カミングアウト

「なぁ、お袋… 俺の親父(おやじ)のことなんだけど… その、知ってることがあれば教えて欲しいんだ」
意を決したような息子の表情を見た母親は重い口を開いた。
「そんなこと聞くなんて、あんたもずいぶんと成長したんだね」
「なぁ…」
「わかったよ。そうだねぇ… あの人は… とっても勇気のある人だった。背は小さかったけど魅力的な人だったねぇ…」
母親は色あせた記憶のアルバムをめくるように訥々(とつとつ)と語った。
「へぇ、そっか。そうなんだぁ…」
「成長したお前はあの人にそっくりだよ」
「親父(おやじ)に見せたかったなぁ…結婚式」
「うん… そうだねぇ」
しばしの沈黙の後、息子は会話を続けた。
「親父は俺のことなんて言ってた?」
「うーん。覚えてないね」
「本当に?」
「だって覚えてるわけないじゃない。あんたを産むためにお母さん、あの人食べちゃったんだから」
「えっ?」
「やだねぇ。あんたも初夜の後に食われるんだよ! もし子どもに寂しい思いをさせたくなかったら、今のうちに遺言を書いておきな」
その日、カマキリの家族のありふれた愛の形を息子は知ったのだった。

#小説 #ショートショート

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