死亡推定時刻

その死体が見つかったのはあたりが薄暗くなった冬の夕暮れだった。この時期というのは季節性のうつ病を発症する確率が高いため、警察は自殺志願者の線で行方不明者と照合することにした。すぐに分かるだろうと思われたが、どこの誰だか一向に分からないのだ。外見は20代前半の男性に見えた。死体には外傷もなく、血液検査の結果、薬物反応もなかった。HIV等の検査も行われたが、自然死としか言いようがなかった。
不自然な点といえば財布も携帯も持っておらず、身元を証明する一切のデータが無いということだ。首筋にバーコードのような刺青があるのが特徴的だった。彫り師に見せてもこんなデザインで掘る奴はいないと誰もが口を揃えた。
どうにか身元を割り出そうと身に付けていた衣類はどれも生産を終了したものばかりで、販売ルートからの絞り込みは不可能だった。しかし、この事からある仮説が生まれた。携帯電話が出現する前の人間なのではないか?と。
ある刑事は冗談まじりに「タイムスリップしてきたんだろう」と言い、それを気に入った記者たちも「タイムトラベラーの死」として取り上げた。
死体の顔写真を公開するわけにはいかず、身に付けていた衣類のみの写真が公開された為、ネット上では透明人間とも呼ばれた。しかし、大衆というのは往々にして、熱されやすく冷めやすい。一人の人間の死は知的好奇心を満たすためだけに消費され、日々繰り返される犯罪に埋もれてしまった。

引き取り手のない遺体に興味を持った人間がいた。彼はコールドスリープの実験体を探している研究者だった。
彼の実験はコールドスリープの環境下で死亡状態の人間を仮死状態にし、蘇生させるというアイデアだった。
損傷もなくウイルスにも感染していない死体はうってつけのサンプルだった。
死んだ脳を蘇生するために培養された腸の細胞を使用し、脳外科医のスペシャリストが集められた。医師は研ぎ澄ました感覚の中で何時間にも及ぶ手術を終えた。もちろん脈拍はゼロのままであった。青年は研究室の地下で眠り続ける事となった。
この研究はごく一部の関係者を除いて秘密とされた。
「ゴホッ! ゴホッ! 何だこれは?」
青年は裸であった。近くにあった衣類を身に纏い、恐る恐る研究所から外へ出た。
「一体、ここは何処なんだ?」
青年は強い頭痛と目眩に耐えながら歩き続けた。ようやく人気のある大通りを見つけたところで、安心したのかそこで倒れてしまい、そのまま目を覚ますことはなかった。

その死体が見つかったのはあたりが薄暗くなった冬の夕暮れだった。この時期というのは季節性のうつ病を発症する確率が高いため、警察は自殺志願者の線で行方不明者と照合することにした。すぐに分かるだろうと思われたが、どこの誰だか一向に分からないのだ。外見は20代前半の男性に見えた。死体には外傷もなく、血液検査の結果、薬物反応もなかった。HIV等の検査も行われたが、自然死としか言いようがなかった…。(以下、繰り返し)

✳︎初期に思いついたループ系の話です。
人間は不自然の中でしか生きれない動物なので、究極的には寿命の概念を無くそうとする。そうなったらどうなるんだろうと考えて書いたものです。
#小説 #ショートショート

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