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サイクルをぐるりと巡って、少し違うところに立っている

久しぶりにnoteを更新しようと思ったら、昔書いた下書きがいっぱい出てきた。
荒々しいけど、その時私が感じたことがそのまま思い出せる。きっと昨年の春頃のことなんじゃないかな。。

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人間たちがつくる磁場が、時間も空間も慣れ親しんだ言葉たちも全部塵々にしてしまう。君たちは無限か!進化し続けるユニバースのスピリットの光とはまさに君たちのことやないか!!!

というわけで、全く言葉が追いつかない。そうそう、ずっとこれがしたかった。その夢が叶って、今度は身体が追いつかない。むくみで身体がハジけるかと思った。くわばらくわばら。これはいけません。尊重するのプラクティスをいちからやり直しています。

しかし体験に言葉が追いつかないこと、これは根本的にお祝い。感じが深まって広がって、これまでの私の持ってる表現の型からサイズアウトしたってことだから。そして表面的には、猛烈にもどかしい感覚が続いている。

私が目撃したあの震えを、揺れを、眩しさを、迫力を、言葉でもっと分かち合えたらなあ


近い近い顔で諦めへんぞと迫り合う男達の声に川の音よりでかい声で泣いた
臍の緒と自画像の横で朗々と響く声に揺れて、笑ってるんだか泣いてるんだかわからない水が出た
3日間で大阪から千葉に行って福島に行って長野に行って帰ってきた
高い木々の下で静かにお茶を頂いて、この時間をずっと覚えてるんだろうなと木漏れ日を見ていた
外で飼われてる犬のご飯入れのお下がりかしらと見間違う皿に死ぬほど悪態をついて高校生かってくらい笑った
表彰状を受け取った瞬間身体がよろこびで駆け出す姿に胸が泣いた
敵と思われていた人物に敬意と共感が寄せられた言葉の数々にぐわっと熱い涙が込み上げた
明日の自分に想いを馳せる若者の眼差しに心の底からハグを送った
自分の存在が放つ波の源に朗々と立つ人間たちの光を見た


波、波、震える波

この波の合間は余すことなく物語で埋め尽くされている。どこをとっても物語。語られたがっている、語りきられていない物語が土壌となって蠢き続け、いのちの花を育て続けている。その瞬間どうであったとしても根本には愛おしさしかない。毎日が、毎週が、毎月が、かっこいい美しいキュートな人間たちの物語で埋め尽くされは更新されていく。

みんなの生き様、智慧の震えを帯びたまま、私たちは次の輪に座る。そしてまたそれを分かち合う。私たちを通してみんなの智慧がエネルギーとして次に渡されて、織り合わさっていく。この働き方生き方をとても光栄に思うので、改めて自分たちの身体があるからこそ働かせて頂けているのだと身体への責任と神聖さを思う。大切な仕事をさせていただいているこの身体を、むくみではじけさせてる場合じゃないのだ。プラクティスは続く。

私たちはこんな感じです。
みんなはげんきにしてますか。
少ししんどい季節ですね。
お互いに、このひとつしかない身体を大切に過ごしましょう。
感じて流して「わたし」の新鮮さを保っていきましょう。

今日も私は、ふぅと力を抜く時間を意識して、身体を手で撫でる時間と感覚を意識して過ごすプラクティスをします。あなたもご一緒に、ぜひ。

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身体がむくみで弾けるかと思うくらい、自分のケアをしていなかったのね。過去の私たちに労いをおくります。

この時から多分1年くらいが経っていて、私たちは一周回って同じような・だけどまたひとつレイヤーが違う感動の中にいます。身体の方は、追いついたり追いつかなかったりを繰り返しながら、限界!っていう前に起きるサインにも互いに気がつけるようになってきた気がする。自分自身を気にかけて、お互いに気にかけ合いながら、波乗りの仕方も上手になってきた。波に乗り続けるには、最高の息抜きと自分たちのためのセレモニーを心を込めて行うことが大事だと身に沁みてわかった。

経験した景色と心を言葉にする練習をまた始めたい。どんな頻度にしようかな。やってもやらなくてもいいは飽きたので、何か今と未来が楽しみになるプラクティスがしたい。そういうプラクティスは、過去に祈りを送ることができるって感じもする。さあどうしてくれよう。

EarthPartner
里菜

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