言葉にできない

嵐山モンキーパークから警察に通報があった。すぐさま警察が駆けつけると、檻の外で息絶えた園長を檻の中から猿が見つめていた。
猿を担当していた女性飼育員の話によると園長は隔離されているボス猿に餌を与えている最中だったという。脱走防止のために檻は施錠されており、うつ伏せで倒れている園長の横にはバナナの入ったバケツが置いてあった。警察の到着から数分して救急車が来たが、残念ながら病院で死亡が確認された。警部はこの状況に頭を抱えた。
「以前、サファリパークでゾウが職員を踏み潰すケースがあったが、猿の檻の前で殺されるなんてなぁ… 密室状況。凶器らしい凶器も見つかっていない。鑑識はなんといってる?」
問いかけに部下が答えた。
「体内から毒物は検出されておらず、後頭部を鈍器のようなもので殴られたのが致命傷になったようです」
「遅行性の毒かと思ったんだがなぁ。いるのは檻の中の猿だけか…」
警部は檻の中を見回し飼育員に尋ねた。
「すいませんがあそこにある監視カメラをチェックしてもいいですか?」
「ええ、もちろんです」
飼育員はモニター室で監視カメラの動画を警部に見せた。
「あっ、止めてください。ここです。見えにくいなぁ」警部はモニターの端で見切れてる園長を指差した。
「仕方ありませんよ。被害者はずっと檻の外にいたのですから」
部下の言うとおり、園長は檻の中には入っていなかった。
「何か変わったことはありませんでしたか? 些細なことでも結構です」と警部が飼育員に尋ねた。
「そうですねぇ。毎朝この時間に餌をあげるんですけど、最近園長は遅刻が多く、今朝も遅刻してました…」
「遅刻ですか…ふむ」
警部は真っ白い手帳にペンを走らせ、その傍にあるモニターの中では、腹を空かせた猿がせわしなく檻の中をウロウロしていた。
「警部、見てください。被害者が檻に近づいて餌を与えているようです」
園長がバナナを差し出して後ろを向いた瞬間、まるで円盤投げをするかのように猿は勢いよくバナナを園長めがけて放り投げた。バナナは縦回転しながら檻の隙間から飛び出すと、園長の後頭部に直撃したのだった。
「おいおい、こんなことあるもんか…バナナだぞっ⁈」
警部は自分の目を疑った。
「もしかして、解凍してなかったのかも…」と飼育員が言った。
「警部見てください!」
モニターの中の猿は檻の間から手を伸ばし、落ちているバナナを掴むと食事を始めたのだった。
「どおりで凶器が見つからないはずだ… 食べてしまっただなんて…」
目を疑うような光景を少しでも理解するために警部は猿の名前を尋ねた。
「すいませんが、この猿の名前を教えて頂けますか?」
「ドンキーです」と飼育員は答えた。
「ドンキーが鈍器のようなもので…」と部下が呟く。
「さしずめお前はD.Dコングだな」と警部が返した。
「どういうことですか?」
「ダジャレ言ったらダメだよってね!」
「上手いこと言いますね!」
そう言うと部下は警部の脇の下をつついた。
「おいっ、ディクシー!ディクシー!って突っつくなよ」
「はっはっは、ドンキーコングを知らない人には分からないでしょうね」と部下は笑いながら相槌を打った。
「人が死んだってのにふざけるなんて、お前とはもう縁を切る! エーンガード♪エンガード♪ちょーちょ切ったー♪ちょちょ切ったー♪ 」
飼育員は爆笑している二人をまるでゴミでも見るかのような目で見たあと、モニターの中でまだ微かに生きている園長に目をやった。園長は頭から血を流しながら懸命に指で何か書いていた。
『犯人は他にいる』
飼育員は急いでモニターを消した。
警察が猿知恵でなかったら、消したはずの血文字を見られたに違いない。まさか園長を殺害するために、彼女がドンキーを調教していたなんて誰が気づくだろう。ましてや、夜遅くまで熱心に調教している彼女の姿を見守っていたから園長が遅刻していたことなどーー。
全てを知っているドンキーは言葉を話せなかった。

✳︎「推理モノ」のショートショートで不採用。
京都を舞台にした殺人事件にしようと思って、犯人が鴨川のヌートリアだったら面白いんじゃないかと考えた。だけどいくら考えてもトリックが思いつかなかったので、嵐山モンキーパークに変更。
「推理モノ」で推理するのは当たり前だから、それを嫌って早めにネタバレして急角度でボケに走った。(ちなみに任天堂は京都の企業なんだからね!)
これは、最後が自分の成長を見守ってくれた園長を自分の手で殺害した猿の孤独で終わるので、後味の悪さを緩和するためのボケ。
次は四コママンガみたいな作りで、もう少し短い話にしようと思う。
#ショートショート #小説

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?