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砂の上の1DK (角川スニーカー文庫) 著 枯野瑛

【砂上の楼閣のような関係、最期の一瞬まで自分らしく在れ】


人に宿った未知存在と青年スパイ、期限付きの逃亡生活が始まった。



産業スパイの青年・江間宗史は、任務で訪れた研究施設で昔なじみの女子大生・真倉沙希未と再会する。

追懐も束の間、施設への破壊工作(サボタージユ)に巻き込まれ……

瀕死の彼女を救ったのは、秘密裏に研究されていた未知の細胞だった。

「わたし、は――なに――?」

沙希未に宿ったそれ=呼称“アルジャーノン”は、傷が癒え身体を返すまでの期限付きで、宗史と同居生活を始めるのだが――

窓外の景色にテレビの映像、机上の金魚鉢……目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。

「悪の怪物は、消えるべきだ。君の望みは、間違っていないよ」

終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る“幸せ”を望んだ、とある生命の五日間。

未知の細胞に寄生された少女と逃避行の物語。



産業スパイの青年・宗史の破壊工作に巻き込まれ、生死の境目に立った沙希未。
そんな彼らの関係のすぐ傍に居た未知の細胞·アルジャーノン。
瀕死の沙希未に寄生する事で、九死に一生を得る。しかし、命は助かった物の、彼女の体に寄生した細胞により、自意識は酷く曖昧な物になる。
だが、宗史との共同生活によって人間らしさを獲得していく。
終わりが確約された関係だとしても、その一瞬まで自分らしく在る事で。

彼女が望む、ささやかな幸せ。
それは人らしい日常を紡ぐこと。
その願いを叶えていく。
目に入るもの全てが新鮮で眩しくて。
終わりを受け入れ、それでも人らしい日常を送る幸せを望んだ、小さくても確かな想い。

名も無き生命が人らしく生きる物語で、色んな事が起きるが、外とは隔絶されているかの如く、主人公周りの情景描写がゆったりと進んでいく。
心を持ったそれが人らしく生きるために試行錯誤していく中で、己の「らしさ」を思わぬ形で見つける事となる。 

怪物はこの世界では消えるべきで、それでも怪物にも想いや願いがあり、そんなささやかな希望を無碍にする世界に哀しみを抱きながらも。

些細な日常は優しく守られ、彼女は本懐を果たす。
そのエンディングはあまりにも切なく、哀しみの波が押し寄せて、砂上の楼閣のような幻想を押し流すが。
それでも守られた物もあるし、残った物も存在する。

幸せに満ちた結末を迎えるのだ。





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