#154_金賢姫(キム・ヒョンヒ)全告白「いま、女として」③

本日は表題書籍の感想第三弾となります(上巻p205〜307)。
全体の約7分の3となります。

■1. 乗り継ぎ便でチェックインされた為、計画が狂った

金賢姫と金勝一(キム・スンイル:共に北朝鮮の工作員として行動した人物)は当初、大韓航空機に爆弾を仕掛けた後の経由地アブダビから、アンマン→ローマ→ウィーン→平壌へ飛ぶ予定であった

しかし、アブダビの空港係員がチケットを見せるよう要求し、架空の行き先であったバーレーン行きの見せたところチェックインをされてしまった

その為、金賢姫と金勝一はバーレーンに行かざるを得なくなってしまった、とのことであった。

結果、バーレーンから直接ローマへ飛ぶ便へ変更する必要があったが、到着した日がたまたま日曜で休業しており、即日変更ができなかった。

更に翌月曜に航空会社に問い合わせた所、月曜は全て満席で、翌火曜の朝便なら空いていた為、こちらに変更をしたとのこと。

結果、2日間をバーレーンで費やすこととなり、バーレーン警察や、日本大使館が捜査や調査をする時間をみすみす与えることとなってしまった。

それが原因で、火曜にバーレーン空港で出国しようとした際にバーレーン警察と日本大使館の係員に待ち伏せをされ、身柄を拘束されてしまった。

これを読んで、以下の3つの疑問が私の中で挙がった:

<3つの疑問>

・疑問1. 何故経由地で行き先のチケットの提示をされると、想定していなかったのだろう

当初の予定では、

平壌→モスクワ→ブタペスト→ウィーン→ベオグラード→バグダッド→アブダビ→バーレーン

という航空券を購入するものの、

経由地のアブダビからバーレーンへは行かず、別の航空券で

アブダビ→アンマン→ローマ→ウィーン→平壌へ帰る、

という計画であったそう。

ここで、経由地であるアブダビにおいて、目的地であるバーレーン向けのチケット提示を求められる、ということは想定できたことなのではないか。

アブダビ到着は深夜2時で、バーレーン行きは14時発であったそうで、その間12時間ある。

アブダビでの宿泊の予定や外出予定有無などを聞かれたかどうかは言及されていないので不明だが、その間何をするのかもしきちんと答えられていなければ、不審がられてもおかしくない気がする。

また、その後14時出発便から9時出発便へ変更してもらったそうだが、であれば初めから9時出発便にしておいたら、到着から7時間後である為、より自然であったろう、と考える。


・疑問2. 何故一度シミュレーションをしなかったのだろう

上記1つ目と若干重なる点はあるが、全般において、何故事前にシミュレーションをせずに、行き当たりばったりで実行をしたのだろう、と感じた。

爆発物を積まずにこのような乗り継ぎをすることは、事前にいくらでもできたはずである。

アブダビに来る前にも、ブタペスト(ハンガリー)からウィーン(オーストリア)まで、ビザなしでどのように行くか、現地に行ってから決めよう、という計画の元、実行がされたと記述がある。

結果、外交官の車で陸路で通過したのだが、これも一度実施していればできるかどうかわかったはずである。

これがもし何かから逃走する場合の「防御」であるならいざ知らず、自ら立てた計画、すなわち「攻撃」なのであれば、事前にいくらでもシミュレーションを実行できたはずである。


・疑問3. 何故代替の脱出路を検討しなかったのだろう

爆発物を置いた後のアブダビは、アラビア半島北部のペルシャ湾に面した都市である。

万一空路で戻って来れない場合は、陸路か海路となるが、陸路ではアラビア半島の砂漠を通らなければならず、海路で最寄りの国は戦争地帯のイランであった。

同様に、架空の行き先であったバーレーンもペルシャ湾の孤島のような国で、陸路も橋を封鎖されたら終わりで、海路もイラン・イラク・クウェート辺りが最寄りの国となっている。

今回2日間バーレーンで航空券が買えないため足止めとなったが、空路がダメなら陸路や海路で帰還できるような代替の脱出路を検討しておくべきであったのではないか、と感じた。

または、陸続きの国(トルコなど)を選べばよかったのではないか、とも感じた。


■2. 大病で瀕死状態の工作員を起用

金賢姫と共に工作活動を実施した金勝一(キム・スンイル)は、同年春に胃に癌ができ、取り除く手術をし、後遺症で顔色が悪く、体重が15kg減った衰弱状態で、本工作活動に招集された。

途中、会話をするにも息が苦しくなったり、少しの時間でも横になりたい、と話したり、現地指導員と外出する際も、少し歩くと喉が乾いたと言って、喫茶店に言ってコーヒーを飲むことを繰り返していた、とのこと。

金賢姫はこの金勝一の健康も気遣う必要があり、万一金勝一が倒れてしまったら、金賢姫が主導で工作活動を継続する必要があった。

航空機を爆破させる、という金正日肝いりの工作活動に、このような瀕死状態の工作員をあてがう、というのは何故だろうと考えた。

金賢姫曰く、「経験豊かだから選ばれたのであろう」とのことであったが、当方の邪推としては、おそらく人材不足、資金不足で、このような工作員しかあてがうことができなかった、というのが実情ではないか、と考えた。

実際、工作資金として1万米ドル(=約100万円程度)が支給された、とある。

しかしながら、これでは明らかにカツカツである。

これは2人分の航空券や宿泊費、食費全て込みであるので、11/23〜12/1の8泊9日の日程で、往路7路線、復路5路線を使用した場合、当方による概算は:

宿泊費:1泊2万円として、2万円 x 8日= 16万円
航空券:一路線当たり平均3万円として、3万円 x 12路線 x 2人分 = 72万円
食費:一回1,000円として、1,000円 x 3回 x 8日 x 2人分 = 4.8万円

これで既に92.8万円(約93万円)となる。

この他にさまざまが雑費が必要になると思われ、明らかに足らないであろうと容易に想像できる。

実際、工作資金の中から装備品を購入する名目で自由に使えるお金が200米ドル(=約2万円程度)しかない、と記述があった。

この中から節約をし、国に帰るときには幹部たちにあげるお土産も買わなければならなかった、とのこと。

国を挙げての一世一代の工作活動にしては、資金があまりにも少なすぎるのではないか、と感じた。

実際、男女が一緒に一つの部屋に宿泊している件についても、後に韓国の捜査官が怪しんでいた。

金銭面でケチってしまったことで、自分で自分の首を絞めることになっていたのではないか、と考える。

多めに渡しておいて、余ったら返して貰えば良いだけだったのではないか、と考えると、作戦としては「惜しい」と思う。


■3.日本語ができなかったら、工作員選抜対象から除外されていたかもしれない

金賢姫は、当初「金日成総合大学」の「生物学科」に1年間通ったそう。

だが、父親の「今は外国語を必要とする時代だ」という言葉に従って、「平壌外国語大学」の「日本語科」に入り直したそう。

金賢姫曰く、「あのときそのまま生物学科に通い続けていたら」「他人より日本語ができなかったら」工作員選抜から除外されていたかもしれない、と述べている。

金賢姫は元々外交官の父親の影響で、幼少期をキューバで過ごし、何不自由ない生活を送っていた。

また外見も鼻筋がスッと通っており、中学校時代のあだ名が「お洒落の鼻(メプシコ)」だったそう。

韓国捜査官に取り調べを受けていたときも、鼻を整形手術しているのではないか、と疑われたりするほど、見た目も良かったようだ。

実際、北朝鮮の工作員が暮らす招待所の食堂のおばさんが、金賢姫が本件で出発する際に涙を流して「美しく生まれついたばかりに。勉強をちょっとさぼっても良いものを。なんでそんな一生懸命したのさ」、と話していたそう。

生まれ持った容姿や、家庭の豊かさは自分の努力と関係ないが、その後の日本語教育や、工作員訓練としての優秀な成績は、良かれと思って努力した結果が、このような悲劇となってしまった。

北朝鮮のような閉鎖された国で、この死のループから抜け出す術があるのか、不明である。

一方、資本主義社会あっても、学校や職場などのコミュニティ内で画一的な価値観で暮らしていると、それに従わなければ生きて行けない、という錯覚に陥ることがあると思う。

これがパワハラであったり、いじめであったり、最近ではネットやSNS上での個人攻撃などがそれに当たると思う。

資本主義社会においては、このようなコミュニティの外に出ることができる、という選択肢を常に持ち続けて行かないと、究極的には航空機爆破ですらも正しい行為だ、と思い込んでしまうのではないか、と考えさせられた内容でした。


■本日の学び

・1. 乗り継ぎ便でチェックインされた為、計画が狂った
→想定していなかったことが起きたため、計画が失敗してしまったが、想定していないことを最小限化する為に、事前にシミュレーションをすべきである。
そうすることで、いくつかのパターンに合わせた対策(プランA、プランBなど)を立てることができる。
それでも想定していないことが起きるが、その場合は個人の裁量に任せることを合意しておくべきである

・2. 大病で瀕死状態の工作員を起用
→予算が足りないのであれば、それに見合った行動をすべし。
足りないからと言って、大掛かりなことをやると、人的にも金銭的にも余裕がなくなり、それによって自滅してしまう。
うまくいくものもうまくいかなくなってしまうので、身の丈にあった行動というものが大事である

・3. 日本語ができなかったら、工作員選抜対象から除外されていたかもしれない
→自分の生まれ育った環境は変えることができるものと、できないものがある。できるものについては、勇気を持ってその環境を変えるか、別の環境に自らを移動させるか、という選択肢があることを、常に念頭に置いておくべきである。

以上となります。

続きはまた追って共有させていただきます。

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