初恋

「やぁ、お嬢さん! いい天気ですね。こんなにいい天気だと歌でも歌いたくなりますよ!」
そう言うと男は自慢の歌声を披露し、乾いた空気にロマンティックな歌が響き渡った。
女は透き通る瞳でそれを見ていた。
また次の日も男は女のもとを訪れたし、晴れの日には太陽の歌を、飛ぶのが難しい日には風の歌を、屋根の下に水たまりができれば雨の歌を歌った。男は詩人であり音楽家だった。
「やぁ、お嬢さん! あなたに似合うと思ってコレを持ってきたんです。よろしければ受け取って下さい」
そう言うと男は女に鮮やかな花を見せた。風が二人の頬を撫でるたび、あたりは春の香りに包まれた。
女は変わらず透き通った瞳でそれを見ていたが、連日交わされる二人のデートを側で見ている人がいた。
「あら、今度は花まで持って来てるわ。ねぇあなたちょっと来て!」
パン屋のおかみさんは夫を呼んだ。
「ほんとうだ。いやぁ春だねぇ」
「そうだ!余ったパンがあったでしょ? 持ってこれるかしら?」
「別にいいけど気づくかなぁ。恋は盲目って言うだろ?」
「あなたまで何言ってんのよ。ふふっ」
おかみさんは小さなバスケットの中に、木苺とパンと手紙を添えて、このあいだ店の入り口に設置したオブェの下に置いた。
『あなたの新しい恋を心から願います。よかったら食べて下さい。店主より』
そう書かれた手紙を知ってか知らずか、オブェの前の鳥はとびきり美しい声で鳴いて空へと飛び立った。

✳︎鳥という動物は最初に見た動物を母親だと思ったり、他の種類の鳥に卵を育てさせたり(托卵)するという面白い特徴がある。人間社会と接する時に置物を仲間と誤認することもある。それを着眼点として書いてみた話です。

#ショートショート #小説

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