15年間

自己紹介というものはなにを言うべきなのかか知らないが、僕は海外に住んでいる高校生(英語はできない)ということだけは言っておく。なにを書けばいいか分からない。急にnoteを書きたいと思ったのだ。認めたくはないが、自分にはポエマー的要素も混じっている気がするし、自己承認欲も確実にあると思う。これから書くnoteが誰かに見られるか見られないかは知らないが、思っていることを文章に移すということはかなり気持ちの良いことである。多分。


授業と授業の合間にこれを書いているため、自分がなにを書きたかったのか忘れてしまった。今自分が書きたいと思ったことを書くぜ!

僕は九州で産まれた、
人の悪口しか言わない女と頭は良いがヤバい奴から出てきた人間である。

人の悪口しか言わない女(母)は、頭は良くないし容姿も良いとは言えないが、人の悪口を言うことに関しては非常に長けてると言える…、、、
例えば僕は「この写真おもろくね?」、「この人すごい!」とスマホを見せることが多々あるのだが、その返答の凡そ容姿に対してである。
最悪である。これに対して僕は基本的に、
「やばァ」としか返さないがたまに核心をつく?(最低)ことや、説教するレベルで凄いことを言うのだ。ここだけは多少尊敬している。
だが基本的には優しい人ではある。ただすんごい裏表がある人。つまりそこら辺にいる主婦。

頭は良いがヤバい奴(父)は、ヤバいただただヤバい。アル中だしタバコは吸うし、(今は電子の何かが欠けてるやつらしいが僕からしたら変わらない)、パチンカスだし、すぐキレる。
キレる、キレる、あまりにも。
昔のキレ具合はすごかった。
幼稚園の時、母が作ったラーメンに対してあまりにもブチギレていた。あの時の今にも溢れるそうなラーメンだけは忘れられない。

しかし今は僕らにキレることはないに等しい。むしろ優しいのでは?と思ってしまうくらいに

僕は父を尊敬することはないが(したくない)、親族の中で一番頭は良い気がする。高卒だが。

ちなみに親族で大卒なのは母方のおばあちゃんだけだ。短大楽しくて3年行ったことだけは意味がわからないけどかわいいからいいや。

次は僕の幼少期について語ろうと思う。

幼稚園:特に何も無い。記憶がないから。

小学生
1年時: 僕の1番の親友にあたるK君に学童で会った。隅で漫画を読んでた。お菓子を食い終わった時に口に残った食べカス的なものを指でなぞって食う行為は気持ち悪かった。

2年時: K君と同じクラスだった。あいつはヤバい。そう思い始めた頃だ。暴君F君と喧嘩して体育終わりに教室でパンイチ上靴四足歩行でF君を追いかけてた。F君に背中かじられてたときはさすがに驚いた。背中の一部が見たことない景色だった。皮噛みちぎられたのかな。

3年生時: なんか、なんかあったかなぁ。デブだった。

4年生時: 先生が厳しかった。この時だけ字が綺麗だった。K君がセックスてなんて意味ですか?と先生に聞いていた。爆笑した。
最近のガキはマセすぎだ。

5年生時: 楽しかった。

6年生時: 人生で1番楽しかった。まだ15年しか生きてないけど。書くのだるくなってきた。

中学1年生: 3ヶ月日本の中学行った。2人目の親友が出来た。海外行った。行く数ヶ月前までは「ほんとに行きたくない嫌だぁなぁ」と思っていたが行く前には何も思わなくなった。

〜海外編〜
中一: 地獄。最悪だった。希死念慮ばっか。
だか週一の日本人補習校だけは楽しかった。あまりにも。戻れるなら戻りたい。みんな個性的で僕の中での面白い人インフレが起きた。3人目の親友ができたが、中一の時はむしろあまり好きではなかった。

中二: 中一よりマシ。でもまだ地獄は地獄。
ここらへんで3人目の親友のことが好きになってきた。衝撃が走った。こんな奴がいるのかと。

中三: 高校が始まった。補習校も辞めた。別に辛いことも楽しいこともなかった。この時に何も無いことが1番嫌だとと思った。でも色んなYouTuberや音楽を1番知れた時期だと思う。(アジカン、サカナクション、group_inou
雷獣、バキ童、東海オンエア)

高一: 特に中三と変わらない。日本に帰りたい欲が強まった。本当に日本の高校が羨ましい。


最初から書きすぎだと思うが読者のことなんて正直知ったこっちゃないのだ。ただの自己満日記である。なぜ勉強しないでこんなことを書いているのか。なぜ学歴厨なのか。

どうでもいいこと書きすぎたー!!!!!



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