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(20)見学ノート
よたよたとグラウンドまで歩く。砂の地面はざらついて滑るのが怖い。転ばないころばない、念を込めて一歩いっぽ踏みこむ。そうしているうちに体育の授業が始まる。
快活なクラスメイトが、私の見学用のパイプイスを運んで授業が見やすい位置に置いてくれている。
私の居場所だ。
春風が私のシャンプーの香りを顔に叩きつける。砂ぼこりが舞う。強い風さえ、私には春を喜んでいるように思えた。
今日の授業の種目を説明する、先生の声が聞こえていた。ぼーっと遠いクラスメイト達を眺めながら耳を澄ました。
今日の天気、種目、授業を見て思ったこと、感じたことをノートに書き、先生に提出する。先生がコメントを書いて返してくれる。私は交換ノートをやっているようでこの課題が好きだった。
ある日長距離走の授業だった。長距離走にいい思い出はない。喘息の発作がでるし、クラスメイトから大きく遅れをとるからだ。
.....
私は長い距離を走るときはいつも心の中で歌っていた。どこかで聞いた歌。
「♪負けないで もう少し 最後まで走り抜けて
どんなに離れてても心はそばにいるわ
追いかけて 遥かな夢を」
これだけを走り終わるまで延々と繰り返す。「負けないで」そう聞こえただけで諦める気持ちを振り切れた。「もう少し」もう少しだけなら、走ってもいいかな。「最後まで走り抜けて」ここまで走ったら最後まで走ろう、走れる、そう思えた。
.....
私が小さい頃からやっていた、走るときに心の中で歌うこと、を先生は評価してくれた。ノートに書いたその話を授業のときに皆にしていいか、そう聞いてきた。
皆少しでも辛いことが楽しくなるならいいな。
私の頑張りは、このためだったのかな。見学のくせに体育の授業が楽しみになった。
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