赤いドレスの女

「ただいまぁ。なんかやけに外が騒がしいなぁ」
A氏がいつもより早く帰ると、妻のB子は洗面所で手を洗っていた。
「あっ、お帰りなさい。今日は早いのね。待って、今からご飯作るから…」
鏡越しにA氏は会話を続けた。
「あっ、急がなくていいよ。B子も買い物の帰りだったんだろ?」
「うん…」
「冷蔵庫にしまう物あったら入れるけど?」
「もうしまったからいい。それより、先にお風呂に入っちゃえば?」
「うーん。寝る前でいいや」
A氏の回答にB子はため息をついた。
「はぁ。早くお風呂に入ってくくれば洗濯機回せるんですけどねぇ…」
ただでさえ早く帰ると不機嫌になるB子の機嫌を損ねてはまずいと思い、A氏は入る気分でもないのにシャワーを浴びることにした。
「いやー。ちょうどお風呂に入ろうかと思ってたところなんだよ。その赤いドレス綺麗だね。はっはっは」
「…」
A氏の見え透いたお世辞にB子は無反応だった。
数分後、シャワーを浴び終えて扉を開けると、洗面所ではまだB子が手を洗っており、A氏の気配を察したB子は驚いた様子だった。
「あれ、お風呂じゃなかったの?」
「疲れてる時に湯船に浸かると疲れるんだよね」
「何そのダジャレ。つまんないよ」
B子は吐き捨てるように言った。
「ほんとだ。自然とダジャレになってる… センスあるなぁ俺」
A氏はそう言うと、ポタポタと雫を垂らしながらリビングへと向かった。
「あっ、ちょっと! ちゃんと足を拭いてから出てよ」
「ビールないの?」
この時点でA氏はB子が不機嫌だったことなど忘れていた。
「冷蔵庫にあるよ」
「ビールぅ、ビールぅ。あった。ん? おかず買ってないの?」
冷蔵庫の中には缶ビールだけしか見当たらなかった。B子はA氏の問いかけに無反応だったから、A氏はそのままテレビを見ることにした。
「この時間のテレビは相撲かニュースしかないかぁ」
ニュース番組のアナウンサーは冷静を装いながら速報を伝えていた。
「ーー今日の放送は一部番組の内容を変更してお届けします。お伝えしていますように、今日午後5時10分頃、複数の男女が路上で血を流して倒れているのを付近の住人が発見しました。通り魔の犯行とみられ警察は犯人の行く手を追っていますーー」
映し出された風景に驚いたA氏は思わずビールを吹きこぼしそうになった。
「ん〝っ⁉︎ これ近所だ! ねぇ!近所で通り魔があったみたい。」
その問いかけにもB子は無反応だった。
「ねぇ!ってば! 聞こえないのかな…」
気になったA氏が様子を見に行くと、B子はまだ洗面所にいた。
「何やってんだよぉ。テレビでさ、通り魔だって」
「恐い…?」
「恐いに決まってるだろう。早く見ないと終わっちゃうよ?」
「なぞなぞです。他殺の可能性を限りなくゼロにするにはどうしたらいいでしょうか?」
勢いよく出続ける蛇口の水の音を背景にB子は意味のわからないなぞなぞを出した。
「なんだよ…それ」
A氏は思わずたじろいだ。
「8、7、6、5、」
B子はカウントダウンを始めた。
「うーんと、怪しい奴を見張るとか?」
「2、1、0。正解は…最後の一人になるまで殺しあうでした!」
その瞬間、女は振り向いてA氏に抱きついた。その顔は明らかにB子ではなかった。
「お前一体誰だっ⁉︎ なんでB子の服を着ている⁉︎」
「案外気付かれないものね。血が落ちないの。また汚れちゃった…」
「うぐっ!!!!」
A氏は顔を苦痛で歪め、腹からぼたぼたと血を流しながらうずくまり、まもなく身体を温かい激痛が包みこんだ。
「あーあ。せっかく拭いたのに…」
A氏は自分から流れる血とは別の血が床にあることに気づいた。
「なんだよ、これ…くそっ」
A氏はどうにか逃げようと床を這って玄関を目指した。その途中、少し開いている寝室のドアの隙間から変わり果てたB子の姿を目にした。
「B子…」
声にならない声を発すると同時に、A氏は気を失い動かなくなった。
それを見てニヤリと笑い、赤いドレスの女は家を出て行った。
「ーー犯人は未だに逃走を続けているということで、警察が行方を追っています」
リビングからは目前の殺人に気づかないアナウンサーの声が響いていた。

✳︎推理モノ縛りのショートショートで不採用
推理モノって「〇〇が亡くなった理由は実は〇〇でした」がテンプレで、その逆転の発送で生まれたのが最初から犯人が分かってるコロンボだとか古畑任三郎。
で、今回は後者のスタイルでタイトルをネタバレに持ってきつつ、『救いのない話』というジャンルにした。
救いのない話が好きっていうほどではないけど、なんだか惹かれてしまうんです。そういえば先月読んだフォークナーの「八月の光」という小説も全く救いがなかったなぁ。(読まないほうがいいレベルで)
話を戻すと、試験的に作ったものだし、ただただ愉快犯に夫婦が殺されるだけと話だから採用されなくて逆によかったかもしれない。それに今回は採用された作品がとても面白かったので別にいいやって感じ。また創ろうっと。
#小説 #ショートショート

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