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よく勘違いされます。

調子のいいとき、悪い時

障がい者も人間なので、
調子のいいとき悪い時があります。

調子のいいときは

カフェにも行きます。
マクドナルドも食べます。
王将の餃子も食べたくなります。
外出もして楽しく過ごします。

だから調子のいいときだけを見て、
「あいつは元気そうだからもう大丈夫でしょ」と
言わないでほしいのです。

インスタなんかはよく勘違いされる元になっています。
勘違いされるようなことをするほうがおかしい。
そう言われるかもしれませんが、ちょっと違いますよね。
実際その瞬間は楽しいし、みんなに見てもらいたい気持ちはあるので、
インスタを始め、いろんなSNSにはアップします。

そういう行動がある事自体をおかしいと言われる瞬間がありました。
障がい者(うつ病患者)は常に下を向いているそういうイメージが
まだ払拭されないのはなぜだろうかそう思うのでした。

調子の悪い時

あくまでボクの場合を書きたいと思います。
いまのボクの体調は
・色んなものに対する恐怖感が消えない。
・なにかが起こるかもという恐怖。
・常にソワソワしていて頓服薬を手放せない。
・あまりに怖すぎるときは寝て逃げる(寝逃げ)
というような症状を起こしています。
症状的なものはずっとあり、
それを紛らわすために外出したり、
カフェに行ったりしますが、
それでもダメなときはもちろんあります。
その時、症状があまりにひどいときは寝ます。
寝て1日過ごす日もあります。
幸い死にたいと思うようなことにはなっていませんが、
生きるってしんどいなと思うことはあります。

もちろん、誰でも不安なこともありますし、
先行き不透明なところに置かれると、
不安な状況にはなると思います。
これも障がい者にも言えることですし、
健常者にもあることだとそう思うのです。

障がい者と健常者のそういうところでの違いというものは
ほんとに難しいものだと思います。
実際当事者になったとして、
うまく言葉で言い表しにくいものがあります。
「生活に支障が出るほど」その思いに支配され、
それが延々と続くのかどうか。。。
そういう言い方になるのでしょうか。
でも、健常者の方であっても、
このコロナ禍でそういう状況に置かれてしまっている方は多いと思いますし、なかなか比較して表現できませんし、
比較するものでもないのかもしれません。

障がい者になるということ

ボクはそういう良いときも悪いときも含めて、
「障がい者」として配慮してもらわないと生きることができない。
そのように判断したので、障がい者としての申請を出しました。

でも、ぬくぬくとしていきていくためではない。
与えられた環境の中で最大限努力しても、
健常者の世界にいくことができない。
そういう状態のになったひとのことを
障がい者と言うのだろうなと思いました。

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