勇者の遺言書

「早くしてちょうだいよ。こんなとこ、いつまでも居たくないわ」
「まぁまぁ、マユミ姉さん。そう言わずに」
「なぁにマユミ。あんた顔を合わせられないようなことでもしたの?」
「何よそれ?」
「お父さん殺したのあんたじゃないの?」
「ふざけないでよ!」
「カオリ姉さんもやめてよ、こんなところで」
「二人とも大人だろ? あと少しの辛抱だから我慢しろ」
「そうよ。せっかくみんな集まったのだし楽しくしましょうよ」
それまで岩のようにピクリとも動かなかった弁護士は、財産の相続権を持つ三きょうだいと、叔父と叔母の顔を見てから口を開いた。
「それでは故人の遺言書を読み上げさせて頂きます。『未来の勇者育成のため、財産は孤児院へ譲ることと致す。他の者はこれを受け入れること』遺言は以上でございます…」
その言葉に誰もが耳を疑い、大広間に一瞬の沈黙が広がった。
「ちょっと待ってよ… なによそれ!」
「そんなの納得いかないわ!」
「ですが…遺言状にはそう書かれているのです」
「だったらやり直せばいいんだよ!簡単さ!僕に任せて!」
弟のコウヘイは得意の光魔法を使って父親を現世に復活させた。
「はぁ…はぁ…ワシは死んだはずじゃが…」
「パパ様、遺言状を今すぐ書き直してちょうだいよ!」
「あたしに全てちょうだいよ!」
「ふざけないでよ!くそ女!」
「はぁ…はぁ…し、心臓が…」
まもなく父親に二度目の死が訪れた。
『公平!魔法よ!』
二人の姉は声を揃えてそう言った。
復活させた父親が蘇っている間、財産の取り分が話し合われ、倒れるたびにコウヘイが魔法で父親を蘇生した。何度も何度も繰り返しているうちにコウヘイは疲労で死んでしまったが、一同はニヤリと笑みを浮かべるだけでコウヘイを蘇らせる人間は誰もいなかった。
それでも議論は平行線をたどり、勇者一族の莫大な財産は一時的ではあるが孤児院へと送られることとなった。
ただ、その孤児院は叔父が経営しており、叔母もまた遺言の開封より先に多額の保険金を叔父にかけていた。
一部始終を見ていた弁護士はため息をつきながらこう思った。
「いくら勇者がいても人間というモンスターがいる限り、世界に平和は訪れることはないだろう…」
なお、その弁護士は現在消息を絶っているーー。

#小説 #ショートショート

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