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無肥料で増収して食料自給率を向上する



食料安全保障には自給率向上が必要

食料輸入は厳しさを増している

食料安全保障の観点から、食料自給率の向上が喫緊の課題となっている。気候変動や紛争により世界の食料が不安定さを増すなか、日本の経済力は年々低下し、輸入の厳しさが増しているからだ。ところが自給率を向上しようにも、日本は化学肥料を輸入に頼っている。農業現場は人手不足で、自給率向上どころか、耕作放棄地が増大している。実は、これらをまとめて解決する方法が1つある。施肥をやめればいい。論より証拠、まずは実例をみてもらいたい。

無肥料にして増収した実例

旺盛な生育

無施肥で高収量の圃場の葉レタスの生育
定植45日目(2012年11月24日) ブラジル、サンパウロ州スザーノ市。約15–20 t ha−1 crop−1 の生廃菌床(C:N比39; 水分 61.80%; 全炭素 (T-C), 19.10%; 全窒素 (T-N), 0.49%)を土壌表層約10 cmにロータリーティラーで混入した。他の資材は使われなかった。65日を超える干ばつでも潅水しなかった。病虫害は見られなかった。全国平均の4倍の生産性を達成した。(写真 M. Oda)。
出典 https://www.scirp.org/journal/paperinformation.aspx?paperid=51013

写真は無肥料のリーフレタス。生育は旺盛で、栄養不足による黄化は全く見られない。通常、ここまで密生すれば通気性の悪化から病虫害が発生する。ところが、無農薬なのに病虫害は皆無だ。除草剤も使っていないので、よく見るとレタスの隙間から雑草がのぞいている。植え付け前から雨が降っていないが無潅水だ。特別な品種というわけでもない。

どうやったのか

農家は、化学肥料をやめた。そしてキノコ工場から出る廃菌床を農地に散布してロータリー耕運機で表土と撹拌し、その直後に購入した苗を植えた。雑草は作物の邪魔になったら刈払機で刈り、圃場に放置した。潅水はしなかった。あとは収穫するだけだ。この方法はレタスだけでなく、キャベツ、ハクサイ,ダイコン, カリフラワー等々、作目を問わず使える。

土壌養分が増える

開墾40年余、化学肥料を使い続けた農地は、採算が取れないほど収量が減少していた。そんな折、キノコ工場主から勧められて、農家は新しい農法に切り替え、徐々にその面積を増やしてきた。最初に切り替えた場所は4年半が経過した。周年栽培なので15作。土は大きく変化した。

土壌プロファイル
a. 調査圃場 (SF): 農地は約40年施肥栽培され2008年7月に転換後、15作(レタス12作、キャベツ2作、バターキャベツ1作)常に作物が育っている状態を保つべく切れ目なく作付けされた。b. 対照圃場(CF): 隣接農家の休閑地(4ヶ月前にトウモロコシが、10ヶ月前にキャッサバが栽培され、トウモロコシ栽培の際、1度だけ廃菌床が投入された)。4.5年の間に土壌Ap層は7cm増加し、土壌団粒層は29 cmとなった(写真H. Nakatsuka)。
出典 https://www.scirp.org/journal/paperinformation.aspx?paperid=51013

a.が調査圃場、b.が対照圃場。A層は表層土、B層は下層土、Ap層は作土層を指す。対照圃場を基準にするとAp層は30%厚かった。が、重さは同じだった。つまり、調査圃場は土壌の団粒化で空隙が増えていた。土が黒っぽい。これは有機物(炭素)が多いためで、炭素量は3.1倍だった。さらに、養分の代表である窒素量(全窒素)も2.2倍だった。この量は4年半に投入された廃菌床に含まれていた量の3.7倍で、収穫物で持出した量も加えると、4.3倍になる。施肥しないことで養分は増えたのだ。なお、微生物活性の指標であるフリーATPは、根の多いAp1層で15倍、Ap2層で2.3倍になっていたことから、微生物活性の高さが関係していると推察される。

廃菌床農法ではない

この農法は、キノコ工場主が理論づけし、炭素循環農法と名付けた。早とちりする人が多いが、廃菌床農法ではない。廃菌床は産業廃棄物だ。工場主と農家でWin-Winになるので使用されたに過ぎない。ちなみにこの農法の創始者は、成熟期の緑肥作物(炭素率が高い)を使っていた。よく誤解されるが、資材は肥料の代わりではない。炭素も窒素も、負債を補填したのではなく、投資してリターンを得たのだ。

無施肥の多収事例は案外多い

養分収支の説明がつかない事例はごく普通にある。身近な例が、日本の稲作は窒素施肥量が1980年代の半分になっているが収量は微増していることだ。有名な科学雑誌Natureに掲載された研究によれば、化学肥料を使わないと収量は5〜34%減少する。しかし”有る”という前提で探せば、化学肥料をやめて増収する事例は、案外簡単に見つかる。炭素循環農法の他にも、インドネシアの有機SRI稲作などを実地確認した。共通する原理が明らかになれば、技術を発展させ、農法を普及することができる。そこで、自分なりに考えてみた。

肥料の理屈はズレている

肥料のはじまり

そもそも肥料の始まりは、地力回復のための休耕を、有機物の投入で代替したことだった。その後、特に効きが良かった家畜ふん尿の成分分析を通じて、無機成分だけで植物が育つことが発見された(無機栄養説)。さらに作物の生産量はもっとも不足する無機養分によって支配されるとの説が生まれた(最小養分率)。そして作物が吸収する養分量を補う養分収支が施肥の基礎となった。当時、微生物の存在はまだ知られていなかった。

化学肥料の限界

化学肥料は現代農業はなしには成り立たない。品種も栽培法も化学肥料を前提としている。その現代農業は、収量の頭打ち、地力の低下、環境汚染、水資源の枯渇などの問題に直面している。これらは全て化学肥料が元凶だ。

養分収支の対象は農地ではない

そもそも、養分収支の対象は作物であり、農地ではない。化学肥料は作物の生育を促進するが、地力は回復せず、むしろ消耗させる。地力を回復させるのは今も昔も有機物なのだ。有機物を還元し化学肥料の使用を減らすことは世界的な趨勢となっている。無論、減肥しても収量は維持されている。そして、有機物は堆肥化しない方が地力回復の効果が高いことを、日本の稲作が証明している

農地には肥料が蓄積している

農地に投入した無機栄養が作物に吸収される割合は、窒素で20〜60%、リンで10〜20%、カリウムで40〜60%である。化学肥料の施用量は収穫物による養分持出し養分量より多めだ。余分な養分は、作物が吸収できない形に変化して、一定限度まで土壌に蓄積する。たとえば、可給態リン酸量は、乾燥土100gあたり10mg以上が目標だが、日本の水田は、52.7%が過剰(20以上)になっている('99〜03年)。ちなみに、不可給態を含めた全リン酸量は、水田で273±111、畑で504±411、ハウスで995±474が蓄積している(2009年)。これは玄米や全粒小麦およびキュウリによる1作あたり持出し量のそれぞれ約70倍、130倍、254倍に相当する。

農地エコシステム活用の要

植物ー菌類ユニット

化学肥料が発明された当時、微生物は存在すら知られていなかったが、現在は違う。植物は4億年前に地上に進出して以来、菌類と共進化を遂げてきたことが分かっている。その結果、植物と菌は1つのユニットとして機能分担するに至った。たとえば、オーストラリアへ導入されたマツはリン酸の吸収能力を共生菌に依存している。種だけでは生育せず、共生菌も持ち込む必要があった。また、マメ科は根粒菌と共生する窒素固定作物として有名だが、現在では、ほとんどの植物が種々の共生菌による窒素固定を利用していることがわかっている。要するに作物は共生菌なしでは不完全だ

エコシステムは環境に適応する

現代の農地エコシステムは施肥に適応している。窒素固定も無機栄養の可給化も必要がないので行わない。なので、無施肥では収量が減る。無施肥の農地エコシステムは窒素固定も無機栄養の可給化も行う。なので無施肥で収量が増える。エコシステムが変われば、現象も変わるのが道理だ。

エコシステムの生産量は活動量に比例する

エコシステムの生産量は活動量に比例する。作物は農地エコシステムの一部だ。なので、作物生産の基礎は農地エコシステムの活動量を上げることとなる。この点はあとで詳しく説明する。

養分収支からエネルギーフローへ

養分収支は気にしなくて良い

農地エコシステムを構成する主な元素のうち、O、C、H、Nは、大気と循環している。残るPとKは長年の化学肥料の蓄積がある無施肥なら微生物が有効化するので当面は不足しない。化学肥料の輸入が途絶えたとしても高収量を実現し、自給率を向上できる素地は整っている。

エネルギーフローをマネジメントする

農地エコシステムの活動量はエネルギー消費量に比例する。エネルギーには取得配分貯蔵と消費の過程がある。つまり、栽培管理の根幹はエネルギーフロー(流れ)マネジメントだ。既存の技術をエネルギーフローの観点から見れば、個別無関係だった技術を同じ土俵に並べて一元的に応用できる。また、相反するものに折り合いをつけること(マネジメント)ができる。

工場に例えると分かりやすい

農地エコシステムを工場に例えてみよう。工場は動かなければ生産しない。工場を動かすのはエネルギーだ。ここは大事なところだが、燃料があっても、消費しなければ生産はゼロだ。農地エコシステムもエネルギーを消費して生産する。ただし、生産物はそれ自体が生産設備であり、エネルギーの貯蔵物でもある。なので、全てはエネルギーフローのである。

フローはマネジメントの余地が大きい

一度エネルギーに目を向ければ、農地エコシステムのエネルギーフローマネジメントの余地は極めて大きいことに気付く。エネルギーの取得と消費の実態を大まかに見てみよう。細部は想像力で補ってもらいたい。

まず、エネルギーの取得に関して。エネルギー源である太陽光は、天気によって変動する。それを取得するのは植物だ。葉面積は増減し、光合成量が変わる。見落とされがちだが、日射が強いと光合成量は増えるが、葉の蒸散量が増えて根の給水が追いつかず、気孔が閉じて光合成量が減る。予め適量のエネルギーを根と共生菌、そして土壌団粒化に分配しておけば、これを防止して収量を増やせる。

つぎにエネルギーの消費に関して。エコシステム内のエネルギーは主に炭素化合物として流通する。微生物は植物から直接に、また植物遺体の分解により間接にエネルギーを受け取り活動している。活動内容は、植物遺体中の栄養素の再利用、土壌に結合した栄養素の可給化、土壌の団粒化によるエコシステムの環境改善などだ。

なお、エコシステムの環境は温度に大きく左右される。エコシステムは酵素反応の集まりだからだ。農地エコシステムを適温に保つためには、低温時には地表面のエネルギー吸収を増やし、高温時には減らす必要がある。水は化学・熱の両方にわたるエネルギーの主たる運搬役だ。また、土壌の団粒化はエコシステムの温度を安定させる優れた方法だ。

マネジメントの実例

ブラジルの炭素循環農法は、廃菌床という貯蔵エネルギーの消費フローを増大した。インドネシアの有機SRIはイネの葉の寿命を伸ばすことでエネルギーの取得フローを増大している。また、日本の炭素循環農法はビニルマルチによって温度エネルギーを保持している。

まとめ

現代農業は化学肥料を前提としている。しかし、これに反して化学肥料の使用を止めて、収量を向上した事例が有る。その原理を明らかにし、広く普及できるなら、日本は化学肥料の輸入に頼らず自給率を向上させることが可能だ。その原理とは、農地エコシステムの活動量を上げることで、エネルギーフローマネジメントがその手段だと考える。

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