Love GAME

休憩の合間に男は給湯室にあった新聞を手に取った。それを見るや否や、数日前の出来事を思い出さずにはいられなかった。
「あのぉ… いつも目が合いますね」
見飽きた朝の風景に溶け込んでいた群衆の中から、一人の女が男に話しかけてきた。目線をやるとそこには至って普通のどこにでもいそうな顔があった。思い出そうとしても記憶になかった男は「そうですかね…」と返すしかなかった。
「そう! それも毎日! こんな偶然ってあるんですね!」
女は鼻息を荒くして話しかけてきたが、それに反比例して男は警戒心を強めた。
「いえ、これだけ人が多いのですから、偶然ではなく、ごく普通のことですよ」
男は相手を刺激しないよう、冷静に対処した。すると女はいきなり無表情になり、違う車両へと移動して行った。
「なんだアイツ…」
男の胸の中には危機が去ったような、人生の転機を逃したような、なんとも言えない感情が残った。
普通ならばそこで終わりだが、この話には続きがある。帰りの電車でまたあの女を見かけたのだった。男は気づかれないように距離をとって、女の様子をうかがった。
「そう! 偶然ではなく運命です! ねぇ! あたしのこと好きなんですか?」
女は朝と全く同じことをやっていたのだ。しかも相手は自分よりも端正な顔立ちのサラリーマン。
「あいつ… 何考えてんだ?」
劣等感と好奇心を綯交ぜ(ないまぜ)にしながら、男は不気味な女の行動を注視した。
「あの、誤解しないで下さい。あなたの事なんて何とも思っていませんよ。というか迷惑です」
サラリーマンが冷たく遇らった(あしらった)直後、女の態度は豹変した。
「ちょっと! ふざけないでよ!」
車内に怒号が響くと同時に女はサラリーマンに掴みかかったのだ。
「やめて下さい! あなたの方こそ何なんですかっ⁈」
サラリーマンはとっさにその手を振りほどいたが、女は指差して叫びだした。
「キャーーー!キャーーー! 痴漢です! この人痴漢です!」
すると騒ぎを聞きつけた隣の車両の男たちがサラリーマンを捕まえ、鉄道警察へと突き出した。
「俺は何もやってない! 信じてくれ!」
「犯人はみんなそう言うんだよ!」
男はその忘れようのない記憶と新聞の記事を照らし合わせた。
『冤罪常習犯の女を逮捕! 示談金狙いの犯行を自供!』
「一歩間違えたら俺も…」
食い入るように新聞を見つめてる男に同僚が話しかけた。
「おい、やかんのお湯沸いてるぞ。ピーピーうるせぇって」
「ああ、悪い」
男は冷や汗をかきながらコンロの火を消した。
「どうかしたのか?」
「いや、別に。他人の気持ちを弄んで金を巻き上げようとした女が捕まったんだってさ」
「ふーん。いろんな奴がいるもんだな。まぁ、そんなことより早く最後のシナリオルートとデバッグチェック終わらせるぞ。納品が間に合わない」
「ああ、もう一息がんばるか」
後に、その生々しい罪悪感をプレイヤーに植え付け、『神ゲー』と称される最新作恋愛シミュレーションRPG『ときめきヘブン』のバットエンドに『冤罪ルート』が追加されたのはこの時だった。

✳︎「痴漢の冤罪」が社会問題として取り扱われるようになってから久しいですが、一方で承認欲求を満たしたいがために恋愛活動をする「サークルクラッシャー」も存在します。この2つの心理をくっつけられないかと書いてみたのがこの話です。早い話が「ときメモ」の制作秘話みたいな感じです。
#小説 #ショートショート

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?