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『トラペジウム』(小説)感想

この小説を知ったきっかけはこれ↓


(神アニメ、『輪廻のラグランジェ』のイベントに行くための鴨川行きの電車の中でこのツイートを見た)

この小説を全部読んで思ったけどこの人、「万バズ狙いで適当なこと書いてる」って各所で叩かれてるけど自分はただ単に「合わなかった」んじゃないかなぁと思う。あるよねそういうこと。(別に擁護してるわけではないが)

〇この小説のリアリティラインについて

この小説、読む前は「現実的な作風なんだろうな」と思っていたのだが開始4ページで度肝を抜かれた。
主人公,東ゆうの問題行動(お嬢様学校に侵入したところ、制服をバカにされてイラっときたので学校名が書かれてる金属板をキックした)を見た一般生徒のセリフがあまりにも現実離れしていたのだ。

「いい? あなたみたいな素敵なお召し物をまとった女性と、我が校の生徒では釣り合いが取れないの。わかる? そのフンドシみたいなスリットが入ったスカートに、首に巻き付けているニラのようなおリボン。随分とハイセンスなこと。わたくしにはついていけないわ。」




いやいやいやいや。
こんなこと言うやつ現実にいないだろ…。あとなんだこの喋り方。

この後主人公はテニス部に行くのだが偵察だと勘違いされテニスの試合をすることになる。(素人なので当然負ける)

そして試合をした女の子はお蝶婦人みたいなお嬢様言葉で喋る女の子であった…(しかもその子はお蝶婦人に憧れてテニスを始めたのだがテニスは弱い)

なんだこのリアリティライン…

実はこのトラペジウム、リアリティラインがおかしいのはここだけで、以降はかなりリアル系な作風である。

読み終えた後に↑のツイートがRTされて知ったのだがどうやら「ここだけリアリティラインがおかしい」というのはこの小説を読み終えた人には語り草らしい。

(ちなみに、現在公開しているアニメ版トラペジウムではカットのつなぎでここのシーンの不自然さが可能な限り消えていて「よくできてるなぁ」と映画館で感心した)


〇この作品のあらすじについて

高校1年生の主人公、東ゆうは絶対にアイドルになりたかった。
幼少期に東が見たアイドルは『光り輝いていた』のだ。
自分もそんな光り輝いたアイドルになりたい。

なので東西南北から美少女を集めて仲間にすることにした。 ←????????



この主人公の目的は「アイドルになるために東西南北から美少女を集めること(自分の住んでいる地域レベルでの東西南北である)。自分が「東」の担当なので西南北からそれぞれ一人ずつ、計3人の女の子を集めなければならない。
そのため、前半は主人公の東が様々な行動をしてアイドルになる仲間を集め、仲を深めて、最終的な目的であるアイドルデビューをするためにイカれたダイナミックな行動をしていくというのがあらすじである。

〇主人公、東ゆうについて

最初に載せたツイートにあったとおり主人公の「アイドルになりたい」という熱意がヤバく正直『サイコパス』の領域に入っている。
この小説は「頭がおかしい主人公」が地の文で何を考えているかじっくり描写されるのも楽しいポイントの一つである。


まず3人の女の子を仲間にするためだけに本当にいろいろなことをする。
前述した「他校に踏み入る」などまだかわいいもので、ロボット部に所属するロボット大好き美少女に近づくために6万円もするタミヤのロボットを購入するし(当然,本人はロボットに興味なんて微塵もない)、ボランティア団体で活動をしている女の子を仲間にするためにボランティアもする(これも当然、本人はボランティアなんて1ミリも興味はない)。

「自分たちがアイドルになるためにはまずTVに出ることが必要だ」という考えのもと、外国人観光客が数多く来る地元の観光スポットで英語で案内をする観光ガイドのボランティアを始める。(「東西南北から集まっているかわいい女の子がボランティアしているところがTVに映ったら話題になるんじゃないか!?」というのが狙い)
この主人公のアクティブっぷりが本当に面白い。

それと同時にかなり不純な動機で動いているので「これ後に大変なことになるんじゃ…?」という不安な気持ちに終始させてくれる。そのハラハラ感も見どころだ。

この主人公、東ゆうのやっている行動は「人を人とも思っていない最低の行動」だが、その中でも東ゆう本来の優しさが垣間見えるシーンがたびたびある。

例えば東は小学校4年生から中学校2年生までカナダで暮らしていたのだが(そのため東は英語が喋れる)、『「レモネード」のイントネーションが日本語とネイティブで違っていたのでジュースの注文ができなかった』ことがトラウマになっている。(「バナナ」はネイティブだと「ブナーナ」、「ウォーター」は「ワラー」、「チョコレート」は「チョックリット」と言うと小説内では例を挙げて解説されている)
そのため東はボランティアで中学1年の男の子に英語の勉強を教えてあげる時には「自分と同じ思いをしてほしくない」という考えで「いつかそのこと(発音はネイティブと日本では違うということ)を教えてあげねば」とか考えている。(ちなみにこの男の子、軽度の知的障害があり、それを知った時東は「・・・もう少し優しく教えてあげればよかった」とも思っている)

他にも、物語後半とんとん拍子でアイドルデビューをすることになった主人公たちだが、メンバーがアイドル活動に際にかかるストレスで発狂(ここの描写がすごい)したりしてしまい結局全員アイドルを辞めることになってしまった。
数日引きこもった末、うつ病みたいになりながら学校に行き、体育館で進路説明の授業を受けるが、うつ病みたいになっている東はその説明を聞かず、同じく説明を聞いていない隣の見ず知らずの男子と会話をする。
この会話がすごく良いのだが、この時東は

「自分の一番憧れている職業から、自分が求められていないとわかってしまった時、待っていたのは果てのない悲しさと恥ずかしさだった。隣の彼にはそれを味わってほしくない。」と思っていたりする。

というように、人を人とも思っていないような最低なことをしている東だが、本来の性格は優しいやつなのだ。
「アイドルになるためにはどんなことでもする」という根本の部分が他人から見るとイカれているだけで、そういった行動をしている時にでも本来の優しさが垣間見えているシーンがいくつかある。

こういったところが印象に残ったし、私が東ゆうのことを好きな理由の一つである。

〇東ゆうのやっている行動の「軋み」について

この小説、中盤まではアイドルになるために東がやっている活動について描写が割かれており、基本的にそれは万事うまくいくのだが、その節々にうまくいかなかった「軋み」のようなものがある。

例えば、序盤に東はボランティア活動で、車イスに乗っている子供をアシストして山に登る登山イベントのスタッフのボランティアをするのだが、ここで東はこのイベントを「4人が仲良くなるためのイベント」としてしか見ていなかったため、「友達を連れてきてもいいですか」と責任者に聞き、実際に友達(3人の女の子)を連れてきた。
それに対して当日東は責任者から呼び出され、注意を受ける。

「友達を連れて来るとは聞いてたけど複数とは聞いていない。人数分しか用意していないものもあるのでちゃんと言ってくれないと」と。
また「車イス1台に対してアシストするのが4人の女の子だと車イスに乗っている子が不安がる。その子の気持ちは考えなかったのか?」と。

これはボランティアを「4人の女の子が仲良くなるためのイベント」と軽く見ていた東の失策だ。

他にも仲間の一人であるくるみの学園祭に行った時に「4人が仲良くなるため」に体育館で行っている素人のバンドを見に行く流れになるのだが、前述した登山のボランティアで仲良くなった小さな女の子が急に来たため、他の3人はそちらに行ってしまい、意固地になった東は結局一人で見たくもないバンドを見るハメになってしまう。(東はもともとバンドを見ることを「4人で仲良くなるためのイベント」としか考えていなかったため、別にバンドなんて見たくなかった)

という風に打算的なことを考えている終盤までの東はそれゆえにところどころ失敗をしてしまっている。
「アイドルになりたい」という東の行き過ぎた行動は後に、メンバーをうつ病一歩手前にするという悲劇を生むことになるのだが、それは序盤の時点で「軋み」として描写されていると感じた。

この「軋み」が「リアルだな」と思ったし、東のやっている行動に対する一種のアンサー(打算的なことをしていると足元をすくわれるよ)なのではないかと感じて個人的にこういった描写がとても気に入った。

〇ところどころの細かい描写について

・メンバーの一人である華鳥は人と話す時に自分の話ばかりする傾向があるらしい。
「いるよねそういう人!」となると同時に(俺もそういうタイプだと思う。ほらまた自分の話してる)そういうところに気が付く作者、そういった描写を表現しようとした作者の感性が素晴らしいと思った。

・アニメではカットされたがTVのADをやっている古賀さんは最初は関西弁で喋っていたのだが華鳥に「イントネーションが変。あなた関西の人?」と聞かれて以降関西弁になる。
なんかうまく言えないけど「別にこのやりとりなくても問題なくね?(事実アニメではカットされた)」というシーンだが読者への古賀さんへの印象が柔らかくなると同時に華鳥の上からの物言い(お嬢様っぽさ)が表現されていて「描写がうまいなぁ」と唸った。

・「アイドルになる」という夢を実現するため、さらなる一歩として「自分を事務所に入れてくれないか」と古賀さんに相談した東。セッティングしてもらい事務所の人間と話す時に『4人全員のプロフィールを(勝手に)作って猛アピール』「男の子には興味がないので今まで誰とも付き合ったことはありません」「SNSは将来残り続けるのが怖くて一切登録したことがありません」等とアイドルになった際の炎上対策バッチリの自己PRをしたりと「東のヤバさ」が描写されるのだが、ここで話をした事務所の人、東の熱意をちゃんとわかったうえで「残念だけどそんなに美しい世界じゃないんだよ」とやんわりと伝える。
この人、やろうと思えば「何も知らない世間知らずだけど情熱だけはある子供である東」を自分の都合の良いように使うことができたはずだ。しかし、数少ないセリフだけでそういう人ではない、優しい人であるというのが伝わってくる。
こういう描写がうまいなぁと思う。

他にも細かいところでいろいろと好きな描写はあるのだが一つ一つ挙げだすとキリがないのでこんな感じで。
とにかくこの小説、ストーリーの面白さだけでなく、細かい描写やその表現がとてもうまい。

〇この小説のページ配分について

この小説、約260ページもあるのに、実際にアイドル活動が始まるのがなんとラスト50ページからである。
読んでいて「全然アイドル活動始まらないんだけどどうなるんだこれ…」という気持ちにさせられた。
しかもTVに出てアイドル活動をして、それが上手くいったという描写はたったの5行で説明される。
めちゃくちゃ潔い。

さらにすごいのが
①アイドル活動が始まる
②最初はうまく行っていたが、『アイドル活動』という仕事のストレスでメンバーが発狂、東以外全員うつ病みたいになってしまう
③考え方の違いからメンバーと仲たがいをする東
④夢破れ、茫然自失になる東
⑤メンバーの一人、美嘉との会話により自分を取り戻す東
⑥仲間たちと仲直り。「夢はあきらめきれない」と再びアイドルを目指すと仲間たちに打ち明ける東
⑦エピローグ

と怒涛の展開なのだが、①~⑥までがたったの27ページなのである。(ちなみに①にいたるまでは221ページを費やしている)

この構成には痺れた。

しかもたったの27ページしかないのに、描写不足とかそんなものが全くない。
かんっぺきな27ページなのである。

本当にすごい小説である。
マジで度肝を抜かれた。

〇主人公の『根本』について

終盤、仲間たちとの友情は決裂し、アイドルになるという夢も絶たれ、茫然自失になった東は小学校時代の自分を知っている仲間である美嘉のもとを訪れる。
「昔の私を教えてくれないかな?」と。

美嘉から幼少期の東について語られる。
小学生の時の東はいじめられていた美嘉に普通に話しかけていた。「そんなことしたら他の人にいじめられるかもしれないよ」といった美嘉に対しても「用があるから話しているのに、止められる意味がわからない。私は、尊敬していない人からの指示は受けない」と返した。
また、体育館でドラッグ防止の講演会を生徒全員で聞いた時、ドラッグの乱用で息子を失った講師の言葉に感動し、教師を含め全員が体育館で号泣するという事件があった。(まるで泣かなければ人間ではないかのような異様な空間だったとのこと) その際にも東は全く泣かず、それを心配した教師が東の親に連絡をしたということがあった。

ここにきて、ラスト15ページで『東とは昔からこういう人間であった』ということが語られる。

少し話から外れるが『少女 歌劇 レヴュースタァライト』というアニメは1クール(全12話)のTVシリーズをやった後、完全新作の劇場版で完結するのだが、完結編になって初めて視聴者に「主人公はどういう人物なのか。どういった過去があり、今そこにいるのか」ということが語られる。
また『仮面ライダーエグゼイド』も4クール(45話)のTVシリーズをやった後、数々のスピンオフを経て完結編である小説版でやっと「主人公の過去やその体験を経て主人公はどのような人間になったのか」が語られる。

私はこういった「実は今までほとんど描写のなかった主人公の過去(ルーツ)やそれを経て今の主人公はこういう性格、考え方になったのだ」というのが完結編でやっと語られる作品に毎回衝撃を受けるし、その構成にハッとさせられる。

この小説『トラペジウム』もそうだった。

美嘉から見たら東は昔から自分の信じた道をただひたすらに進んでいたし、美嘉の憧れの人物だった。
アニメではカットされたが、実は美嘉が本屋で東と再会したのは偶然ではなく、「憧れのくるみを待ち伏せしたら隣に東がいてびっくりして追いかけて偶然を装って声をかけた」のだという。
美嘉は言う、「私は東ちゃんのファン1号だったんだよ。」と

〇東のしてきたことについて

何度も書いているが「アイドルになりたい」という目的のために近づき、その人たちの気持ちも考えずいろいろな行動をしてきた東の行動は最低だ。(今更ながら説明するが、東は「他の女の子もアイドルになりたいに決まっている」と思っている。完全に善意の行動なのだ)本当にサイコパスのそれである。
しかし、東のしてきた行動によって笑顔になった人もいた。
ずっと友達が欲しかった華鳥やくるみ、憧れの人と再会をして仲良くなれた美嘉。
東の行動がきっかけで自分の夢ややりたいことを見つけた人もいた。(華鳥もその一人である)
東のやったことは最低な行動だったが、それでも一度崩壊した友情を取り戻せたのは、東が本来持っている優しさや、終盤美嘉から語られた持ち前の強さがあったからだろうと思う。
読み終えてすごい良い小説だったなと思った。

〇ラストシーンについて

この小説、ラストシーンもすごくいい。
2人目の少女であるくるみを仲間にするために東はシンジというくるみと同じ学校に通う男子と知り合い、相談に乗ってもらったり、協力してもらったりしていた。(最初から「アイドルになるために西南北の美少女を集めて仲良くなるんだ」という計画を打ち明けていたのはシンジだけである)
シンジは写真を撮るのが好きで、東の活動の際にちょくちょく写真を撮っていたのだが、エピローグでアイドルとして大成した東,アイドル以外の道を進んだ仲間たち3人をシンジは自分の写真展に誘う。

ラストシーン、最後に飾られていた大きな写真にくるみの高校の文化祭に行った時に撮った笑顔の自分たちの写真が飾られていた。

最後の最後のセリフが良い。

シンジ「本当はもっと早く伝えなくちゃいけなかったのかもしれない。」
東「え?」
シンジ「(あなたは)初めて見た時から、光っていました。」







めっちゃ良い!
人間失格のラストのセリフみたいな最後に明かされる一言!!
こういうの好き!!!!

あぁ、人間失格リスペクトの『ファンタジスタドール イヴ』は名作です。ぜひ読んでみてください。

トラペジウム、後から読み返して気づいたのだがくるみと友達になるきっかけを作ってくれたシンジに対して47ページで東は「なぜここまで親切にしてくれたのですか?」とメールで返そうとしたのだが、この時は「重たい質問かなぁ」と思いやめていた。
その答えが最後の最後で明かされるのである。
シンジから見た東は、東が憧れていたアイドルと同じように最初から光っていたのである。

〇終わりに


やっぱ読み終えて1週間経ってから感想書くといろいろと忘れてるしモチベーションも下がってるっすね。反省っす。

というわけで『トラペジウム』めちゃくちゃ良かったです。
ちょくちょくここにも書いてたけど読み終わった直後に見たアニメ版についてまたおいおい追記するかも。(別記事にするほどのことでもないような気もするし)
でも細かいとこ忘れてるしなぁ。

ちなみに自分はアニメ版は自分の好きなシーンがことごとくカットされていてちょっと残念に感じました。(あの素晴らしいラストシーン最後のセリフがカットされるとかさぁ…)


ではそんなとこで。ではでは。

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