出汁巻き卵。

誰も興味が無いと思うが、出汁巻き卵が好物だ。

まず、見た目が良い。シンプルな黄色い直方体である。「この出汁巻き卵の体積を求めなさい。」という問題文があってもよいのではないか。分割はされいても良いし、されていなくても良い。分割されていれば何人かで食べる時に喧嘩にならないし、分割されていなければ適当に分けることになるのだが、それもそれでまた分け方に個性が出るから面白い。

熱々ならばなお美味しい。少し冷たい大根おろしを乗せて数滴の醤油を垂らして口に運ぶ。出汁の甘さに、おろしの酸っぱさと醤油の辛さが援護射撃を加える。やはり、出汁巻き卵は美味しい。

居酒屋でも、本当は軟骨のから揚げよりも出汁巻き卵を注文したい。300円のフライドポテトよりも600円の出汁巻き卵を食べたい。シーザーサラダを注文して取り分けるのも面倒だ。しかし、序盤に注文するにはなかなか勇気がいる。場の空気は先の3つへの期待で出来上がっているからだ。そんな中に登場する出汁巻き卵の気持ちを考えると気の毒だ。キャラじゃないのに自分を変えようとクラブに行く青年の気持ちと似通ったものがある。ポツンと取り残された気持ち。楽しむ友達を見て「これは違う」と確信する気持ち。居酒屋の序盤を飾るにはメニューの実績と認知度が必要なのだ。

ところが、出汁巻き卵は中盤以降に無類の強さを発揮する。みんなが少し酔い始めて油っこいものよりはむしろさっぱりとしたものを、濃い味よりは薄い味を求め始める時間。颯爽と登場した出汁巻き卵は今日も中継ぎとして完璧な仕事をこなして、球場を後にする。いや、正確には飲み会場を。

そもそも「出汁巻き定食」が存在するぐらいなのだから、主役を張れる能力はあるのだ。「いやいや、そんなことはないですよ」謙虚な出汁巻き卵の声が聞こえる。「ごめんな…」飲み会場で出汁巻き卵を主役にするだけの力がない僕は、いつも端っこでコソコソと出汁巻き卵を注文する。「コイツのポテンシャルはこんなもんじゃない」「お前を中継ぎで遊ばせておくのはもったいない」と脳内でつぶやきながら。

そんなのん気な事を考えていられるのも平和な日々があってこそだ。早く安心して何も考えずに居酒屋に行けるようになると良いのだが。

ちなみにこの文章はスタバで書いている。

スタバで出汁巻き卵の事を真剣に考える奴なんてなかなかいないだろう。

でもそれでいいのだ。


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