手塚治虫、尾田栄一郎、アッチョンブリケ
漫画が好きだ。最近は漫画を自分で描いてみたくなるほどに。漫画を描くなら「漫画」のルーツを知らなければ。わたしは漫画創成期の漫画をほとんど読んだことがない。まずは手塚治虫だな。大学の図書館が電子書籍で手塚治虫作品を配信していることは以前から知っていた。3月の卒業までにできる限り多くの作品を読もうと思う。まずは『ブラック・ジャック』だ。なんつってもブラックジャックがかっこいいのだ。片目のチラリズム、暗い過去、孤独。現在の感覚からしてもしっかり読者がキャラクターに抱く「ツボ」が押さえられていてすごい。そしてピノコが本当にかわいい。最高のコンビではないか!ブラックジャックとピノコだけの回をずっと見ていたい。ピノコが青酸カリのカプセルを飲んでしまい、窒素ガスでお尻の穴まで押し出す手術をすることにより、おならが止まらなくなる話『ガス』は本当に良かった。最近読んだ話でブラックジャックが医師免許未所持で逮捕されてピノコが面会に来たことがあった。その時初めて「アッチョンブリケ」の台詞がピノコから発された。「アッチョンブリケ」はブラックジャックを読む前からブラックジャックのピノコというキャラクターが使う言葉だとなんとなく認識していた。その意味を特に考えたことはない。でもまさかピノコ自身の造語だとは思わなかった。漫画家って単語すら自作できるのか。そういえば『ONE PIECE』でもデービーバックファイトの時に戦わないで勝てる抜け道を「ピーナッツ戦法」とか言われていた。「へーこういうのピーナッツ戦法って言うんだ」と思った。後のSBSで尾田栄一郎の造語であることが判明した。「アッチョンブリケ」も「ピーナッツ戦法」も意味はわからないのになぜか感覚的には理解できてしまう言葉なのがすごい。ブラックジャックの話に戻る。漫画の技法的なところで言うと、なんか変なコマ割りとかシリアスな場面で変なギャグを挟んできたりと、なんか色々試していたのか単なる遊び心なのかわからないことをちょいちょいやっている印象だ。そうしたあくなき探究心とか好奇心が「マンガの神様」と言われる所以なのかもしれない。
今日ブラックジャックのアニメってどんな感じなのか気になってYouTubeで検索した。するとテレビシリーズが公開されていた。ラッキーラッキーと思って見てみたら意外と声が渋い。読んでる時はもっと若めを想定していた。だが、これはこれで悪くない。エンディングのクレジットで大塚明夫さんだったことが判明。わたしは『モブサイコ100』が好きなのでエクボの声優で少し嬉しかった。配信されてるアニメは2004年放送のものらしい。ブラックジャック程の作品ならいくつかシリーズがあるはずだろう。もっと前のアニメのブラックジャックの声はどんなか知りたかった。でもYouTubeにあるのはこれだけのようだ。そんなはずはないと思い調べてみると本当にそのシリーズだけのようだった。残念、もっと色々なブラックジャックの声を聞きたかった。
そしてその流れで手塚治虫のWikiを見た。すごい。読みながら泣きそうになっていた。創作の情熱を持っていたとかそんなものではなくて、創作に生かされていると言うか生まれた時から創作が備わっていたような、そんな印象を受けた。多分「漫画」が確立するまでに何人もの偉大な漫画家が紡いでくはずだったであろう過程を、手塚治虫がほぼ一人で成し遂げたのではないだろうか。そしてそれができたのって、生涯時代に適応し続けたからではないだろうか。自分の絵柄とはかけ離れた「劇画」が登場した時もそれを取り入れて作品にしている。自分を超えてきたものが現れたら、抵抗して自分の価値を守りたくなるのが人間の性分だ。でもそれすら受け入れて進み続けることがどれほどの人にできるだろう。最近ワンピースを読んでいて、ワノ国へんの終盤あたりから「あれワンピースってめっちゃ面白いな?」と思うことが増えた気がした。終盤で見せ場も多かったこともある。だがそれにしてもなんだかわからないが、「面白さ」がもう一段階上の段階に上がったような感じがした。その時期にワンピースとコナンが100巻に到達した記念コラボで尾田栄一郎とコナンの青山剛昌先生の対談がジャンプに載った。その時に尾田栄一郎が「これまではジャンプの看板作家として気負っていたが、最近は他の人気漫画があるから別に自分が気負うことないのではと思うようになり肩の力が抜けた」というようなことを話していた。もしかしてワンピースが面白くなったのって尾田栄一郎のこの創作姿勢の変化があったからなのでは、と記事を読んで思った。創作のことを何も分かっていない人間の勝手な憶測だ。2023年の「このマンガがすごい!」にワンピースが8位にランクインしていた。あまり話題になっていない気がするが連載25年目であるのに、「その年の話題になった漫画」になることはかなりすごいことなのではないか。これまでこうした作品はあったのだろうか。まあ「このマンガがすごい」や「マンガ大賞」のような「年間マンガランキング」制度が確立したのは最近のことだが。とにかく、漫画界のトップをいく人間は、「更新し続けること」をやっている。次世代の漫画界トップは誰だろう。藤本タツキか。藤本タツキの台頭から、藤本タツキ風の新人読み切りが増えたし、実際漫画賞の審査で「藤本タツキの影響を受けた作品が多すぎる」みたいなコメントがあったのを見た。そうなのだ。藤本タツキは真似したくなるし形だけなら真似できてしまうのだ。これからは如何にして藤本タツキの呪縛から逃れられるかが大きな課題かもしれない。そもそもウェブ媒体のマンガレーベルが増えたり、はたまたTwitterとかで誰もがマンガを発表できる時代ではこの世には膨大な数のマンガ、漫画家が存在する。人々の漫画に対する趣味嗜好もどんどん細分化している。そんな中で誰もが知っているウルトラスーパーメガヒット作って現れるのだろうか。漫画はこれからどうなっていくのか。「マンガの神様」の人生に触れてそんなことを考えた今日の昼下がり。
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