クレーム処理

オレは少し前からクリーニング店で働いている。業界に詳しい人間なら分かると思うが、クリーニング店というのは本当にお客からのクレームが多い仕事で、精神的に追い詰められてパートをやめてしまう人が多いのだ。もちろん不手際で大切な洋服にダメージを与えた場合はこちら側に落ち度がある。しかし、圧倒的にお客側の勘違いのほうが多い。昨日店にやってきたのもそんな客だった。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませじゃないわよ! ちょっと! お宅に出したこのコート、見てよここ! 穴があいてるじゃない!」

そう言うと女性客はコートを指差した。

「確かに穴があいてますね」

「あなた達が開けた穴なんだから責任とってよ! このコート100万円もしたのよっ⁈ 最低でもそれくらいは払ってちょうだい!」

「ご確認しますので少々お待ち下さい」

こういうクレームがないように予め洋服の写真を撮っておくのがマニュアルとなっている。オレはすぐにコートのタグの番号とデータを照合した。

「お待たせしました。こちらをご覧下さい。ご指摘の穴というのは預りした時にはすでに存在しておりましたので、ご要望にはお答えできかねます」

それでも女性客の文句は続いた。

「勘違いだなんてバカにしないでよ! 穴が広がってるって言ってんのよ! あんたの目はおかしいんじゃないのっ⁉︎」

怒号が響くなかでオレはメジャーを取り出し採寸した。

「こちらをご覧下さい。画像の穴とクリーニング後の穴の大きさは同じです」

「コンピューターの画像なんていくらでも修正できるじゃないのよ! 持ち主のアタシが穴が広がってるって言ってんのよ! あんたアタシをバカにしてるでしょっ⁉︎ 」

「ですので、お客様のご要望にはお答えできかねます」

「ふざけないでよ! 店長を呼びなさい! 早くしなさいよ!」

悪質なクレーマーは都合が悪くなると論点をずらし、店長を呼べだとか、上の人間を呼べと怒鳴り散らす習性がある。めんどうな事に怒りを治めるには言うことに従うしかない。仕方なくオレは奥に居た店長を呼び、店長は「申し訳ありません、後ほど謝罪に伺います」と言った。

これは店長から「あとで謝罪に行ってこい」というオレに対する合図だった。

夜になりオレは問題の女性客の家のチャイムを鳴らした。

「お昼はすいませんでした。謝罪に上がりました」

ドタドタという音がしてからドアが開いた。

「あんた今、何時だと思ってんよ! 謝罪っていうから待ってやったのに全く誠意が伝わらないわ!」

「申し訳ございません。少ないですがこれはお気持ちです」

そう言うと、オレは懐からサイレンサー付きの拳銃を取り出し標準を合わせて引き金を引いたーー。

「もしもし、店長ですか? ほぼ回収は終わりましたが、カーペットに付いた血が落ちにくいので… はい、協力をお願いします。それ以外は問題ありません」

殺し屋稼業からは足を洗ったはずだったが腕はまだ錆びちゃいない。素材と薬品の勉強さえすればやっていけそうだ。どうやらオレにはクリーニング店は適職らしい。
#小説 #ショートショート

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