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『バレリーナ』 井上陽水

【私の音楽履歴書】#10 井上陽水

レコードにはA面B面があり、片方が終わればひっくり返してターンテーブルに戻すという一連の作業があった。始めて聴くレコードにはA面での余韻を残しながら、さてB面はどんなだろう…と思いを馳せる。そんな情緒があった。

また、それぞれの面にコンセプトというか、カラーを意識的に変えているアルバムも少なからずあった。
代表的なものとして、私は「The Police」の《Synchronicity》(83.6/1発売) をあげたい。
そして、その約半年後に日本でも同様の作品が発売される。それが今回取り上げる井上陽水の『バレリーナ』(83.12/5発売) である。

このnoteで、井上陽水はもっと早く取り上げるべきなのはわかっていた。それがないと、まさに“画竜点睛を欠く”というものだ。
ただ、彼の音楽を語るのは非常に難しい。ただキャリアが長いだけというだけではなく、言葉でつくすのが難しいのだ。
だから総括的なまとめではなく、先ず、ある特定の時期に絞ったものにしていこうと思う。
その時期とは1983年11thアルバム『バレリーナ』発売の前後である。

陽水サウンドの立役者

作品づくりで重要なのは作詞、作曲を色付けしていくアレンジと全体を統括するプロデュースである。それによって作品の魅力が大きく左右される。
井上陽水の場合も何人かのアレンジャーが関わっているが、中でも星勝はデビュー当時からの深い関わりである。そしてプロデューサーの多賀英典。この二人は、私には陽水と小椋佳を結ぶ重要な人物でもある。

小椋佳作詞、井上陽水作曲の作品に

「白い一日」『氷の世界』収録 (73.12/1)

「坂道」『招待状のないショー』収録 (76.3/25)

がある。類まれなる才能の二人がタッグを組んだ名曲だ。
私にとっては、この『招待状のないショー』と後述する『LION&PELICAN』(82.12/5) そして『バレリーナ』が陽水のアルバムベスト3である。

BANANAって誰⁉

『バレリーナ』のライナーには、アレンジャーとして「BANANA」と名前があがっていた。はて…BANANAって誰⁉
まもなくそれはキーボード奏者、川島裕二であることがわかった。そして既に、川島は9thアルバム『あやしい夜をまって』(81.11/21) の一曲「Yellow Night」に編曲者として参加していた。続く10th『LION&PELICAN』では、10曲中4曲に彼が起用されている。

この「カナリア」は何人かのアーティストがカバーするほどの「隠れた名曲」だ。

沢田研二に提供した「背中まで45分」も斬新なアイデアだった。アレンジは今にして聴けば、さすがに古いが当時は先進的だった。そして、私が好きなのは「チャイニーズフード」である。バックギャモンをこの歌詞で初めて知った。

バレリーナ

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何とも不思議な写真である。
これが『バレリーナ』のジャケ写だ。陽水のアルバムで最も売れなかった作品として本人が自虐的にあげているといわれる本作。
売り上げ低調の原因は、このジャケ写のアヴァンギャルドさにもあるのでは…との声も訊くほどだ。
ただ私は陽水自身がドア越しに見ているという構図は、なんとなく同郷のタモリ風味も感じて嫌いじゃない。


さて、前述の通り、全9曲のうち、1〜5 (A面)と6〜9 (B面) では全く曲調が違う。前者はアップテンポのロック調、後者はバラードといえる。
共同プロデュースとして名を連ねるBANANAこと川島裕二のアレンジが突出している。それが陽水のシュールで摩訶不思議な詞と振り幅のあるメロディに絡んで独特の世界観を醸し出している。

① 街の子のハーモニー
クロススティックっぽい安全地帯の田中裕二のドラムで始まる疾走感あふれるリード曲。伊集加代子のコーラスも流石の一言。

② 誘惑
このアルバムで唯一のシングル曲。

③ カメレオンの恋
ヴォーカルもカメレオンの如き唱法

④ あなたを理解
レゲエ風味の曲。こちらも何とも投げやりな歌声。また、輪をかけて詞が不可解。

愛されてもワカラン人は罪にならないョ
嫌われても泣かない人は雨にぬれてるョ

⑤ この頃、妙だ
この曲だけ編曲がDADAAD名義に。これも川島の変名ではとの見方が多い。この曲でプレイするベースの岡野ハジメ、ドラムの矢壁アツノブはPINKとして、サロン・ミュージックやパール兄弟とも関わりを持っていく。

⑥ バレリーナ
ここからストーリーの様な、幻想的な世界へ誘うかの如くのバラードナンバーが続く。イントロのピアノから惹き込まれてしまう。川島のシンセサイザーが鮮やかだ。まさに森の中に案内されたかのようだ。


⑦ 虹のできる訳
ハープとストリングスがシンセと相まって、とても心地よい。ラストの“夢”と共に、おやすみサウンドとしても最適な名バラード。


⑧ ビーズとパール
あさみさん、あゆみさん、ゆかりさん、ゆみこさん、まゆみさん、ひろみさん、さゆりさん、さちこさん、かおりさん、かずよさん、ひとみさん、れいこさん…女性の名前が続き、子供のはしゃぐ声が入る斬新な曲。しかし、当時からあげられた名前の“昭和感”は感じていたが、それが十分に意図されたものなんだろう。

⑨ 夢
フェードイン・フェードアウトで始まり終わるこの曲は、私にとっての陽水のベスト。コーラスは玉置浩二とのことだが、最近までわからなかった。

翌84年、安全地帯のブレイクで再注目された形の陽水は、ウイスキーのCM出演と起用された「いっそセレナーデ」や中森明菜に提供した「飾りじゃないのよ涙は」で商業シーンに引き戻された。セルフカバーアルバム『9.5カラット』も爆発的にヒットした。それが皮肉にも『バレリーナ』を世間からますます遠ざける結果となってしまった。けれども、この“当たらなかった”アルバムは、私にとっては傑作アルバムで陽水のベストであることに変わりはない。

最後に紹介するのは、87年12月に発売された12thアルバム『Negative』から陽水と川島の音楽の一つの到達点であると思っている「記憶」を…



                              №16

【追記】

書き留めている途中、一部メディアから「陽水引退準備か⁉」と記事が入ってきた。そこで思い出したのが…

「明日なにが起こるかわからないのが好き」と公言している人に質問するのは間抜けな話だと思いつつ、最後に訊いてみた。これからのあらたな50年に向けての目標を。
「いまは、ぼくのゴールのことより、地球、人類のゴールを考えるときでしょう」
『Pen』(20.5/1.15号) 井上陽水独占インタビューより



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