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アメフト選手のスピードパフォーマンスと最大筋力の関係

最近アメフトのストレングストレーニングに関する面白い論文を見つけまして。

Link: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37815260/

要は「カレッジのアメフト選手について、直線スプリントのパフォーマンスの高い/低いを分ける筋力やパワーの閾値はどの程度か?」という話。
これは拡大解釈してしまえば、スピードパフォーマンスを最大化する上では最低限どの程度の最大筋力が必要になるの?という話にもつながってくるか。

今回はこの文献とこの周囲の話について。


アメフト選手における筋力とフィールドパフォーマンスの関係

普遍的な理解と同様に(後述)、アメフト選手についても最大筋力はフィールドでのパフォーマンスを最大化する上では欠かせないファクターになる。

実際、アメリカンフットボール選手を対象としたBurkeらの研究では、ラインポジションの選手ではハングクリーンとCoD(方向転換)の間に直接的な相関があることが示されている(Burke et al., 2023)。
スキル群においても、バックスクワット・ハングクリーンのパフォーマンスは垂直跳びのパフォーマンスを媒介変数としてCoDのパフォーマンスと間接的に関係するようであり、このようにフィールドパフォーマンスに対する最大筋力の役割は大きい。

とは言っても、これだけ理解できていたとしても、現場では新たな問題が出てくる。
これに関する問題が、16名のDiv. IIフットボール選手を対象としたPhilippらの研究である。
この研究では、3シーズンを通して選手たちは体重や最大筋力は向上したものの、40ヤード走のパフォーマンスは大きく変化しなかったことが示されている(Philipp et al., 2022)。しかし、1シーズン目において相対的筋力が「弱い」グループに属した選手(すなわち50パーセンタイル(中央値)以下のスコアだった選手)においては、40ヤード走のスコアが有意に向上したことも示されている。

ここからは、おそらく最大筋力においてある程度の値を境にして、スピードへの転移の割合が小さくなるポイントがあることが示唆される。すなわち、「スピードパフォーマンスを最大化させるための最低条件としての最大筋力はどの程度必要なのか?」ということが問題になる。


スピードのための最大筋力の閾値

体重100kgの人がバックスクワットを1RM60kgの状態から120kgにするのと、160kgから220kgにするのでは同じ+60kgの変化でもそのコストは全く違うだろう。これは直感的に理解できると思われる。
当たり前の話、最大筋力の向上は決して直線的なものではなく、トレーニング開始に劇的に向上した後は非常に緩やかになるためである。

例えば日本の大学1部のアメフト選手を対象とした縦断研究では、スクワットの1RM値は1回生→2回生の間で約30%向上するが、2回生以降は1年間での伸び率は大幅に小さくなる。
データはYamashita D, et al. Annual changes in the physical characteristics of Japanese division I collegiate American football players. Int J Strength Cond. 2023;3(1). doi: 10.47206/ijsc.v3i1.131による。

ここで一つ問題が生じる。
例えばこの選手がバックスクワットの1RMで220kg達成できたとして、そこからさらに多くの時間を費やして230kg挙げられるようになることが、果たしてフィールドでのパフォーマンスにどの程度影響するのだろうか?
もしかしたら、その10kgを引き上げるための努力の何割かをスプリントトレーニングなどに費やした方が、最終的な競技パフォーマンスの伸び率は良くなる可能性もある。

かといって、最大筋力をなおざりにしてスプリントトレーニングばかりしていても、結局はスプリントで必要な最大筋力が不足しているのでスプリントパフォーマンスは最大化されなくなる。

つまり、同じ「スプリントパフォーマンスの向上」という視点に立っていたとしても、最大筋力が低い人と高い人ではトレーニングの方向性も異なるということである。

では、この「低い人と高い人」を分ける基準はどこにあるのか?


冒頭の研究について

冒頭で提示したPhilippらの研究は、40ヤード走のスコアとして表される直線スプリントのパフォーマンスについて、その「高低」を分ける筋力の閾値を調査したものになる(Philipp et al., 2024)。

研究の方法

この研究では、NCAA Div. IIのアメリカンフットボールチームについて、2015~2021年の身体パフォーマンスデータが用いられた。
このデータには18~23歳の当該Divisionの選手294名が含まれており、さらに体重による影響を考慮するために全体重の中央値で集団を二分し、体重が中央値以下の選手を「低体重群」low body mass、それ以上の選手を「高体重群」high body massに分けた。
低体重群の平均体重は86.4(±6.1)kgであり、高体重群の平均体重は116.4(±13.7)kgであった。

ここで分析の対象としたパフォーマンスデータは以下の変数であった。

  • 40ヤード走

  • バーベルバックスクワット

  • ハングクリーン

  • 幅跳び

  • 垂直跳び

データの分析はロジスティック回帰分析を用いて、ROC曲線をプロットした後にAUCが最大となるスコアを各変数について特定した。

主要な結果について

分析の結果、4つの下半身筋力(パワー)のテストは、40ヤード走における「遅い選手」と「速い選手」(この2分は体重と同じく中央値を基準としている)を有意に識別できることが示された。

特に高いAUCを示したのは、高体重群における垂直跳びであり(AUC=0.903)、ここではカットオフ値として72.64cmが設定された。
すなわち、カットオフ値として垂直跳び72.64cmを設定すると、高体重群において実際に「速い」選手を「速い選手である」と分類できる確率が84.6%であり、「遅い」選手を「遅い選手である」と分類できる確率が81.0%であった。

以下はそれぞれの群において「速い」「遅い」を最も少ない誤差で分類できる、各変数に関するカットオフ値(=閾値)である。

体重比の値は、1RMの値を自体重で除した値である。例えば100kgのアスリートのスクワット1RMが200kgであれば、体重比の値は2.0となる。


まとめと現場への応用という視点

最大筋力の重要性

アスリートのスピードを高めるためには下半身の最大筋力が必要、ということが従来より指摘されている。
特にバックスクワットのパフォーマンス向上がスプリントパフォーマンスの向上と非常に大きい有意な相関があることを指摘したのはSeitzらによるメタ分析である(Seitz et al., 2014)。
しかしこの分析は、外れ値を無視していることで相関が異常に大きくなっており、そのような外れ値を考慮するともう少しその相関は小さくなるようである(Kadlec et al., 2023)。

しかしいずれにせよ、下半身の筋力がスピードなどのアスレティックパフォーマンスにとって重要であるというのはおそらく堅固な事実であり、それゆえにアスリートのストレングストレーニングにおける筋力向上の重要性は高い。
これは当然アメリカンフットボールにおいても重要であり、この観点からもシーズンを通じて≧80%1RMの負荷を用いたトレーニングを習慣的に行うべきであると指摘されている(Hartmann et al., 2015)。
(もちろん、ピリオダイゼーションの観点から現実的にはそれ以下の負荷を用いるセッションもある点には注意)

Suchomelらのレビューでは、パワーやCoD(方向転換)といった変数に対する筋力の影響がまとめられており、それに基づいてバックSQの相対的筋力とアスレティックパフォーマンスの関係についてモデル化されている(Suchomel et al., 2016)。
このモデルでは、バックスクワットの1RMで体重の2倍という数値が、広くアスレティックパフォーマンスを高めるために必要になる可能性があるとされる。

Suchomelらによる、アスレティックパフォーマンスとバックスクワットの相対的筋力の関係に関するモデル。図はSuchomel et al. (2016)による。

上述した閾値をどう用いるか?

上述したカットオフ値は、その値を上回っていればアメリカンフットボール選手のスピードパフォーマンスにおいて50パーセンタイルより上回っている可能性が高く、逆もまた然り、ということを意味する。

Philippらは、このカットオフ値をトレーニングの処方に関する意志決定に役立てることができるとしている。
つまり、例えば高体重群(この研究ではオフェンスラインやディフェンスライン、ラインバッカー、タイトエンドなどで主に構成されていた)の選手でハングクリーンの1RMが体重の1.28倍に満たない場合、スプリントパフォーマンスの開発においてはまずその値を達成すべきことを考慮すべきであり、達成後はスプリント特異的なトレーニングを行う、といった形で介入を設定できる。
単純に解釈してしまえば、これらの値をスピードパフォーマンスを高めるために必要な最大筋力・パワーの最低ラインと考えられるかもしれない。

当然この値は集団に特異的なものであり、トレーニング歴や年齢、さらには競技レベルなどによっても異なる可能性がある。
そのため一概に全ての集団に対してこのカットオフ値を設定することはできないかもしれない。

しかし、この研究でも指摘されているように、選手の体重によっても筋力とパワーの閾値は異なる。
したがって、直感からも明らかなことではあるが、上述した「スクワットで体重の2倍」という値を、「アメフト選手」をひとくくりとして全員に適用することは現実的ではない。実際はスキルポジションであればもう少し必要になる可能性がある。


References

  • Burke AA, Guthrie BM, Magee M, Miller AD, Jones MT. Revisiting the assessment of strength, power, and change of direction in collegiate American football athletes. J Strength Cond Res. 2023;37(8):1623-27.

  • Hartmann H, Wirth K, Keiner M, Mickel C, Sander A, Szilvas E. Short-term Periodization Models: Effects on Strength and Speed-strength Performance. Sports Med. 2015;45(10):1373-1386. doi:10.1007/s40279-015-0355-2

  • Kadlec D, Sainani KL, Nimphius S. With Great Power Comes Great Responsibility: Common Errors in Meta-Analyses and Meta-Regressions in Strength & Conditioning Research. Sports Med. 2023;53(2):313-325. doi:10.1007/s40279-022-01766-0

  • Seitz LB, Reyes A, Tran TT, Saez de Villarreal E, Haff GG. Increases in lower-body strength transfer positively to sprint performance: a systematic review with meta-analysis. Sports Med. 2014;44(12):1693-1702. doi:10.1007/s40279-014-0227-1

  • Philipp N, Herda T, Cabarkapa D, Fry A. Changes in lower body strength and linear speed performance in NCAA Division 2 collegiate football players across three competitive seasons. J Appl Sports Sci. 2022;1:45-56. doi: 10.37393/JASS.2022.01.4

  • Suchomel TJ, Nimphius S, Stone MH. The Importance of Muscular Strength in Athletic Performance. Sports Med. 2016;46(10):1419-1449. doi:10.1007/s40279-016-0486-0

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