どうしてジャヌビア/グラクティブの後発品はこの時期に承認されたのか?

なんとびっくり!
ジャヌビアの後発医薬品が承認されました。連休明けの話のネタに、本件についてまとめてみることにしました。

実はあまり知られていない、後発医薬品の承認・発売開始時期について説明してみようと思います。


まずは、事実の確認。
2023年8月15日、ジャヌビアの後発医薬品が承認されました。

https://nk.jiho.jp/sites/default/files/nk/document/2023/08/2023年8月15日付医薬品承認情報(承認簿).pdf

1社単独の承認だったためAGとの噂もありましたが、下記の記事で否定されました。

「AGではなく、一般のジェネリック」
との説明が、親会社のサワイグループホールディングスからあったとのこと。

https://www.mixonline.jp/tabid55.html?artid=75200


なんでこれがびっくりなんでしょう?

ジャヌビア/グラクティブは、日本初のDPP4阻害薬として2009年に承認・発売され、10年以上に渡り2型糖尿病治療に貢献してきました。後発品の参入は新薬発売の1年から15年後くらいというイメージを持たれている方が多く、2025年あたりとの分析もありました。
ちょっとだけ早いだけでそれほどびっくりでもないという感想でしょうか。

後発医薬品の承認・発売開始時期は、特許が切れたタイミングでしょ?
パテント切れのことでしょ?
これは半分くらい正解です!

以降では、後発医薬品の承認・発売の仕組みと、今回のびっくりポイントを説明していこうと思います。

後発医薬品として発売するには、製造販売承認申請、承認、薬価収載が必要です。

申請は、先発品の再審査期間終了後に行うことができます。
再審査期間は先発品の実臨床下での有効性と安全性を確認するための期間です。この期間中は後発医薬品として申請することはできません。
再審査期間はインタビューフォームの後ろの方に記載されていますので、誰でも確認することができます。少なくとも、この期間は後発医薬品は出てこないと言い切ることができます。

承認については、申請から1年の審査期間が必要になります。また、物質特許、用途特許の期間中は承認されないこととなっています。
医薬品を守る特許には、物質特許、用途特許の他にも、製剤特許、製造特許、結晶特許などもありますが、承認時には考慮されないと考えられています。また、用途特許については、その期間中でも承認されてしまったケースがあるので、注意が必要になります。物質特許期間中に承認された事例はこれまでありませんでした(私の知る限り)。今回は物質特許の期間中にも関わらず後発品が承認されてしまったため、びっくりとなっています。後で、もう少し補足します。

薬価収載は、承認後に行われます。
低分子医薬品の後発品は、承認が年2回(2月と8月)、薬価収載が年2回(6月と12月)と決まっています。2月に承認されたものは6月薬価収載が最速のスケジュールとなります。

今回の事例を見てゆきます。

ジャヌビア/グラクティブの再審査期間は、2017.10.15に終了しています。後発医薬品の申請は2017年10月15日以降可能となっているので、物質特許と用途特許が終了した後の2月または8月に承認されるのが最速となります。


では、特許はどうなっているのか?

登録された特許は全て公開されるのですが、製品をカバーしているのかどうか、どういった種類の特許なのかは、公開された特許を検討する必要があります。
また、特許は出願から20年で終了となりますが、医薬品の特許は5年を限度として延長することが可能です。

シタグリプチンをカバーする特許として、公報から確認できたのは特許第4463768号 (結晶に関する特許)と特許第3762407号 (物質に関する特許)の2つでした。結晶に関する特許は後発品承認時には考慮されないと考えられますので、物質に関する特許について検討を進めます。

特許第3762407号 (物質に関する特許)
出願日:2002.7.5
登録日:2006.1.20
特許延長:承認毎に、2y7m16d から 3y8m25d  

延長の権利範囲が今回のポイントになるので、踏み込みます。
特許法では以下のように規定されています。

(第六十七条第四項の規定により存続期間が延長された場合の特許権の効力)
第六十八条の二 第六十七条第四項の規定により同条第一項に規定する存続期間が延長された場合(第六十七条の五第四項において準用する第六十七条の二第五項本文の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は、その延長登録の理由となつた第六十七条第四項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には、及ばない。

特許法第68条の2


この点について、今回の事例に沿って検討します。
特許延長の対象となった物(政令処分(承認)の対象物)は以下です。

先発品
ジャヌビア錠12.5mg
有効成分:シタグリプチンリン酸塩水和物12.5mg

ジャヌビア錠25mg
有効成分:シタグリプチンリン酸塩水和物25mg

ジャヌビア錠50mg
有効成分:シタグリプチンリン酸塩水和物50mg

ジャヌビア錠100mg
有効成分:シタグリプチンリン酸塩水和物100mg


これに対して、今回承認となった後発品は以下です。

後発品
シタグリプチン錠12.5mg「サワイ」
有効成分:シタグリプチンリン酸塩15.51mg

シタグリプチン錠25mg「サワイ」
有効成分:シタグリプチンリン酸塩31.02mg

シタグリプチン錠50mg「サワイ」
有効成分:シタグリプチンリン酸塩62.03mg

シタグリプチン錠100mg「サワイ」
有効成分:シタグリプチンリン酸塩124.06mg

ここまでの情報を特許法に文言通りに当てはめると、延長された特許権の効力と後発品は以下の点で異なります。
・有効成分について「リン酸塩水和物」か「リン酸塩」(無水物)という点
・有効成分の分量
さらに、先発品はジャヌビアというブランドのほか、グラクティブというブランドもありますので、後発品がグラクティブの後発品でありジャヌビアとは同一ではないという主張もありうるかもしれません。
他にも、有効成分以外の成分に違いがあるという主張も可能かもしれません。

一方で、政令処分の形式的な対象事項に延長登録特許権の効力範囲を限定してしまうと、些細な点を変更した後発医薬品が横行することになります。そのため、オキサリプラチン事件判決において、知財高裁は、延長登録特許権の効力を政令処分の形式的な対象となった「物」(医薬品)のみならず、これと「実質同一」物にまで及ぶとしています。

具体的には、以下の4類型については「実質同一」の範囲に入ると例示しています。

①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において、有効成分ではない「成分」に関して、対象製品が、政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合

②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において、対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき、一部において異なる成分を付加、転換等しているような場合で、特許発明の内容に照らして、両者の間で、その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき

③政令処分で特定された「分量」ないし「用法、用量」に関し、数量的に意味のない程度の差異しかない場合

④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども、「用法、用量」も併せてみれば、同一であると認められる場合

知財高裁平成29年1月20日大合議判決・判時 2361号73頁・「オキサリプラチン」事件

この判例を踏まえると、後発品は先発品と実質同一とみなされるべきとも思われます。
後発品は、先発品と同じ有効成分で同等の効果が期待されるから、先発品の試験にのっかって、試験を省略して申請できるので、先発品と有効成分が異なるという主張を認めるべきではないと考えられます。有効成分が異なると主張するのであれば、全ての臨床試験を実施して新薬として承認を得るべきです。

ただ、医薬品の承認時に必要とされる同等性と特許権侵害の判断時に実質同一とされる範囲は必ずしも一致しないとも思われます。

厚労省は先発品と後発品の有効成分は同等という立場であるはずなのに、先発品と後発品は実質同一ではない又は争いの余地があると判断したと考えられる承認が出てしまったため、今回のような「びっくり」につながっているのだろうと考えています。

いずれにしても、今回承認された後発医薬品は、延長された特許権の効力範囲に入るとも思われ、特許権侵害訴訟に発展する可能性が考えられます。
今後、特許権者との交渉によりライセンスが付与される可能性もありますが、ライセンスなく発売となれば差し止めや損賠賠償となる可能性もあるため今後の動向が注目されます。

今回のような実質同一の範囲と思われる後発品が承認されるなら、先発メーカーは計画を見直す必要が発生すると考えられます。後発品参入が予想外に早まれば、人員計画などの見直しに至ることも考えられますので、本件は医薬品業界に大きな影響を与える可能性があります。


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