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〔事例3-前編〕 入場料は野菜!ただの人に戻って過ごす(音楽ライブ&即興料理イベント「ギブミーベジタブル」参加報告①)


参加のハードルが低くて、にぎやかで楽しく
自分もちょびっと運営協力してる感を持てる

そんな、一風変わったイベントに
参加してきました。

6月22日、京都の名刹〔法然院〕で開催された
〔第92回 ギブミーベジタブル〕

参加する人たちが野菜を持ち寄り
料理人さんたちが作ってくれるお料理を頂き
音楽ライブを楽しむこのイベント

特徴はなんといっても、お金を取らずに
入場料が 野菜であること!
そして 
ミュージシャンや料理人やスタッフへの報酬も
余った野菜を分配して賄われるということ

「野菜がお金の代わりになることで、
 参加者それぞれがお金やモノの価値を考え、
 交換する楽しさとその土地の食文化を
 味わえるイベントです」

チラシのキャッチコピーに惹かれて
興味しんしん参加してきました その感想を、
3回に分けて ルポさせて頂きたいと思います。

********************

東山のふもとにたたずむ名刹・法然院。

いつもは静かなこのお寺に、この日の夕方は
手土産の野菜をたずさえた人達が 続々と・・・

会場の〔土間〕の入口の〔提供台〕に
次々と 野菜が 供えられて、
土間スペースが だんだん人で埋まってきます。

そこへ 舞台の上に、司会者として
イベント考案者の池田義文さんと
スタッフの学生さんが登場。

「それでは、ゆるゆると
始めていきたいと思いましょうか―――
これ、ぼくが作った鮒寿司(ふなずし)です、
10年漬ましたので よろしかったどうぞ(笑)」
と、
池田さんから ささやかなお土産の提供、
学生さんからは 開催の経緯をーーー

「今回、こういうイベントを京都で開催した
そもそもの理由なんですけど・・・
〔野菜を通貨にする〕って
面白そうな試みだな~
と思ったからでして、
 今回、実行委員になってくれたのは 全員、
京大の藤原辰史先生の授業に出てる学生です。
至らないところもあるかと思いますが
どうぞ、よろしくお願いします―――」

そして、池田さんが イベントの説明

「お持ちいただいた野菜は
まず壇(提供台)に各自で置いて頂いて
見えるように並べて頂きます。
提供いただくものは、野菜ばかりでなく
お米や魚やお肉でも結構です、
 全国でやってますので
ジビエやってる地域なんかでは
鹿肉を頂いた事もありました(笑)
 進行としては
音楽ライブをやっている間に、
料理人の方々が食材を調理して下さって
 できあがり次第、
随時お料理が運ばれてきますので
御自由に 取りに行って食べて下さい」
さらに 注意事項として
「会場がお寺なので
 イベントスペース以外の場所には
 むやみに入らないで下さいね。
 こちら〔土間〕と調理室と
 向こう側の〔休憩室〕が
 お使い頂けます
  また、イベントが終わった後は、
 後片付けとかお皿洗いとか
 皆さんで手伝って頂けると
 気持ちよく終われますので、
 御協力頂けると嬉しいですーー」

さらに、
「とはいえ(笑)、
 こういうイベントやるには
 実費経費は かかってくるものでして
 ご賛同いただける方は、
 ドネーション(寄付)に御協力頂ければ
 ありがたいです―――」
 と、お願い。

「ライブの後には
藤原先生や、法然院貫主の梶田さんとの
トークショーもありますので お楽しみに」

という事で 早速 音楽ライブの開始です

●ギターの弾き語り
●アイリッシュ音楽
●世界の民族舞踊

普段きかないジャンルですけど
すごく新鮮・・・ 
   
なんか、愉しい です ^ ^ 

そうこうしてるうちに、
出来上がった お料理が 次々と
調理室から 大皿で 運ばれてきます…

会場は どんどん人で 埋まって かなり密に

お料理台まで、人混みの中 気を遣いながら
「すみません」「すみません」と少しずつ前進
ようやくたどり着いて
皆さん持参してるマイ箸、マイ皿で
取り分けで持ち帰ります・・・

私イジリも、
自分の分をゲットして 早々に退散!

マイ皿に取ってきたお料理は
色とりどりの野菜が実に香ばしく(!)
音楽とのコラボで 愉しさ 倍増です。

ただただ 愉しさに浸ってられる時間を
ゆるゆると 味わって―――

そして、今回のメイン
ゲスト3人のトークショーの始まりです。

御登壇されたのは
●池田義文  ギブミーベジタブル 考案者
      & 民俗学者・ミュージシャン
●梶田真章 法然院貫主
●藤原辰史 京都大学人文科学研究所准教授
の御三方。

左から池田義文さん、梶田真章さん、藤原辰史さん

まずは、藤原先生から、
考案者の池田さんに質問
「そもそも、どうしてこんなヘンな会を
 やろうと思ったのですか――?(笑)」

「僕はミュージシャンで、
 長年ライブやってきて
あるとき 入場料を野菜にしてみたんです。
第1回目は 新宿のライブハウスで 
想像以上に 野菜が集まって、出演者に配って
2週間くらいそれで暮らせたんですね(笑)
第2回目 下北沢、第3回目は 六本木。 
 
で、2011年3月 の 東日本大震災・・・

震災で、住んでいたところを追われて
やってきた人達と、元々そこにいた人達の
交流の場になるケースもあって。
おばあちゃんが手づくりのおかずを
もってきてくれたりね、
人に食べてもらうものだから、
皆さん、いい物もって下さる事が多くて、
心の触れ合いの場になってるな、
と、感じました――――」

(藤)音楽で食べていくって、
  こういうことなんですね(笑)
  一方、
  梶田真章さんは、法然院を
  〔言葉が交わる場所〕として開放されて
  こられた方でして―――

(梶)日本のお寺は〔仏教〕の場としては
  残ってないんですね。
   観光とか葬式とか幼稚園経営とか
  そういう形で 残っているお寺が
  ほとんどです。
  日本では、
  昔から家の宗教は〔お寺〕が担い、
  地域の宗教は〔神社〕が担ってました。
  日本人は
  特定の神・仏を信じるというより、
  すべてのものに神様・仏様が宿る
  という感性をもっていましたから
  いちいち坊主が説法しなくても、
  昔の人は 心でわかってたんです。
   心のよりどころをもってる人には、
  そもそも宗教は いらなかったんですよ。

  ところが、戦後 高度成長期で
  心のよりどころを無くしてしまう人が
      増えて
  人は宗教を必要とするように
        なったんですね、
  〔神のおぼしめし〕とか〔前世〕とか・・・ 
   「愛は地球と救う」といいますが、
  愛は地球を救ったりしませんよ(笑)

  愛するがゆえに喜び、
  また愛するがゆえに人は苦しむのです。
 愛する者を守る為にも人は戦うでしょう。

  仏教では、〔愛〕を説きません。
 〔愛〕とは特定の対象を握りしめる事です。

 そうじゃなくて、
 仏教では〔慈悲〕を説きます。
 〔慈悲〕は 特定の対象ではなく
 すべてのものを慈しむ心です。

 そうはいっても、
 人の心は いろんな指向性があって。
 人それぞれ本当に感じ方、考え方が
 違っています。
 だから我々は、
 「人は、わかり合えなくて当たり前。
 わかり合えたらありがたい」
 と捉えてます。
 そんな多様なニーズに応えてか、
 日本の仏教は
 誠にメニュー豊富になってましてね(笑)
〔自力で悟れる〕という宗派もあれば、
〔自力では悟れない〕という宗派もある。
 我々 浄土宗系は、
 易行(いぎょう)といいまして
 どなたでもできる易しいやり方で行きましょう、と
 法然や親鸞が唱えたやり方で
 やっております。

皆様と共にやっていこうと考えてますので

私どもは〔お寺はライブ空間だ〕と捉えて
皆さんの集いの場として
寺を開放しております。

今回のようなイベントもですね、
受け入れるかどうか反対の意見も
寺の中にはあったんです。
ですが、
多少 寺が汚れたとしても
主催した学生さんたちに、
〔次につながる経験〕をして頂けたなら
いいのではないかと思ってます。

うまくいった事も、
いかなかった事も沢山あったでしょう
それもすべてを〔次の場〕につなげて
頂ければ良いと思います―――」

貫首・梶田さんの言葉、
とても身にしみます…

皆さんも・・・ 若い人たちもみんな、
しみじみ聴き入ってる感じで。

(藤)池田さん、このギブミーベジタブルには
  どんな人が来るんですか?
(池) 本当にいろんな人が来ますね、
 今回は アコースティックや民族音楽系でしたが
 パンクやロックの人の回があったり、
 色々ですね。
(藤)今、家族という枠組みが崩れてきていて
  お寺も,そういう人の為にもあるんですかね
(池) アジール(隠れ家)としての
     お寺の役割は、 大きいと思います…

と、お寺の役割を問われた梶田さん、

「心のよりどころを求めておられる
 方は多いと思います。これに関して、
 私は嫌いなコトバがありましてね。

    それは「人材」というコトバです。

〔役に立つモノ〕という響きがありますよね。
 この言葉は 誇りにもなるし、
   また苦しみももたらしています。

  今、人材になっちゃってる人も、
 〔人〕に戻る時間が必要ですね、
  役割を外して過ごす時間が―――。

 そういう意味で昔の人は 出家してました。
 そして、
 出家しても 心が回復したら
 また世間に戻れたんですよ、昔は。
 現代は、だんだん僧侶が専門職化して、
そういう事はできなくなってきましたが―」

それを聞いた藤原先生、
「なるほど~、興味深いです。
 私、こう見えても歴史学者でして(笑)。
 歴史とは
 「今、私たちがどう生きているのか」を
 知るのに役立つんです。

 近代になって、
 啓蒙(けいもう)思想が普及してきて
 いままで 農民で〔ある〕時代だったのが、
 市民に〔なる〕時代になったのですが。
  市民になるためには
 入場料にあたるものが必要で―――

一つは〔教養〕、もう一つは〔財産〕で、

「両方とも持ってない人は 仲間になれない」
そういう仕組みが出来てしまったんですね。

でも、
このギブミーベジタブルは入場料が野菜(笑)。 

ハードルがとっても低くて、
〔近代〕に疲れた人には いいイベントだと思います。
私も大学で教えていますが、
学生は 〔就活〕で大変なんですね、
自分を〔労働力〕という商品にして
売り込まなければならない。
そういう状況の中で、
〔入場料〕〔人材化〕を解除してくれるのが
ギブミーベジタブルであり法然院さんだと思います」


このイベントの成り立ちから
お寺の存在意義、そして 歴史認識と
話は 思いのほか 面白い方向へ―――

まだまだ聴きたい!

次回の投稿〔事例3-中編〕では、
ひきつづき、
藤原先生が語られた
「〔近代〕を解除する 方法」などのお話を
中心に御紹介させて頂きたいと思います。
どうぞお付き合いください ^ ^ 
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報告者イジリによる〔前編のまとめ〕
   ↓     ↓     ↓
イジリの眼〔7〕「ちょっとした儀式で。
        ただの人に戻る時間を亅

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