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一休宗純、超長生き87歳まで悠々と!

私は毎朝「真言マントラ」を書いてから

「今日の一言」の投稿を朝活にしています。

2019年の10月から一日も欠かさず

FBグループに投稿しています。


そして、


今日の一言は一休宗純。髑髏の絵を二つ描いて


「けんかをしないでくらそしゃないか末はたがいにこの姿」


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一休さんは子供の頃は

TVアニメで観ていて

「とんち」で難題を解決する小僧さんでした。



じつはたいそう立派なお坊さんで

お血筋も高貴な方らしいですね?


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髑髏の絵を描いてみせて

「ケンカしないで暮らそうじゃないか。」

ひらがなの使い方が絶妙ですね。

先日はシンパイスルナ、でカタカナの持つ

おおらかさがあるなぁと思ったばかり。



以下 『般若心経』から引用

室町時代に活躍した臨済宗の一休宗純(1394-1481)は、多くの説話と伝説よとともに風狂を歌った漢詩集『狂雲集』などで人気であるが、和文で平易な『般若心経提唱』も著している。ここにいう「提唱」は禅宗の用語で、教義を人々に説くことをさす。この書で一休は『般若心経』の原文の語釈をしつつも、教学的解釈に留まることはなかった。
たとえば「深き般若の智慧」とは「苦界にしづみたる衆生どもをすくひたすけて、生死の此岸より彼岸に至らしむる」ことであるとして、衆生済度の思想を読み取っている。
般若において重要なのは「こころ」であり、自心が仏であることを悟れば、外に阿弥陀を求める必要もないとした。一休はつとめて卑近な例で説明しており、「彼岸に至る」のは自分の心の中のことであるから、「田舎より京へのぼるやうなこと」ではないなどと表現している。


この時は髑髏を二つ書いてとあり、

言わんとすることがわかりやすい。



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50年後 100年後はお互い生きてはいまい。

日常は喧嘩をしないで暮らすことが肝要、

と、言っておられるのですね?




老々介護に入って以来、親のこと以外は全部運がいいと

「ひねくれ者の自分」に都合のいい解釈をしていた

私はとっても恥ずかしい。




「こんなにやっているんだから私を認めろ!」



という絶対に人に知られたくない「自己承認欲求」


対する両親は(VS)


「今まで育ててやったんだから親の世話は当たり前、まだまだ足らん!」


かみ合わないわけなの。

私としては20年は確かに親に

育ててもらったかもしれないけれど、



その倍の40年以上尽くしてるじゃないの!



という口に出さない本心が、

なぜかテレパシーでお互い伝わっちゃってる。



つねに「自我」と「承認欲求」をお互いに求めて

三つ巴,四つ巴で戦っている日々でした。




「写経」をするようになってからは

「般若心経」については片っ端から勉強して

「硬い」解釈と、柔らかい「解説」

入り混じっている中から好きな所をマッピングしています。


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「自我」ってものが「無いものは無い」と知れば楽ちん。

「無」と「空」をおおらかな宇宙の法則からの

視点で見れば「人間は砂粒説」を受け入れています。



宗教家も、哲学者も、学者も、

スピリチュアリストも啓蒙家も

最終的には「宇宙論」的な中の

「自然な法則」を捉えているように思います。




斎藤ひとりさんも、村上和雄さんも、

苫米地英人さんも、みんな表現の差こそあれ

「神」「グレートサムシング」「宇宙の意志」

というような捉え方で「命」は

集合体だといってらっしゃる。



住んでいるこの町から、愛知県、日本、

地球、と自分を俯瞰する視点を上にあげていくと

「地球人」というくくりの中で

私たちは文字通りうごめいている。




そのうごめき方が、

蟻がなぜか同じように動くこととか、

大空を飛ぶ鳥たちが一塊で方向をかえたりする、

そういう集団の持って生まれた

「行動」が遺伝子に組み込まれているそうです。




宇宙から地球を見ると、

自我なんて

「DNAに定められた行動様式」の中には

「無い」と同じ。



こういうスゴイ視点が「般若心経」に



盛り込まれているから惹かれてしまうんですね。


そういうわけで「真言マントラ」書いて一日を始めています。


一休さん87歳という当時としては長生きされてる。


私の愚痴を聞いたら、こう書かれるでしょうね!

この長寿を苦しまれ楽しまれたのだと思うと頭が下がります。

「けんかをしないでくらそじゃないか、末はたがいにこの姿」


なんて説得力がある言葉でしょう!



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