『The unity』

「これ有名プレイヤーじゃないっすか?」
「そうなの? 俺あんまり分からないわ」
「たしかそうっすよ。ほら、キルレ高いし」
「へぇ。分かんないわぁ」
「さっきからワカンナイワーばっかじゃないですか。クックック。最初は着地点をズラして、ある程度人数が減ってから動きましょうよ」
「動画とか撮ってたら俺たち映んのかなぁ?」
「この人、聞いてねぇや」
「頑張ろっと」
「援護します」
アイテムが多い地点とマップの中央部はプレイヤーの密集率が高い。二人はそこから外れた町に着地し、移動手段となる車と武器と弾薬の探索をする事にした。
「よし、誰もいませんね。自分は車を確保してくるので武器よろです」
「ほーい」
一緒に遊ぶようになって、まだ三ヶ月であるが二人の息はぴったりだった。Cobaが前衛で敵を落としつつ、××(メメと読む)が援護をしつつ、後方のスナイパーを落とすというのが主な役回りだった。それぞれプレイスタイルが違うので欠点が補われており、何より会話しながらゲームできることが楽しかった。
「ジープ確保しました。武器なんかありましたか?」
「ショットガンとぉ、UZIとぉ、UZIとぉ、UZIとぉ、ヘルメットとぉ、すないぱーらいほぉー」
「なんすか、その頭のおかしなはじめてのおつかいみたいな言い方」
「UZIがいっぱい!」
「Cobaさんが言うと汚いんだよなぁ」
「そーいうこと言うならあげないよ?」
「ごめんなさい」
「じゃあ、ショットガンと包帯以外はぜーんぶあげるよぉ」
「この人、極端なんだよなぁ」
二人はこの調子で人気のないエリアを物色しながら、目的地へと走った。戦闘さえ起きなければ長閑な風景が広がっている。流れていく木々の緑と太陽光を反射する青い海。聞こえるのはタイヤが擦れる音とエンジン音だけだ。
「あーそうか、このゲームは音楽がないんだよなぁ」
「BGMですか?」
「別のゲームなんだけどさ、カーステレオからラジオが聞こえるんだよ。しかも、エリアごとに受信できる電波が違うから場所によって違う局が聞けんの」
「へぇ。今って聴きたい曲を聴くのが当たり前だから、無意識に良い曲が流れてくるのは面白そうですね」
「面白いよ。このゲームやる前は俺ずっとそのゲームやってたからね」
「それもFPSですか?」
「うーんと、ドンパチもあるけどオープンワールドだから無理に戦わなくてよくて、嫌いな人でも遊べる感じ。」
「ああ、だからCobaさん射撃が上手いんですね」
「そーいう君は?」
「僕はずっとロックマンですね」
「ロックマンって、壁に張り付いて、着地ミスって針に刺さってシュン…!シュン…!シュン…!シュン…!ってなるやつだろ?」
「それ下手な奴のロックマンじゃないですか」
「俺は細かいのが苦手だからね。いや、面白いのは分かるんだけど、面白いところにたどり着く前にやられちゃうんだよ」
『パン!パン!パン!』
「銃声聞こえましたね」
「お前、耳いいよね。ロックマンの話してたから分からんわぁ」
「多分、気付かれてはいないと思いますけど橋渡る時は気をつけましょう」
「ほーい」
とくに交戦もないままジープは走った。途中で息絶えたプレイヤーを発見しては、装備を拝借しポケットを充実させていった。
「ここら辺は高台を陣取ってるのが絶対いるよ。迂回して背後を取ろう」
Cobaがそう言った瞬間、銃声が鳴り響いた。
「バレてますね」
「見つけた。あそこにいるっぽい。一回、木の下に行くからお前はそこで車を降りて狙ってくれ。俺はジープで突っ込んでくる」
「分かりました。ジープと共にあらんことを…」
「クックック…笑わすなよ!」
Cobaは××を木陰に降ろし、アクセルを踏み込んだ。××も降りると同時に狙いを定めてスコープを見つめた。
「おらぁぁ!」
ジープは敵の側まで行くと蜂の巣状態にされて爆発した。
「三人いる。一人は倒した」
その言葉の通り、燃え盛るジープの向こうで三人の人影が見えた。Cobaがヘルメットを着けないのは、難易度が高いほうが面白いからであったが、××と遊ぶ時には味方の誤射を避けるという意味もあった。
「了解です」
××は素早く引き金を引いた。
「当たりました」
「こっちはギリ…。弾がない!弾がない! 」
「大丈夫ですか?」
「あ、倒せた」
「乙です」
「これさっきの有名人だよ。やったー。俺、映ったかなぁ?」
「わかんないっすよ。ここからだと遠くて黒焦げのジープしか全く見えませんもん」
和気藹々としたムードを鋭い銃声が引き裂いた。
「Cobaさん、オレ死にます」
先ほど××が撃った敵は負傷しながらも射撃の方角から××の位置を特定したのだ。
「今行く」
そう言うとCobaはすぐさま残り一発のショットガンで××を撃った狙撃手を処理し、××の元へと向かった。
「××!お前は生きろ!ほら、中古の包帯だよ!」
Cobaは××の治療にあたった。
「どうせなら清潔な包帯がよかったなぁ。臭そう」
動いて止まってを繰り返す人影は思いのほか目立った。
『ドドドドドドドド!!』
二人に銃弾の雨が降った。
「あー!やられた!」
「音でバレたんでしょうね。密集地だから仕方ないですね。これは」
「でも、今回は面白かったなぁ」
「そうですね。あっ、そろそろコンビニのバイトの時間なので落ちます」
「ああそう。よく働くねぇ」
「妹の大学の授業料がバカ高いので」
「そうなんだぁ」
「子どもの数が減ってるのに授業料が高くなるって、学生のことを考えてないし、教育のあり方としておかしいですよね」
「決めた! 俺もお前みたいに真っ当に生きるわ」
「なんすかそれ? じゃ、また遊んで下さいね」
「はーい。いってらっさーい」
Cobaはシャットダウンしたパソコンの画面に映った自分の顔を見つめ、覚悟を決めて部屋を出た。

夜の風は冷えきっていたがその覚悟が冷めることはなかった。
「なんだよ小林」
「平塚さんあの、この間言った件なんですけど…」
「ああ、チーム抜けるって話だな。皆には言ったよ」
「どうなりました?」
「だいたい皆納得というか。お前が真面目なの知ってるから、反対する奴は居なかったよ」
「感謝します。皆さんにはまた改めて挨拶しようと思います」
「ああ、でも1つ条件がある」
「なんですか?」
「コンビニ行ってこい」
「最後に万引きですか…」
「いや、もっと盛大なやつ」
そう言うと、平塚はポケットから取り出した折りたたみナイフを小林に渡した。
「大丈夫だよ。あそこのコンビニは夜中はワンオペだからヨユーヨユー」
小林は平塚が言わんとすることを悟った。このままいつまでもダラダラと黒に染まる人生を考えると一向に先が見えないが、目の前にあるこの犯罪さえやり遂げれば真人間として生きていける自信があった。彼にとっては唯一の選択肢に感じられた。
「分かりましたよ…」
小林の言葉を聞くと平塚はニヤリと笑った。
「大声出してちょっと脅すだけだ。簡単だよ。じゃ、オレは先に戻ってるからな。健闘を祈る」
小林の肩をポンと叩いて平塚は闇に消えた。小林は一度大きく息を吸い込み、それを鼻から息を吐き、今にも叫び出しそうな心を黙らせるように再び息を吸いコンビニまで走った。店内にお客はいなかった。自動ドアが開ききる前に身体を店内へと滑り込ませた。
「いらっしゃ…」
カウンターにいる男性店員が挨拶を言い終わる前に詰め寄ってこう言った。
「一度しか言わねぇ。死にたくなかったら金を出せ。脅しじゃねぇ、マジだ」
鋭い眼光、ドスの効いた声、手に持つナイフを確認した店員は一瞬で身体が縮み上がった。こういう時はカウンター下にある緊急ボタンを押し、本部への連絡と店外にある赤色灯を作動させ、すぐに金を渡すのではなく、なるべくカメラに犯人の姿が映るように時間を稼いで要求に応じるのがマニュアルだった。つまり、店員がマニュアルに従うことは犯人と店員の共通理解だったのだ。
しかし、店員は胸の内からふつふつと湧き上がる正義感を抑えられずに犯人に向かって行った。小林は想定外の行動に躊躇したが『こんなやつに自分の未来が奪われてたまるか』という身勝手な怒りがこみ上げて仕方なかった。
「いいから金を出せ!」
そう言いながらナイフを持たない左手で何発か殴った。
「お前にやる金なんてない!」
殴られながらも店員は一歩も引かない。それどころか、犯人が右手に持つナイフさえ奪ってしまえば強盗は失敗に終わると考えていた。
「いいから早くしろ!」
再び小林が左手を振り上げた瞬間に店員は右手に飛びついた。思わず小林は右手に力を入れてしまった。脅しのはずのナイフが凶器に変わった瞬間だった。
「ぐあああ!」
「ちくしょう! こんなはずじゃ…」
小林はパニックに陥った。そのままレジスターを叩き、レジスターにはべっとりと血がついた。店員は刺されてなおも犯人を逃すまいと足首を掴んだ。蛭が血を吸い上げるように靴紐が赤に染まる。
「離せっ!離せっ!」
小林は足を振り上げると同時に、視覚に飛び込んでくる『血だらけの人間を自分が蹴った』という罪悪感に蝕まれていた。
『もし、今すぐに救急車を呼べばコイツは助かるかもしれないーー』
その選択肢が脳裏に浮かんだ。善の心が動いたのか、或いは急激に増加したストレスを回避するために脳が作り出したものかは定かではないが、小林がそれを選ぶことはなかった。全身を襲う震えがゼンマイ仕掛けのように足をバタバタさせた。それに従ってレジの金を盗んで店を出た。電灯のない暗闇に向かったのは無意識であり、彼はその先に未来があるはずだと信じて走ったのだ。
そこへ交差点を右折したトラックが小林にぶつかった。
ダミー用の現金が宙を舞った。
走馬灯の中で「どこかで聞いたことのある声だったな」と思った。
数秒前まで耐え難い命令に従っていた身体はもう動かない。

この一件は朝の風景の中で淡々と伝えられた。アナウンサーはいつもと同じ口調で原稿を読んだ。
「今日未明、コンビニに強盗が現れ、抵抗した店員が刺されるという事件が発生しました」
「あらやぁね。物騒だわ」
コーヒーを飲みながらマダムは呟いた。
「警察によりますと、小林容疑者が持っていたナイフで店員の八木沼さんを脅した際に揉み合いとなり、八木沼さんが刺されたそうです。小林容疑者は現金を持ち去った直後、車道に飛び出した際にトラックが追突したということです。トラックの運転手がすぐに救急車を呼びましたが小林容疑者は即死。また、八木沼さんも病院に運ばれましたが死亡が確認されました。当時、店は八木沼さんが一人で担当していたそうです。一部始終を防犯カメラが捉えており、警察はさらなる解析を進めています。次のニュースですーー」
「ガチャッ」
ドアが開く音がしてマダムは振り返る。
「それじゃ、行ってきます」
社長を務める夫が書類をカバンに詰め込みながら、スリッパをペタペタ鳴らして玄関へと向かう。
「もうそんな時間?」
「今日は会議が立て込んでて遅くなりそうだよ。まぁでもその分、週末のハワイ旅行は君とゆっくり過ごすよ」
「うふふ。言ってらっしゃい」

その日の夜に有名ゲーム実況者がとある動画をアップした。ヘルメットも被らずに敵をなぎ倒すCobaというプレイヤー、その後ろで正確な射撃をする××という二人組が話題になった。
動画の最後は「いやぁ、もっかいやりたいなぁ。えー、Cobaさん!××さん!もしこの動画を見てらっしゃったらご連絡下さい!ぜひ遊びましょう!」という投稿者の声で締められた。
しかし、彼らがこの声に答えることはなく、ゲーム内にログインすることは二度となかった。それでも、その短い映像の中で彼らは必死に生き続けていた。

あとがき
このアイデア自体は10年前ぐらいからあったんですけど、その時点ではネットでチャットしているもの同士が実際に会ってーーという流れだったんです。でも、文章を書く能力も無くてかけなかったし、ドライすぎて読んだ人が感情移入できないだろうと思ったんです。そこで、仮想現実の世界に引き込むアイデアとして、「チャット」を「サバイバルゲーム」に置き換えることで二人の関係性を書けるのではないかと考えて構成しました。
タイトルは悩みましたがゲームエンジンの「unity」から引っ張ってきました。物語の前半は文字通り団結を意味して、後半では仮想現実と現実が一致・統一されるという意味でぴったりかなぁと。メリハリをつけるために前半は会話ベースで、後半はカメラ的な視点で書いています。
「何でハッピーエンドじゃないの?」という感想を持たれる方が大半だと思いますが「私の作風です」としか答えようがありません。笑
私が面白いかどうかを決める際の価値基準としているのは『過不足なく伝えているかどうか』です。(細かい部分でいえば伏線の回収も含めて) 大雑把に言えば『幸せ→不幸→幸せ』or『不幸→幸せ不幸』という±0の流れが分かりやすくて、ハッピーエンドで終わるとしても一度は不幸にならないと納得できないんです。仮に幸せな人間がさらに幸せになったとしたら、その格差社会の闇にも焦点を当てないと私は納得しない。この話は特にそれを強く意識して書きました。

#小説 #ショートショート

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