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セカンドインパクト症候群について考える

脳振盪に関する話です。
ちなみに脳振盪concussionは脳「震」盪ではなく脳「振」盪とする方が良いとか言われますね。脳が振られるのであって震えるわけではないから、みたいなそういうイメージ。

今回のフォーカス

脳振盪のマネジメントに関する現状の考慮事項

脳振盪からの競技復帰が非常に慎重に進められるのには、脳振盪受傷後7日〜10日程度は再発に対する感受性が高まるということが一つに挙げられる(Guskiewicz et al., 2003)。
反復的な脳振盪の受傷は中〜長期的に健康状態へ悪影響を及ぼすことが示されているという事実が存在するので(過去記事参照)、その意味で再発を可能な限り防ぐという点で段階的な競技復帰が重要になる。

それに加えて、on-fieldのレベル(フィールド上での評価の時点)で脳振盪の可能性が疑われる場合は必ずプレーから離れる必要があり、また脳振盪と診断された場合は受傷当日は競技に復帰することはできない(McCrory et al., 2017)、といったように非常に厳格な意思決定がなされることも脳振盪のマネジメントの特徴といえる。

このような対応が取られるもう一つの根拠(?)に、短期的な脳振盪の反復受傷が重篤な器質的損傷をもたらすという、いわゆる「セカンドインパクト症候群」second impact syndromeの危険性がある。
これは死亡率が非常に高いとされることで有名であり、例えばセカンドインパクト症候群による死亡率は50%を超えると記述している記事も存在する。

セカンドインパクト症候群(SIS)に関して生じるギモン

脳振盪が疑われ、診断された時点で競技への参加を中止して段階的に競技復帰をしていくべきという事実は疑いようもない。
一方で、SISについて冷静に考えると種々の疑問が浮かび上がってくる。その例として次のようなものが考えられる。

  • 2度目の受傷では器質的損傷が生じるとする言説が多いが、なぜ1度目では生じなかった器質的損傷のリスクが2度目では大きくなるのか?

  • 「短期的な」反復受傷について、どの程度の期間を短期間と考えれば良いのか?

  • この高い死亡率に関するエビデンスはあるのか?

  • そもそも、「セカンドインパクト症候群」という語の厳密な定義はどのようなものなのか?

全てに明確な解答が得られるかは不明だが、なんとなく曖昧にしてきたSISについて一度細かく掘り下げることが今回の目標になる。


SISによる死亡事故例:2つのcase reportから

*この項目では、実際にSISによる死亡例について紹介しています。グロテスクな画像とかは無いですが、そういうセンシティブなアレが無理な人は読み飛ばし推奨(かも)です。


SISの厳密な定義がなされているとは言いがたいものの(後述)、SISが死因とされる症例に関してはいくつかの報告がなされている。
ここでは厳密な定義を考える前に、そのような症例を確認してみたい。

アイスホッケーによる事故:Fekete医師による報告(1968年の報告)

文献:Fekete 1968; McCrory 2001; Gordon 2017

午後8時15分頃、16歳の男性がアイスホッケーの試合中に自身よりもはるかに大きい選手と衝突したことで氷上に転倒、左こめかみを強打した。
初期対応者(衝突相手)が発見した時点で呼吸困難の状態であり、その後嘔吐を繰り返した。
午後8時30分頃、GP(general practitioner;主にプライマリケアを担当する総合診療医)が到着、その時点で反応が消失していた。
その後フレデリクトンの地域病院に搬送されたが、意識回復せず、死亡が確認された。死亡時間は午後10時頃(受傷後〜2時間程度)と推定された。
剖検では左側頭筋と左眼窩の出血、および脳浮腫が認められた。また、脳と脊髄のくも膜下出血、右後頭葉に1×2cmの挫傷、脳幹部(大脳脚・橋)の出血が見られた。

死亡した男性は、死亡の4日前に一度スケートで転倒して後頭部を強打していたことが、検視を通した友人の証言で明らかになった。その時彼は4〜5分氷上で動かず、氷上から離れるのに2人がかりでの介助が必要なほどであった。
帰宅後、頭痛を訴え325mgのアスピリン剤3錠を服用するも軽減せず、さらに追加で服薬、さらにその後数日でも同級生から9〜21錠もらっていたとのこと。同級生による証言によれば、死亡した男性は頭痛および「脳振盪を起こしたようだ」という訴えはあったものの、特に目立った問題はなかったという。
死亡の誘因と考えられる2回目の受傷が発生したのは最初の頭部衝撃の4日後であり、その時点で明らかに脳振盪様の症状が持続していた

ラグビーによる事故:Rowan Stringerの症例(2013年)

文献:Tator et al. 2019; McCradden & Cusimano 2019; Legacy Stories by Concussion Legacy Foundation

2013年5月8日、17歳のRowan Stringerはラグビーの試合中にハイタックルを受け、頭を地面に強く打ち付けた。彼女は一瞬起き上がった後に意識を失った。数分後の評価ではGCSは3、瞳孔散大していたが、自発呼吸は見られた。

その後病院へ搬送され、すぐに挿管・人工呼吸がなされた。バイタルサインは安定していた。
CT像では脳全体の浮腫および左大脳半球部の硬膜下血腫が認められた。外科的減圧術を行うも術後3日目には頭蓋内圧が急上昇し、脳室圧迫、脳槽消失、脳幹出血の疑いを伴う脳浮腫の悪化が認められた。脳幹反射は咳と自発呼吸のみ残存していたが、翌日には咽頭反射と自発呼吸が消失した。
術後4日目に家族の同意のもと治療の中止を決定し、神経学的死亡が判定された。
死後44時間後の剖検では、重度の脳浮腫が認められたほか、左半球凸部の突出および鉤ヘルニアが見られた。組織学的には大脳半球・中脳・大脳皮質・髄質・小脳を含む全般性の低酸素性虚血性脳障害がみられたほか、脳梁や脳幹背部・頸髄部を中心としたびまん性軸索損傷がみられた。

受傷2時間後(A)、2日後(B)、3日後(C)の頭部の非造影CT画像。明らかな正中偏位が見られ、段階的な灰白質部の消失が確認出来る。
図はTator et al. (2019)による。

症状の異常な進行と病理的な状態を考慮して、診断の確定のために検死審問が行われた。
直接的な死因となったと考えられる事故までの5日間に友人に送られた彼女のテキストメッセージの内容は、彼女の死がSISによるものであると決定づけられるのに十分な証拠であった。
それによれば、彼女は5月3日にラグビーの試合で頭部に打撃を受けており、そしてその3日後の5月6日に再びラグビーの試合で「頭を蹴られた」ようであった。テキストには頭痛や疲労、耳鳴りといった症状の訴えが書かれており、彼女は脳振盪を起こしていた可能性が高かった
彼女は自らが脳振盪である可能性を考えてはいたものの、そのような状態について周囲の大人に明かすことはなかったようである。
そのため、事故の直近で脳振盪と診断した大人(医師)も、またそのような状態にあると聞かされていた人もいなかった。


SISの定義に関して

SISの診断基準に関する知見

McCrory & Berkovic (1998)では、それ以前にSISの可能性に関する報告についての正確な診断基準が提供されている。
そこでは、SISと診断するにあたっての次の4基準が示されている;

  1. 1回目の頭部への衝撃に関する医学的な検討の有無

  2. 1度目の衝撃の後に、2度目の衝撃を受けたときまでの継続的な症状の記録の有無

  3. 2回目の頭部衝撃の目撃、およびその後の急速な脳の悪化の有無

  4. 明らかな頭蓋血腫またはその他脳浮腫の原因(脳炎など)を伴わない神経病理学的または神経画像的な証拠の有無

この基準に基づいて、
・1〜4全てを満たす→SISと定義(definite SIS)
・3・4を満たし、かつ1または2のいずれかを満たす→SISの可能性が高い(probable SIS)
・3・4のみを満たす→SISの可能性がある(possible SIS)
・3または4を満たしていない→SISではない(not SIS)
と判断される。

1度目の衝撃の医学的な検討とは、ここではチームメイトなどによる証言に基づくものではなく、映像や画像などの客観的な資料によってなされるものとされる(McCrory, 2001)。つまりこの基準に基づいて考えれば、上述した2つの症例はSISの定義を完全には満たしていないことになる。

SISの定義とその実態

McCrory(2001)では、それ以前にSISの可能性として報告されたcase reportについて上記のクライテリアに基づく評価を行った結果、"definite SIS"と診断された症例は存在しなかったことが示されている。
検討された17件のうち12件は一度目の衝撃の有無を医学的に検討できなかった。

また、病態としてはびまん性の脳浮腫が14件で見られていた
これに基づいて、著者はセカンドインパクト症候群の実態は単回の頭部衝撃によって生じる極めて稀なびまん性脳浮腫(DCS; diffuse cerebral swelling)であるとしている。

つまり、ここでの焦点は主に、

  • DCSは真に2回目の衝撃に起因するのか、それとも1回目の衝撃による受傷の進行形としてみなされるべきなのか

  • 1回目と2回目の衝撃のスパンがどの程度離れているときにSISとみなされるのか

という点にある(McLendon et al., 2016)。

Hebert et al. (2016)では、SISがWHOによる症例の定義についてその適格基準を満たしていないことが示されており、本邦による頭部外傷に関するガイドラインでも「セカンドインパクト症候群」の項目は存在していない。

Stovitzらは、SISに関連する文献において、SISがどのように定義されているかに関してシステマティックレビューの形式で調べた。
それによると、それぞれの文献におけるSISの定義は次の3つに分類することが出来た。

3つめは「結果として死亡をもたらした二度目の脳振盪」と訳した方が良かったかも
Stovitz et al. (2017)を基に作成。

つまり、ここではSISは、
一度目の脳振盪が回復しないうちに二度目の脳振盪を受傷し、
その結果「脳血管のうっ血および頭蓋内圧の亢進が引き起こされて最終的に脳ヘルニアや死を引き起こす」(Toth et al., 2005)一連のイベントである
と考えることが出来る。

しかしその一方で、②のような重篤なイベントが引き起こされるのに、その前の脳振盪(=1度目の受傷)が必須要件ではないとする指摘がある点も注意する必要がある(McCrory, 2001)。


SISの病態生理

SISがDCSの一形態ではなく、真に「連続する脳振盪イベントによってもたらされる種々の障害」であるとみなすためには、一度目の脳振盪イベントによる病態生理的変化が二度目の脳振盪イベントによる病態生理に与える影響を考える必要がある。

脳血流量および代謝バランスの変化の影響

BeyとOstickは、レビューにて次のような病態生理的メカニズムを指摘している(Bey & Ostick, 2009)。

まず一度目の脳振盪を受傷でも脳浮腫を起こす可能性はあるものの、脳の自動調節機構によって脳血流量が抑制されることで浮腫の発生を防ぐ。
一度目の受傷から数日間は、このような脳血流量の変化および急性的な代謝動態の変化、イオンバランスの変化(細胞外カリウム濃度の増大)などによって、脳が脆弱な状態になる
このタイミングで脳振盪を引き起こすほどの「二度目の」強い衝撃(=セカンドインパクト)を受けると、脳は頭蓋内圧と脳灌流圧を自動調節する機能を失い、急激な脳浮腫の拡大および重度であれば脳ヘルニアが引き起こされる
この脳血流量の調節メカニズムの破綻には、細胞内外におけるイオンシフト(カリウムイオンが細胞外に流出し、細胞内のナトリウムやカルシウムと置き換わる現象)が関係している可能性がある(May et al., 2022)。

脳振盪後、臨床的な機能回復と不一致的に生理的な回復が生じるということを示したシステマティックレビューでも、受傷後しばらくの期間で脳血流量が変化するとともに代謝バランスの異常が生じることが指摘されている(Kamins et al., 2017)。

一度目の頭部への衝撃が二度目の衝撃によって引き起こされる脳浮腫の拡大に与える影響に関するシェーマ。
図はTator et al. (2019)による。

三叉神経心臓反射と神経原性炎症の関連

Squierらによって脳浮腫に対する三叉神経心臓反射(TCR; trigeminocardiac reflex)と神経原性炎症の関連性が提唱され(Squier et al., 2012)、これはSISとしての二度目の受傷が脳浮腫や硬膜下血腫といった病態を引き起こす理論的な枠組みとして非常な強固な理論であるとされる(Engelhardt et al., 2021)。

一度目の衝撃が生じると、三叉神経を介した神経原性炎症を引き起こす。
また、CGRP(カルシトニン遺伝子関連ペプチド)の放出によるTCRのトリガーが脳の虚脱および脳血管の拡張を引き起こす。

CGRPは三叉神経痛に関連する物質でもあり、三叉神経から物質されることで血管が拡張される。
図は新薬情報オンラインによる。

CGRPはまた、サブスタンスPの効果を増強させることを通じて、硬膜への著しいタンパク質の浸潤を引き起こす。
一度目の衝撃後にこのような生理的変化が生じており、そこでさらに衝撃が与えられることで、脳血流量が一度目の衝撃時以上に増大し、脳浮腫および硬膜下血腫が生じると考えられる。

このような理論的枠組みの間接的な根拠として、サブスタンスPやCGRPといった神経原性炎症に関与するペプチドの発現が好発的に生じる領域と、SISの患者における形態学的・解剖学的な病変の存在領域とかなり一致しているという事実がある。


今回のまとめ

SISに関しては、可能性については多く指摘されているものの、その定義が曖昧である故に疫学的な分析などがあまり進んでいない現状がある。

SISはしばしば脳振盪に対する競技復帰を慎重に進めるべきであるという意見を補強するものとして扱われるが、その実態に関しては完全に明らかになっているとは言いがたい。

しかしいずれにせよ、脳振盪は他の筋骨格系傷害と異なり、生命の維持に関与する重要な機構となる脳の障害であるという点に注意するべきである。
それだけでも十分に慎重に進めるべきであるという根拠にはなるため、SISを引き合いに出していたずらに不安を煽ることが必ずしも正しい教育効果をもたらすかどうかは考慮するべきかもしれない。

References

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