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本当にあった無肥料で高収量が続く農業(5) 結果

「結果」はデータの身元を洗い、評価する役割を担う。まずは値が異常値でないか検討し、次に値の意味を記述する。たとえば体長30mのクジラは大きいか小さいか?ヒトに比べれば大きいが、地球に比べれば小さい。このように数字だけでは分からないものだ。そして、証拠となる数値をピックアップして読者を結論へと誘導する。立ち位置が変われば景色も変わる。まずは図と表を虚心坦懐に見たうえで文章を読むといい。


作物生育と生産性

過去2年間で葉菜、果菜、根菜を含む33品目の野菜が販売された。レタスとキャベツは全体に占める重量でそれぞれ46%および23%であった。全体の2010年から2012年の年平均収量は56.5 t ha−1で、推定慣行収量(13.0 t ha−1)より高かった。

葉菜、果菜、根菜など33品目を販売

過去2年間とは、新農法への移行完了から調査時点まで。新農法は葉菜、果菜、根菜という、ジャンル異なる33品目の野菜で実施され、営業レベルで成功している。レタスが主体なのは、ダイコンなどの重量野菜は老夫婦にはキツイからだ。

面積あたりの収量は4倍

4倍はかなりセンセーショナルだ。しかし、麓の慣行農場(対照圃場とは別の農場)との比較では、収穫物の大きさと、連続作の回転率を考慮すれば違和感はなかった。また、この生産性がコストの追加なく達成できることは重要だ。面積当たりの労働生産性は3倍、資材コストはゼロ(無肥料、無農薬、キノコ廃菌床は産業廃棄物)、ポンプの燃料費もほぼゼロ。なので、収益率は極めて高い。おまけに、農家は手荒れがなくなり、体調も良くなった。

土壌構造の変化

SFの土壌構造を見ると、団粒が 29 cm形成されていた(表 1、図 2)。団粒はミミズの糞ではなく、根の周囲に形成された亜角魁状であった。SFの土壌A層の孔隙は大きく、仮比重は、Ap1が0.68、Ap2が0.84とBw1の1.03に比べてはるかに小さかった。CFは団粒層は22 cmでAp1、Ap2の仮比重は0.90および0.95でありBw1 は0.99であった。
上記2つの圃場の違いは土壌炭素と窒素の含有率にも関係していた。SFのAp1とAp2のT-C含有率は76.6(mg g−1 soil)および54.1で、CFはそれぞれ27.2および27.1であった。SFのAp1とAp2のT-Nは4.66および3.52、 CFはそれぞれ2.05および1.99であった。どちらの圃場も第3層のT-CおよびT-N含有率は21.0–22.1および1.42–1.51であり上層より低かった。第1層から3層のC:N比はSFでそれぞれ16、15.4、14.8、CFで13.3、13.6、14.7 であった。CFでは土壌のC:N比は地表から地底へ単調に増加した。しかし、SFでは第3層までは低下し、他はCFと同様であった(表 2)。CFのC:N比の連続した上昇はT-Nの減少よる。SFの第1層(Ap1)と第2層(Ap2)におけるイレギュラーはT-Cの高さに起因した。
全体として、第3層以下の仮比重はほぼ同じであり、土壌構造の違いは主に第1層および第2層に見られた。

表1 土壌層別の土壌全炭素と全窒素

SF: 調査圃場、CF: 対照圃場。 2008年7月から2012年11月にかけて調査圃場には約15–20 t ha−1 crop−1の廃菌床が計15回施用された。対照圃場は2012年7月にトウモロコシが収穫された後は休閑地となっていた。土壌構造の違いは主に第1層と第2層に見られた。


図 2.地上風景と断面の土壌プロファイル

a. 調査圃場 (SF): 農地は約40年施肥栽培され2008年7月に転換後、15作(レタス12作、キャベツ2作、バターキャベツ1作)常に作物が育っている状態を保つべく切れ目なく作付けされた。b. 対照圃場(CF): 隣接農家の休閑地(4ヶ月前にトウモロコシが、10ヶ月前にキャッサバが栽培され、トウモロコシ栽培の際、1度だけ廃菌床が投入された)。4.5年の間に土壌Ap層は7cm増加し、土壌団粒層は29 cmとなった(写真H. Nakatsuka)。

表 2. 15作後の土壌全炭素および全窒素の収支

SF: 調査圃場、CF: 対照圃場、Bw1: 調査圃場のBw1層 T-CおよびT-N収支の下限(CF基準)と上限(Bw1基準)を示した。「SF現状」は、調査圃場の調査時点の値を示す。 「産出」はSF現状と初期値の差。「投入」は廃菌床の投入総量。土壌の全窒素および炭素の産出/投入比はそれぞれ2.68–6.00および1.30–2.35であった。つまり、この農法は土壌炭素と窒素に関して持続的である。

(予備知識)

土層:A層(表層土)、B層(下層土)、C層(基層)に分けられる。A層のうち、耕起(plow)の影響を受けている部分をAp層(作土層)とよぶ。

団粒:土壌の団粒構造のことで、「保水性」と「排水性」そして「通気性」に「保温性」を兼ね備える、理想の土である。団粒は2重構造をしている。細菌が粘土から作るミクロ団粒(1/4 mm以下)を、糸状菌が粘着物質で植物の破片と絡めてマクロ団粒が出来上がる。ミクロ団粒は粘土で覆われており、細菌が死んだあとも分解を受けず安定している。他方、マクロ団粒は微生物の分解を受ける。日本では平均して3ヶ月程度の寿命とされている。したがって、団粒を維持するには、糸状菌の活動を維持する必要がある。

亜角魁状の団粒

第1のポイントは『団粒が 29 cm形成されていた』という点だ。『団粒はミミズの糞ではなく、根の周囲に形成された亜角魁状であった』。角魁状は土壌のもとになる母材が、乾湿による膨張と収縮を繰り返してできた初期の土壌。それが細かくなったものが亜角魁状である。ミミズが関与していないという話は多くの人にとって意外かもしれない。

団粒化は耕起深の3倍深く進行

トラクターで耕す方法は大きく分けて、土を約30cmほどひっくり返すプラウと表層約10cmを撹拌するティレッジがある。SF(調査圃場)は農法を変えて以来、ティレッジしかしていない。つまり廃菌床は表層約10cmにしか混ぜ込まれていない。にもかかわらず、団粒化はその3倍も進んでいた。

作土層の仮比重が小さい

「仮比重」とは土壌をそのまま乾燥させた比重のこと。ステンレス製の容積100mlの円筒を土壌に突き刺してサンプルを採取する。団粒が発達すると隙間が多くなり比重は小さくなる。CF(対照圃場)も22cmの作土層(Ap層)があるが、仮比重が大きいので、隙間が小さい。つまり、SFに比べて団粒は発達していない。

作土層のC:N比が逆転

表1のC/N比(C:N比と同意)を見ると、CFは深層へ行くほど高くなっている。一般的に表層土のC/N比は森林では高く、耕地では低いので、耕作による土壌炭素の減少と見てよい。これに対し、SFは第3層を堺に逆転して表層ほど高い。これは無施肥なので窒素が下がったからではない。窒素含有率はSFの方がCFより大きい。C/N比の逆転は、窒素が増え、それ以上に炭素が増えたからだ。

微生物活性

SFの土壌微生物活性はCFより1桁高かった。SFでは、ATPは土層の第1層から第4層で高く(各0.346, 0.125, 0.12, and 0.15 nmol g soil−1)、その厚みの合計は54cmであった (表2、3)。CFでは、ATPは第1層から第3層で高く(0.029, 0.052, and 0.017 nmol g soil−1)、その厚みは34cmであった(表2、3)。SFのATPの合計は54.2 mg m−2で、CFの約5倍であった(表3)。SFでは92%のATPは第1層から第2層に存在し、第1層に65%が存在した。

表 3.各土層のフリーATP

SF: 調査圃場、CF: 対照圃場。層: 表1を参照のこと。 フリーATPの合計は各土層の濃度と重量を乗じて求めた。SFのATPの合計はCFのおよそ5倍であった。

フリーATPの濃度(土壌1g当たりの量)は作土層(第1-2層)で高い。SFは、フリーATPの比較的濃度の高い範囲がCFよりも1層深く、厚みにして20cm厚い。そして総量で見ると約5倍だ。また、SFはATPの65%が第1層に集中しているのに対し、CFは第2層に集中している。

T-CとT-Nの収支

土壌全層のSFのT-C含量は24,135 g C m−2でCFより6,520 g大きかった(表2)。SFでは上位3層のT-C 含量は16,525 g C m−2で、CFの上位3層より9,419 g大きかった(表2)。SFの上位3層のT-C含量はBw1の含有率を初期値と仮定した場合、11,769 g C m−2増加していた。さらに、土壌全層のSFのT-N含量は1,422 g N m−2でCFより345 g大きかった(表2)。上位3層について見ると、SFのT-Nの現状は1,047 g N m−2でありCF基準の産出は461 g と全層で比較した場合の345 gより大きかった(表2)。Bw1基準でみた産出は722 gであった。以上まとめると、4年半15作で廃菌床の投与により5,014 g m−2のCが投入され、856 gが収穫物によって持ちだされ、同様に129 g m-2のNが投入され79 gが持ちだされた。純産出/投入(O:I)比は炭素が2.05–2.52、窒素が4.20–6.62と見積もられ、収穫物を無視してもそれぞれ1.88–2.35および3.58–6.00となった。

実際の変化は推定値より大きい

(全層、表層)×(CF、Bw1)4通りの推計結果のうち、本命は表層×CFだ。表 1を見ると、T-C(全炭素)、T-N(全窒素)、ともに下層の炭素含有率はCFの方がSFより高い。推定では、SFの元の土壌とCFの現在の土壌が同じだと仮定したが、実際の変化はさらに大きいと思われる。

肥沃度が上昇

T-C 含量は16,525 g C m−2で、CFの上位3層より9,419 g大きかった』。これは肥沃度が大きく増進したことを意味する。緒言で述べたように、T-C(全炭素)は肥沃度の指標である。

全窒素が増加

SFのT-Nの現状は1,047 g N m−2でありCF基準の産出は461 g』。586 gから、461 g増えて1047 gになった。要するに倍増したわけだ。緒言で、同僚の土壌肥学者が『土壌の全窒素は施肥の10倍ある』と答えたことを紹介したが、無肥料栽培を繰り返した結果、全窒素は消耗するどころか倍増した。

投入量は持出し量より多い

4年半15作で廃菌床の投与により5,014 g m−2のCが投入され、856 gが収穫物によって持ちだされ、同様に129 g m-2のNが投入され79 gが持ちだされた』。投入量は、収穫物による持出しを上回っているので、単純にさしひきすれば増えて当然と言える。しかし、炭素も窒素も大気と土壌を常に出入りしているため、投入量ー持出し量=残存量、とはならない。

収支は炭素2倍、窒素4倍

では最終的に収支はどうなったか。『純産出/投入(O:I)比は炭素が2.05、窒素が4.20と見積もられ、収穫物を無視してもそれぞれ1.88および3.58となった』。収支は合わないことがはっきりした。高C:N比有機物資材の投入は大きなリターンを生んだのだ。

(つづく)

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