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俳句(月白)

死と知らずゆく月白の道を踏む

わが黒き犬逆巻ける宵闇に

彼岸花孤舟ぶつかり合へぬまま

エジョフ消へて川しづかなる懐手

1930年代末のソ連を揺るがした大粛清。その下手人役となった内務人民委員ニコライ・エジョフは、民衆の憎悪と恐怖の的になるのと軌を一にして、様々な国家的栄誉と「飼い主」からの深い信頼を得た。しかし走狗はいずれ煮られる。彼の栄光の消費期限は2年に過ぎず、その失脚と処刑が公表されることもなかった。やがて彼は公史からも「いなかったことに」された。エジョフの名前はあらゆる文書から削除された。写真の上においても容赦はされなかった。最盛期には粛清の対象者の選定の為に数百時間を共に過ごしたとされる「飼い主」と歩くエジョフは、いつの間にか穏やかな川の流れに溶け込んでしまった。しかし変わらず懐手を続けるかつての「飼い主」は、微動だにしていない。


蚊に喰はれ半跏思惟でムヒを塗る

しばらくは屋根を潤す秋の雨

真中より屋根乾きゆく秋の空

満月やこの世の虚無としてひかり

消えぬ血が鉄路に一つ野分後

インク分離の隙間の無とか獺祭忌

朝刊に頭垢はらひつつ賢治の忌

大夕焼搔き分けつ去り大鴉

大夕焼胃壁を燃やしたる如し

氷菓自販機に飢児せめぎ合ひ百葉箱

死にゆけば白粉花の遠く在り

美童脱がす肋に刺青彼岸花

碧空に血の溜まりゆく彼岸花

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