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子猫が来た日を思い出す。

2016年9月。台風第16号”マラカス”が日本に上陸した。住んでいた地域では暴風警報が発令され、当時高校生だった私は自宅待機を言い渡されていた。

午前10時ごろだっただろうか。やることもなくリビングで子ども向けの教育番組を無心で眺めていると、仕事へ行った父から母へとある連絡が入った。

「お父さん、今から猫連れてくるらしい。」

思いがけない連絡に胸は高鳴っていた。昔から猫を飼うのには憧れを持っていたのだ。その日、子猫を待ちわびながら眺めていた濁った空の色を、今でもぼんやりと覚えている。



小さなボロいダンボールを抱えた父が帰宅した。私と母、弟の3人で出迎える。恐る恐るダンボールを開くと、中からぴょこんと子猫が飛び出した。
逃げようとしている!とっさに私は体を使って子猫をせき止めた。すると子猫はスポンと懐の中に収まってしまい、暖かかったのか、暗くて安心したのか、そのままそこでジッと大人しくなった。ふるふると小刻みに震えている背中を柔らかく撫でた。

「猫、飼うん?」
「まだ分からん。」

拾って来たものの、子猫を飼うのかどうか両親は決めかねている様子だった。猫も犬も飼ったことのない家族だ。戸惑う気持ちも分かった。
ひとまず薄汚れていた子猫をお風呂に入れる。タオルとドライヤーで乾かしているとノミがポロりと落ちた。毛を掻き分けるとうじゃうじゃいるのがわかって、一匹一匹手で摘まんで取った。それから動物病院につれていき、適切な処置を取ってもらった。

家には猫のケージなどない。段ボール箱にタオルを敷いただけの簡易的なおうちを作ってあげることしかできなかった。お医者さんのアドバイスから、ペットボトルにお湯を入れたものにタオルを巻いた湯たんぽを作り、ダンボール箱の中に入れた。子猫はあたたかいそれにくっついてしばらくジッとしていた。
買ってきたパウチのご飯と水をあげた。のそのそ箱から出てきて、ご飯に食らいつく。猫砂の代わりに新聞紙をちぎったものを入れたトイレを作る。食後の子猫を抱いてそこへ連れていき、「トイレはここ!」と人間の言葉で教えると、不思議なものですぐにそれを理解し、他の場所へ粗相することはなかった。

その日、子猫は一晩中夜泣きをした。あまりにもずうっと鳴くので様子を見に行くと、椅子に座った私の膝の上に立ち、やはりミャアミャアと鳴きつづけた。家族全員、その日は寝不足だ。


翌日は日中から子猫は鳴いていた。親や兄弟に助けを求めるように鳴き続けた。食器棚の裏に入り込み、ご飯とトイレのとき以外はそこから出てこなかった。しかし、まだ生後1ヶ月ほどだったこともあり、2日もすれば家に慣れて親や兄弟のことはすっかり忘れてしまったように家に馴染んだ。

子猫は私の膝の上によく座った。夜は同じ布団で眠り、朝になると私の顔を叩いて起こした。私たち家族は、ようやく子猫を新しい家族として迎える決意をし、台風のある日にやってきてくれたその子を『フウ』と名付け、何よりも大事な家族として可愛がった。


フウがいなくなって1年と半年が経つ。いなくなった当初は、ずっと猫を飼う夢でも見ていたのだろうかと現実を疑った。家族の誰もが喪失感に苛まれた。

私たちは今、新しい家族を2匹迎えようとしている。けれどもフウの代わりではない。フウの代わりなど、どこにも存在しない。


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