へっぽこ遍路日記15【遍路を歩きながら自ら命を絶つという選択をした人もいる。】
昨日歩けなかったぶん取り戻したくて朝暗いうちから準備をして歩きはじめる。屋根のないところで野宿だと、さすがに自分のための朝のコーヒーをいれようとはならないな。ちょうどお日さんが顔を出したぐらいに歩きはじめた。
昨日の午後からぜーんぜんお家もない、ただひたすら海沿いの道だったので今日は住宅地を通ることができて少し気が紛れる。例えおんなじ距離を歩くにしても、景色の変わらない一本道をただひたすらに歩き続けるよりも、家があったり、畑仕事をしてはったり、猫が昼寝をしていたり、そんなふうに生き物の気配があるとずいぶん歩いていてもツラい気持ちが紛れて楽しめる。
歩くペースは相変わらず早いとは言えないけれど、なんとかんとかこのまま歩けば室戸岬の山のうえにある最御崎寺にはお参りができるかなぁというペースで歩いていく。昨日は出会わなかったちっさなスーパーにも立ち寄ることができて、商品名のところに「ありがとうございます」と書いてるお弁当を見つけて嬉しくなって買ってしまった。
お弁当しばらく持ってお腹が空いたら食べようかと思っていたのだけれど、弁当さえも重く感じてしまうへっぽこな僕。ちょうどまた国道に合流したところのベンチでお弁当をいただくことにした。もぐもぐもぐもぐとやっぱりチキンの唐揚げに甘酢がかかっているやつの、この皮のところはうまいよなーとお弁当にひたっていたら、顔をあげたらお遍路さんの背中が見えた。
あれまーまた抜かされてしまった。50歳くらいかなぁおじさん。トレッキングブーツに、アウトドアの格好、その上にお遍路さんの白いベストを着てリュックも軽そうだ。もう杖は飾りですみたいな感じでフワフワと持ち上げながら、余裕で海の風景をスマホでカシャカシャ撮りながら歩いてる。それを見ながら、自分のへっぽこぶりが情けなくなる。遅いならその分しっかり休まずあるけばいいのだけれど、僕なんかはすぐに休んでしまう。
珈琲の道具に足袋サンダル。きっとこうして四国を歩くお遍路さんは数いれど僕ぐらいのものだろう。けれど誰になんと言われても、自分でこれだけはやろうと決めたこと。比べるな、比べたらあかん西川昌徳。
いままでいくつも重なっていた岬のでっぱりが少なくなってきて、おぉあれが室戸岬かなぁぐらいになってきたときに、畑仕事をしていたおばさまに挨拶をした。遍路は挨拶から!
「こんにちは!お兄さんひとり?お腹すいとるじゃろラーメンつくったげよか?」
こんにちはの挨拶の返しが、いきなりこれだったらあなたはすぐにあなたは反応できますか?僕は反応できる。普段から決めている。誰かにお腹空いてる?と聞かれたらどんなときでも「はい!空いてます!」と答えるようにしているからだ。そこには自分なりの考えがあるのだけれど、それ語りよると長いので端折る。まあとにかく「ありがとうございます!いただきます!」と答えた。
おばさまにお家のお庭のところで待っててねと言われて待っている間に、僕はバックパックの荷を解いて珈琲セットを出す。だいたい分かってきた。珈琲飲んでくださいますか?と真正面から聞くと「いえいえ大丈夫よ」とよく言われてしまう。けれどそれは飲まない人もいるだろうけど、遠慮というか、気遣いというものも含まれているはずで、僕は珈琲を飲んでいただきながらお話をしたくて歩いているのだから、準備をして空振りになっても何もしないで話もできないよりずっといい。
台所からかちゃかちゃと音がしてものの5分でラーメンとサラダとあっためたご飯がのったお盆をおばさま(表札に小松さんと書いてるあった)にいただいた。「西川さんできたから勝手口開けてもらえる!?」と中から声がしたところ、そしてお料理の手際のよさ、きっとこれまで数々のお遍路さんに食事のお世話をされてきたんだろうなというのがそれだけで分かる。
遍路は普通の人はかなりのハイペースでまわる。それこそ修行に近い感覚で願いを持ちながら歩かれている人が多い。そんなかたにとっては食事の時間も歩く時間が減っていくのでサッと終わらせるひともたくさんいると思うのだ。小松さんはきっとそんな歩く時間のことも配慮にいれながらお接待をこれまでされてきたのだと思う。
台所を片付けられてきたのだろう、あらためてお庭に出てこられて、僕が布を広げて珈琲セットを置いているのだからびっくりされたと思う。いきなりお父さんを呼びにいって
「ちょっと!このお遍路さんおもしろいから出てきなさい!」と声をかけていた。ちなみにお父さんは農作業のあとでももひき姿だから出なくていいと答えてはった。
よかったーコーヒー飲んでいただけた。
ずっとこの先の25番最御崎寺のお世話もかねてをお参りし続けていること。
八十八箇所をまわってからお接待のお礼を伝えに戻ってきた大阪の大学生のお話
残念ながらお遍路をまわりながらこの家のちかくで命を絶ってしまった人の話
小松さんがこれまで触れてこられたお遍路の歴史を聞きながら、いま何時?と聞かれて、2時過ぎです、と答えると「あぁ今日はお参り間に合わないわねぇ」と言われた。
はい、それでいいんです。僕はお話をうかがいたくて遍路を歩いているのもあるから。だから日々の予定は立てないようにしている。夜はどこでも野宿ができればそれでいい。大事なのは自分にしっかり余白をもっておくこと。そうすれば目の前に人との出会いがあったときに、そちらを迷わず選ぶことができるから。
小松さんありがとうございました。ラーメンとっても美味しかったです。
さてさて、小松さんにお礼を告げて歩きはじめたのだけれど、ちょうど珈琲をいれている最中にお友だちのタケちゃん、そして夏の子どもたちを釣れた旅でウクレレを演奏してくださったなおこさんから連絡をもらっていた。この近くが職場なのだ。
「お仕事終わったらかけつけますー」と連絡が入っていたので、そろそろからなぁと思って歩いていたらちょうど海がいい感じに開けている海岸でクラクションが鳴った。おけータイミングばっちりっす。
もう少し先に大きな駐車場があるところがいいかもよ、というふたりにいえいえここで休憩もしたいし珈琲タイムにしましょうと海岸に誘う。便利なのはいいことだけれど、けれど珈琲はどこでいれるかがもっと大事だ。僕はそこの景色が気に入っていたからなおさら。
階段のようになっているところに藍染の敷物をひいてもらって珈琲タイム。ちょうど日が傾いてきていて、いい光がはいってくる。あぁ気持ちがいいなぁ。
今日はどうするの?うちまで来てもらってもいいよ?車で行けばいいからとタケちゃん。
タケちゃんの家には室戸岬をまわって1日ぐらい先のところにあって、もともと泊めていただくことになっていたのだ。けれど足が痛くて、気持ちの余裕もないし、このまま歩いてもアテがあるわけでもないので、思い切って今日タケちゃんのお家に泊めていただくことにした。
2日分ぐらい僕が歩く予定のところをビューンと30分ぐらいドライブしてタケちゃんのお家に。あーかえってきた。僕は夏の子どもたちとの旅でタケちゃんにお世話になって、そのあとのお礼参りのときにこの家に立ち寄って、タケちゃんから彼がお遍路で神奈川から四国にやってきて、そのときの体験がきっかけで四国に移住したことを知った。
そのことが自分も遍路を歩こうと決める最後のひと押しになった思い出の場所。予定よりちょっと早くなってしまったけれど、僕の遍路の原点にもどってきた。夜はお友だちが遊びに来てくれて、お話しながら珈琲をたてて、ブログも一気に3日分書き終えて、ほんでタケちゃんと積もる話を日付けが変わるくらいまでして眠りについた。
あーこうして書いてても盛り沢山ないちにちだったんだな。ありがとうみなさん。お疲れ様じぶん。
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自分が自分でいられること。
旅の日々で自分の心に浮かぶ思いや気づきを読み物として。僕の旅の生き方のなかで、読んでくださる方々の心に心地よい余白が生まれればいいなという…
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