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三千世界への旅 魔術/創造/変革39 近代の魔術17 ロシア革命の魔術2

革命家の大粛清


ソビエト共産党は革命を遂行する組織ですから、闘争のために軍隊的なピラミッド型の権力構造を持っていました。つまり上の者の言うことに下の者は従わなければならないわけです。

しかし、レーニンは必ずしも組織の力によって権力を振るったわけではありません。革命の初期、二段階革命路線をひっくり返したときのように、彼の強みは他の革命家たちに見えていない角度からものを見て、現実に何が起きているか、どう行動するのが正しいのかを主張し、彼らを説得できたことでした。

トロツキーやカーメネフ、ジノヴィエフ、ブハーリンらもレーニンのようなカリスマがあれば、思想の力で共産党員やソビエト人民を動かし、スターリンを権力の座から引きずり下ろすこともできたはずです。しかし、彼らにはそこまでの力はありませんでした。

スターリンは共産党幹部だったキーロフが暗殺されたことを利用して、カーメネフやジノヴィエフに暗殺の濡れ衣を着せ、反革命的犯罪者として銃殺刑に処しました。

ブハーリンはレーニンに高く評価された理論家でしたが、レーニンの死後はトロツキーらスターリンと対立する革命家たちとは距離を起き、スターリンに協力していました。しかし、彼もスターリンによる大粛清から逃れることはできず、「反革命的」な思想を批判され、逮捕されて裁判にかけられ、処刑されてしまいます。

こうしてスターリンに「反革命分子」として粛清された共産党員は膨大な数に上りました。後に残ったのはスターリンを絶対君主のように崇める従順な家臣たちだけです。

興味深いのは、粛清された共産党員の多くが裁判で自分の誤りを認めて、有罪判決を受け入れ、処刑されていったことです。

司法や警察だけでなく広報の組織もスターリンの支配下にあったわけですから、公表された裁判の記録がまったくのでたらめだった可能性もありますが、研究者たちによると、被告と様々な駆け引きをし、「こういうことを供述してくれたら起訴を取り下げるとか、罪を軽くする」といった嘘の約束をしたりして、都合のいい供述を引き出したそうです。

被告たちからすれば、一度逮捕されてしまったら、自分のたちの声は直接外の世界に届きませんから、こうした駆け引きに応じているうちに、どんどん自分たちの不利な供述をしてしまったということもありえないことではないかもしれません。

嘘の呪縛


もうひとつ僕が注目するのは、革命家たちが革命を主導する共産党という組織の無謬性、絶対的な正しさを守らなければならないと考えていたことです。

党の主要メンバーが対立したり、抗争したりしていることが一般党員や社会に知られたら、半革命勢力につけ込まれ、革命自体が破綻しかねないという危機感がありました。

スターリンはそこにつけ込み、党の秩序や言動の整合性を維持する組織の責任者として、スター革命家たちを追い詰めていったのです。

レーニンと並ぶスターだったトロツキーは、他の革命家たちのように処刑されることは免れましたが、共産党を追われ外国を転々としました。その間彼は、社会主義・共産主義に共鳴する人たちが少なくなかった欧米先進国で、様々なメディアのインタビューを受けたり、著作を発表したりしていますが、ソビエト共産党の路線を思想的、理論的に批判はしても、スターリンや指導部の批判はしなかったと言います。

スターリンに関する質問にも、その能力を称賛するだけで、独裁者だとか陰謀家だといった非難はしなかったようです。たぶん進行中の革命の持続的な成功を第一に考えたのでしょう。ここに革命家たちの限界があると同時に、スターリンの権力者としての新しさがあるような気がします。

近代は印刷の普及で情報が社会に溢れるようになった時代ですから、情報を管理した者が強い権力を手にすることができます。スターリンは組織の権力者として、情報を管理し、ねじ曲げることも平気でしたのに対して、革命家たちは進行中の革命を守るために、一般党員やソビエト人民、世界中の社会主義者に対して嘘をつこうとしてしまい、結果的にスターリンに協力してしまうことになったのです。

スターリンはこの革命家たちの価値観、心理的なメカニズムを心得ていて、それを党組織のため、自分の権力確立のために最大限利用したと見ることもできます。これこそ人民を支配から解放するはずの革命から、彼らをこれ以上ないほど強固に支配する仕組みを構築してしまったスターリンの魔術でした。


支配の魔術


こうした支配の仕組みが構築されるのを、私たちは歴史のいろんな局面で見ることができます。

たとえばキリスト教の組織が西ローマ帝国と合体し、支配の機構としてのカトリック教会が成立していく過程で、初期キリスト教で本来信徒を動かしていたものが次第に弾圧されていったのもそうです。

経済の発展では、中世後期に商工業が発展して、商業都市や交易ルートが形成され、経済の成長拡大がヨーロッパ世界を変え、より自由で近代的な時代へ移行しようとしたとき、中世の政治勢力だった王や大貴族などが、一見古い権力で経済を支配してしまったときもそうです。

宗教でも経済でも、人間の側から出てきた新しい考え方や仕組みには、世の中をボジティブに動かすエネルギーがあったはずですが、それが拡大していくと、国家のような、それ以前からあった仕組みの権力者によってエネルギーを囲い込まれて、支配されてしまうのです。

ソビエトのようにせっかく革命を起こして、帝政や資本主義の支配から自分たちを解放するチャンスが生まれたときに、主導する共産党の中に強力な支配機構が生まれ、ソビエト連邦全体を支配するようになったのは皮肉な現象ですが、そこには社会主義とか共産党にかぎらず、国家規模の巨大な変革にありがちな、普遍的な法則がはたらいているのかもしれません。

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