夢”のような
幻想的な世界が繰り広げられます。

満開の桜には人の気を狂わす魔力が宿るという…。

桜をお花見として親しむ習わしは
平安からとも江戸時代からとも言われていています。
しかし、元来桜の散り行く様に生と死の象徴を見た人々は、
桜の美しさに畏怖の念を感じていたというのです。

私はあの桜の花の壮絶なまでの散り様や、
月の光の神々しさにも魅せられる質なのですが、
どちらにも人の心を惑わしかねない魔境が潜むようですね。
だからこそ魅惑的なのか、この作品にも同じことがいえると思います。

ヒダの匠

「飛騨の匠」耳にしていたけれど、改めて知ったことがあります。
今の岐阜県の飛騨地方は縄文の昔から、
豊かな森の良質な資材に恵まれ、
優れた木工技術が育つ環境であったようです。

都に召し出された飛騨の匠たちが行き来した峠越えの道「位山街道」

それがため、奈良時代には飛騨の木工集団が都へ派遣させられて、
その卓越した技術を持つ彼らはいつしか“飛騨の匠”と
賞賛されるようになったというのです。

そのような歴史をさらにさかのぼって、飛鳥時代のこと、
ヒダの王が三人の匠を招集します。
娘である早寝姫と夜長姫のために守護仏のミロク像を
競い彫らせるためです。
姫の気に入る像を作った者には褒賞として
奴隷の江名子エナコを与えるという。
エナコが褒美って、モチベーションにつながるのかな？

原作の『夜長姫と耳男』（坂本安吾作）では
機織りの奴隷で美しい娘とあります。
本作品では中村芝しのぶさんが演じていて、
粗野で激情的なインパクトある存在でした。
そして、夜長姫に負けず劣らず残忍で。

中村芝のぶさんのエナコ

耳男の容姿を馬鹿にしたエナコに逆上した耳男が
仕返しにエナコの里の悪口を言うと、
いきなりエナコは耳男の片耳をそいでしまいます。

後日、エナコは引き立てられ、
夜長姫は耳男に殺させようとしますが、
「虫けらに噛まれただけ」とエナコを殺すことは辞退。

だったらエナコ、もう片方のお耳もお切り！と
エナコに刃を持たせて耳男は残った片耳も無くしてしまいます。
そんなむごい様子を眺めて楽しむ夜長姫。
もう、ありきたりな風景はお気に召さない性分です！

七之助さんの夜長姫

しかし、この七之助さんの夜長姫がキュートでとても魅力的なのです。
４年前に拝見した時から、夜長姫の鮮烈なビジュアルが
脳裏にしみついていて、また見たいなぁと思っていました。
幼児が虫を殺して遊ぶがごとく無垢で残忍な夜長姫。
そしてその姫を憎み、恐れおののきながらも惹かれてしまう耳男は
勘九郎さんが演じます。
勘九郎さんの人並外れた躍動力がまた素晴らしい。

耳男は守護仏どころか、とんでもないバケモノを作ってやると心に決め、
夜長姫に対しての呪いの心を一心不乱に注ぎ込み…
しかし姫の笑顔がちらつくのです。
そんな時は裏山で蛇を捕らえ、
これを噛み割いて生き血をすすり、
残った血はバケモノの像にぶちまけて、
恐れおののけとばかりに執念の作品を彫りあげます。
（蛇の死骸は屋根から何匹も吊り下げた）

三名人の作品が品評される日、姫が認めたのは耳男のバケモノ。
『ほかのものの百層倍、千層倍も』すばらしいと。
それは確かに、はやり病の疱瘡ほうそう（天然痘）を
睨み返すほどのパワーが宿るものでした。

三人のタクミ

そもそも、三人のタクミはみんなニセモノ。
耳男の師匠 赤名人は道中、桜の森で気がふれて
耳男に刺殺されてしまったし（赤名人にすり替わった耳男）、
青名人は金目当てのマナコに殺された（青名人にすり替わったマナコ）。

もう一人の名人も実は謀反目的で、
ヒダ王の巻物を手に入れるためにやってきた
大海人皇子オオアマノオウジ（オオアマ）でした。

この物語は、二つの筋立てが絡み合っていて、
一つは耳男と夜長姫のお話、
もう一つは天智天皇崩御後に天武天皇となるオオアマが
勢力を伸ばしていく様が描かれた部分です。

夜長姫が耳男の作ったバケモノ像を門の上に据えると、
鬼門が開いて鬼たちがなだれ込んでくる。
これを機会に兵をあげるオオアマ。
都で繰り広げられる争い（壬申の乱）を
夜長姫は楽しそうに門の上から眺めます。
いつの間にか夜長姫は天武の后に収まっているし。

天武天皇となったオオマアマは
権力を天皇に集中させるという野望のために、
鬼門から入ってきた鬼たちもヒダ王朝も無きものにしようとします。

桜の森で逃げ惑う鬼やヒダ王朝の人々が殺されていく様を
指さして喜ぶ姫とそれに震撼する耳男。

やがて自分の首を絞め殺そうとする鬼女があり、
その胸に鑿を振り下ろすと、鬼面がとれて、
それは夜長姫になるのです。
その七之助さんの面オモテの一瞬の儚さ、悲しみが美しすぎる。

『好きな物は咒のろうか殺すか争うかしなければならないのよ。
お前のミロクがダメなのもそのせいだし、
お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。
いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして･･･』

夜長姫のこの最後の言葉は、
夜長姫でないといえないせりふ、
身を持って捧げた耳男への祝福のメッセージのよう。

静かに崩れ落ち、衣と鬼面だけを残して消えてしまう夜長姫。
残された耳男は桜の木の下に一人残って…。

ときめき

夜長姫が消えていくシーンでは、
プッチーニ歌劇 ジャンニ・スキッキの中の”私のお父さん”が流れてきて、
それがとても素敵にこの場面に照明を当ててくれます。

姫のかつての言葉。
『私はただじーっと観ているのが好きなだけ。
なんでも見ているとしまいになんでも見えてきて、
そのうちなんでも見つけてしまうの。
暑い日にね、人を見ているの。
みんなしかめっ面して歩いている。
けれど突然にわか雨が降ると、”いや〜まいった、まいった”って
言いながらニコニコして雨宿りしているの。
少しもまいっていないのよ。
だのに”いや〜まいった、まいった”って言うの。
それで私は見つけてしまう。
人間はにわか雨とか突然のものが好きだっていうこと。
そこでは人はときめいているの。
そういうことってない？あるでしょ？
わからないうちにときめいているっていうことって』

姫が消えた後、耳男は桜の樹の下に座って
『この桜の木の下からどこにもまいらず、
けれどどこにでもまいれるおなじない』
＜いや～まいった、まいった＞の言葉を抱きしめます。

ここではイギリス ウェールズ民謡 SUO GAN“Welsh Lullaby”という
静かな曲がこれまた効果的に響きます。
夜長姫と耳男の『いや～まいった、まいった』にまいっちゃう方、
続出の作品だと思います。

ギャグ

とにかくセリフが矢継ぎ早で全部拾いきれない。
ちょっと古めの楽しいギャグや小ネタも満載でこれも拾いきれないほど。

マナコの市川猿弥さんは特にギャグやコント尽くしで、
この筋立てを大いに盛り上げるし、
オオアマの市川染五郎（現 松本幸四郎）さんはおかしみを醸し出しつつ、
次第に計略家の本性を見せつけてくる。
ヒダ王、中村扇雀さんの一つ抜けたような大らかな王族ぶり、
オオアマの策略の犠牲となった可哀そうな早寝姫 中村梅枝さんは
夜長姫と対を成して静かな情熱を内に秘めた優しいお顔。

中村梅枝さんの早寝姫

出てくる人一人一人がとても絵になる登場人物で楽しい。
それだけに見るたびにまた新しい発見ができる作品でした。