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人生はユーミンの歌詞から学んだ

1972年にユーミンがデビュー。それから50年近くユーミンの歌詞とともに生きてきた気がします。最初の頃は荒井由実としてアイドルへの曲提供も多かったのです。私が好きなのは三木聖子の「まちぶせ」でした。まちぶせはカバーの石川ひとみが有名ですが、全国区で流行ったのは1976年の三木聖子が元祖。♪偶然を装い帰り道で待つわ♪今なら軽いストーカーと言われしまうかもしれませんが携帯電話なんて想像もしていない時代の中学生には響きました。75年のバンバンの「イチゴ白書はもう一度」では♪就職が決まって髪を切ってきたときにもう若くはないさと君に言い訳したね♪という歌詞が印象的です。世界で起こった学園紛争。ユーミンが一石を投じました。

それほど有名な曲ではないのですが、とても印象的なフレーズで♪他人の悲しみなんて救えない♪という歌詞があります。確かに親子でも夫婦でも友人でも悲しみや痛みというのは理解しようとすることはできてもなかなか救えないので自分で解決するしかないんだとしみじみと理解しました。

わたしの一番好きな「カンナ八号線」は、夏の環八の中央分離帯に植わっているカンナの花を歌った歌です。彼氏とドライブで湘南方面に行く朝を歌っているのですが♪チェックのシャツが風に膨らむ後ろ姿を♪。普通の車にはエアコンがついていないので夏は窓を開けてドライブしていました。80年代の東京の若者は全員、環八を通って第三京浜から横浜新道を抜けて湘南か伊豆を夏は目指していたのです。

「まぶしい草野球」や「ノーサイド」では草野球とラグビーを有名にして「ダイヤモンドダストが消えぬ間に」ではダイビング。「サーフ天国スキー天国」や「入江の午後3時」「天気雨」ではサーファン。ユーミンが歌えばなんでもおしゃれになったものです。私の世代はユーミンのほか中島みゆき、竹内まりあの歌ととともに生きてきました。こんなに長く好きになるとは中学生の頃は思っていませんでした。

ヒゲ男も米津もYOASOBIもあいみょんも50年後にしみじみといいなと言えると思います。最近では宇多田ヒカルさんもよく聞きます。あとSMAP。SMAPの森君のいた時代に名曲がたくさんあります。「オリジナルスマイル」とかは今も大好きです。

元気になったり癒される曲に出会えますように。読んで頂きありがとうございました。私の永遠のスタンダードはカーペンターズの「遥かなる影」とビリージョエルの「ピアノマン」とアース&ウインドファイアーの「ブキーワンダーランド」です。


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