静寂

ベテラン刑事「被害者は?」
新人刑事「40代の男性会社員、アパートの隣人の証言によると、いつも夜中1時ごろに帰宅していたそうです。当日も足音を聞いていたと証言しています。翌日になって出社せず、その翌日になっても出社しない被害者を心配した会社の同僚が確認しに来たところ、ドアの隙間から見えた血痕を見つけ管理人に連絡したということです。…ったく、資料ぐらい自分で読めよ」
ベテラン刑事「しかし、ドアを開けると血だまりはあるものの死体が見つからなかったというわけだな?」
新人刑事「いえ、死体はありました。ここは被害者宅と全く同じ間取りの隣の部屋です。…何言ってんだよ。馬鹿かコイツ」
ベテラン刑事「あっ、すまない。勘違いしていた。しかし、密室殺人であったことに間違いはないだろう?」
新人刑事「いえ、鑑識がドアにある新聞の投函口にワイヤーが擦れた痕跡を見つけ、何者かが外部から施錠した可能性があると断定しました。ここから計画的な犯行だと推理できます。…間抜けすぎて話にならん。これだから出世できないんだよ」
ベテラン刑事「だとしても、犯人はどうやって被害者の部屋に入ったというんだ? 証言者の聞いた足音は被害者だけなんだろ?」
新人刑事「ええ、ですから、本当に部屋の中から足音が聞こえるのかどうかを含めて確認するために、今私たちが居るこの証言者の部屋を見せてもらったところ、浴槽にノコギリとワイヤーと切断された遺体があったのです。被害者の帰宅時間を知っていたなら後ろから押しいるのは簡単だったでしょうね。つまり、被害者の家で殺し、遺体を自分の家に運んだあと、ワイヤーを使って被害者宅の鍵をかけた後に浴槽で解体したわけです。…ちっとは自分で資料を読むなり、その少ない脳みそを使うなりしろよこのポンコツが!」
ベテラン刑事「君っ!さっきから心の声が筒抜けなんだよ! 私だってね、35年間一生懸命やってきたんだ! ベテランと言われるようになってから記憶力が低下してるの気にしてるんだからねっ⁉︎」
新人刑事「落ち着いて下さい。あーめんどくせ。声がデカイやつが正義かよ。あほくさ」
ベテラン刑事「いい加減にしたまえっ!相棒みたいでカッコいいとか言われて君と組むことにしたけどね、君のキャラ設定には付き合いきれないよ! 最初、聞き間違いかと思って聞こえないフリをした私の優しさを返してくれっ!」
容疑者「あの、すいません。そろそろ逮捕してもらっていいですか?」
新人刑事「…という容疑者の一言があってイマココです」
ベテラン刑事「動機は?」
容疑者「声、くしゃみ、足音…全ての生活音がうるさくて耐えられませんでした」
ベテラン刑事「そんな理由で人を殺していいなら私だって1人ぐらい殺すだろうよ!詳しくは署で聞かせてもらうっ! 逮捕だ!」
新人刑事「あーあ。手錠をかけるだけの簡単なお仕事かぁ」
ベテラン刑事「この野郎ぉぉ!」
こうして見事、事件は解決し、二人の犯人を乗せてパトカーは走り去っていった。


✳︎「推理もの」がキーワードのショートショートで不採用。
相棒みたいな二人組にしようと決めて考え始め、頼りにならないベテラン刑事と口が悪い新人刑事という組み合わせにした。キャラクターとのギャップをつけるために事件そのものは残忍なものにし、犯行理由をオチにした。
タイトルは「そして誰もいなくなった」を隠喩するわけではないけど、オチに通じる「静寂」にした。
#小説 #ショートショート

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