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暮らし方をアップデートした2018年

私は今

東京・宮崎・千葉・茨城を生活と活動の拠点にし、常に移動しながら生きている。「リモートが当たり前になっている時代になんて非効率な」って思われるかもしれない。確かに。私自身そう感じることも多い(笑)。

でも。長距離移動も容易になり、様々なシェアサービスが増え、あらゆる境目が曖昧になっている今こそ、どんどん動いていた方が楽しいと思っている。今まで当たり前だった自分の「暮らし方」を一度リセットして、新しい生き方を模索する今を、ここではその経緯を含めてリアルに綴っていこうと思う。いったい誰のためになるんだかって感じだけど(笑)。まぁ、それはそれで。

勤務先が東京・丸の内だった会社員時代。約5年勤めたうちの半分以上は、通勤ラッシュのストレスから逃れるため大手町での一人暮らしだった。(最寄り出口から徒歩3分くらい)丸の内まで歩いても20分程度だし、三菱地所が無料シャトルを走らせているので無料バス通勤はできるし、遅刻しそうな時は千代田線で一駅乗ればいい。おかげで通勤は快適だったが、平日も休日もオフィスビル群の中で生活するのは、今考えればちょっと異常かもしれない。生活スタイルに人間味を失ったせいか、親しい友人には「だから人の心がわからなくなったのね〜と、からかわれる。」

そんな私の転機は2017年の年末に訪れた。
ある人の誘いをきっかけに、宮崎への移住を決めた。会社員時代に知り合った地域プロデューサーに退職を伝えたら、「じゃあ、宮崎で一緒に仕事しない?」とナンパレベルで誘われた。誘った方も誘ったほうだけど、それに乗った私も私だ。大きな決断理由などなく、なんとなく、そこに新鮮さと純粋な興味がわいたから。出身地でもなければ、ほとんど行ったこともなかった。それでも不思議と不安はなく、そう決めた数週間後の宮崎訪問でアパートの賃貸契約をした。

一時は完全移住も考えたが、尊敬するあるジャーナリストに「絶対に二拠点にした方がいい。」と自身の経験とメリットを添えてアドバイスしてくれた。こうして私の二拠点生活は2018年の1月からあっさり始まった。私の両親はどちらも都内にあったので、いわゆる「故郷」みたいなものがなかった。そのためか、田舎生活が新鮮すぎて正直浮かれていた。その証拠は、セミナーで語った時の様子をまとめられた地方メディアに残っている。

やはり二拠点生活で正解だった

思い返してみても、完全移住しなくてよかったと今は少しホッとしている。新鮮さが通りすぎ、良い面も嫌な面も味わって、飲み込んで、ある程度、田舎であろうと私らしい生き方が見えてきた今、改めて完全移住は私には無理だと言える。やっぱり、東京での刺激や鋭い感度、スピーディーに物事が流れていくあの感覚は忘れたくないし、気持ちいいもの。とはいえ、これからもずっと「宮崎」で暮らしたいと思う。要はバランスの問題。時間的バランスなのか、精神的バランスなのか、それは状況によって少しずつ変わっていくだろうが、自分の出身地以上に愛情があふれ出したのは、ここ最近だ。

正直、私は町内にほとんど親しい人がいない。でも、町を飛び出して中心市街地に行けば、馴染みの店や、そこで働く人たち、純粋な飲み友達、仕事のパートナー、人生の先輩など、本当に多くの大切だと思える方々がいる。そしてその方々は、私自身が自分で動いたことによって得られたご縁。移住前は、移住すれば、地域のコミュニティに自然と溶け込んで、田舎も楽しめるようになるだろうと思っていたが、そんなに甘くなかったし、私にはちっとも楽しめなかった。(行きつけの酒場とスナックのママたちは、みんな本当に大切にしてくれるのだが。そして町のせいではなくあくまで私の感覚の問題。)

と、ダラダラ書いてしまったが、どんな生き方も、自分が心地良いと思える「スタイル」が見いだせないと、それが都会だろうと、田舎だろうと、国内であろうと、海外であろうときっとうまくいかないだろうな、ということ。誰になんと言われても、私なりの宮崎移住生活を楽しもうと思う。


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