暑い夏とディストピア(『ディストピアSF論――人新世のユートピアを求めて』小鳥遊書房)
販促目的のエゴサで、定期的にTwitter(現X)を検索している。「ディストピアSF」で検索すると、Twitter上でどんなことがディストピア(SF)と指摘されているのかが分かり、ちょっと興味深い。いま、圧倒的に多いのがこの暑さである。
『ディストピアSF論』では災害ディストピアとして論じたが、地球温暖化や気候変動の先に、ディストピアは誕生しうる。斉藤詠一『環境省武装機動隊EDRA』(実業之日本社)は、温暖化で海面上昇、続く世界戦争。環境保護こそが正義とされる世界が到来。日本では環境省に実力部隊が配備される。
同じく災害ディストピアとしてバチガルピ『ねじまき少女』も論じたのだが、タイを舞台とする『ねじまき少女』でも環境省が実力部隊をもち政府内での存在感をもっている。環境問題が、国家安全保障上の危機となるなら、十分に考えられる事態なのだろう。
ほかにTwitterで見かけるディストピアSFは、政府による個人情報管理(具体的にはマイナンバー)批判の文脈だ。「ディストピアSFの到来だ!(反対派)」「ディストピアSFの見すぎだ!(賛成派)」と、どちらもディストピアSF=個人のデータを政府が一元管理する社会という意味で使っている。
『ディストピアSF論』では監視ディストピアとして論じた。政府ももちろんデータを集めるが、民間企業がサービスの利便性向上をうったえ個人が自発的にデータ提供するのが現状。これからもそうなっていくだろう。政府が、民間企業並みにデータを集め、管理する技術はない気がする(民間に外注するのだろう)。
しかし、並べてみて気が付いたが、災害ディストピアと監視ディストピアは、前者の「解決策」として後者が提示されそうである。現状、民間企業による監視(データ収集)はサービス向上のためであり、サービスがよって立つインフラが環境ごと壊れそうなとき、インフラ維持のためのコントロールはあり得る発想。
Googleが人々の行動を最適化することで地球の気温を下げるアルゴリズムを開発したら(開発できないけど)、スゴイな…。そのアルゴリズムを実行する・しないという問題はあるが、災害ディストピアを回避するために監視ディストピアを受け入れる(受け入れざるを得ない)という二者択一。
暑い日は、涼しい喫茶店で、本でも読んではどうでしょう?(販促)
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