#151_大本営参謀の情報戦記(続き)⑤

本日も大本営参謀の情報戦記の感想を記載します。本日が最終となります(p103~最初)。

■1. 最も穴の空いた情報網は米国本土であった

孫氏の言葉で

「爵(しゃく)録百金を惜しんで、敵の情を知らざるは不仁の至りなり、

人の将にあらざるなり、

主の佐にあらざるなり、

勝の主にあらざるなり」

というものがあるとのこと。

意味は

・敵情を知るには人材や金銭を惜しんではいけない

・これを惜しむような人間は

 ・将師(しょうすい)(*1)でもなく

 ・幕僚(ばくりょう)(*2)でもなく

 ・勝利の主になることはできない

という意味である。

(*1): 軍隊を指揮・統率する人。 将軍。 大将 (出典: コトバンク)

(*2): 指揮官を補佐する高等武官又はそれに準ずる者をいう (出典: Weblio辞書)

つまり、情報を事前に収集するには、最優秀の人材とあり余る金を使え、という教えである。

日本軍は開戦前後には米国のかなりの重要な暗号を読んでいたのは事実であったとのこと。

しかしながら、真珠湾攻撃を行ったことで、直後に米国本土における日系人の強制収容がなされてしまった。

これによって、10年も20年も前から日本の陸海軍武官が苦労して多額の人材と金を使って作り上げた諜者(スパイ)網が、有効に作動しなくなってしまったとのこと。

堀氏曰く、

もし日系人の諜者網が有効に作動していたら、サンフランシスコの船の動きや、米国内の産業の動向、兵員の動員、飛行機生産の状況がもっと克明にわかったはずだ、

と述べている。

いかに秘密が保たれていても、原子爆弾の「ゲ」の字位は、きっと嗅ぎ分けていただろう、とも述べている。

すなわち、米国本土に情報網の穴が空いたことが、敗戦の最大の原因であった、とのことである。

確かに主戦場であった太平洋上の戦闘に目が行きがちだが、勝敗を分けた「制空権」を支える飛行機の製造や、「弾幕」を作り出す爆弾の製造などは米国本土で行われていた。

これらの情報をキャッチできていたならば、戦局は変わっていたかもしれない、と考えると残念でならない。

■2. 岡野で行こう

堀氏が陸軍大学校時代、くだらない慣習や、軍の戦力に関係のない形骸化された規律が存在したとのこと。

毎日上長である集団長が、兵士の前で抜き打ちで質問をして答えさせたりしていたとのこと。

その質問の一例として、集団長の階級や氏名を暗記させて答えさせるものがあったそうだが、堀氏は、「何のために集団長の階級や氏名を暗記させる必要があるのか」と感じていたそう。

堀氏の同期に岡野二等兵という人がおり、ようやく文字が書ける程度であったとのこと。

稀に「集団長の階級と氏名を答えよ」という質問を集団長と呼ばれる上長から受けることがあり、運悪く岡野二等兵が尋ねられたそう。

もはや万事休すと思われたが、岡野二等兵は階級と氏名を答える代わりに

「あなたが集団長」さんでないか

と指を指して答えたそう。

堀氏や周りは動転するばかりに驚き、固唾を飲んで見守っていたが、集団長は意外にも「そうだ、わかっておれば良い」と肩を軽く叩いただけで終わったそう。

この岡野二等兵は、満州でも、支那軍との戦いでも、勇敢に行動してその名を轟かしたとのこと。

堀氏曰く

「俊才は絶対に勇者にあらず、智者も決して戦力になり得ず」

ということを事実を持って教えられ、

これからは「岡野で行こう」

と決意した、とのこと。

このように陸軍大学校内でも、形骸化したルールが多く存在していた様で、堀氏曰く、

こんなことが上手なことと、軍の戦力と、どう関係があるのか、

こんなくだらないことに時間を費やしているのを減らせば、兵役は2年を1年で済むのではないか、

と感じたそう。

現代でも数多くこのような形骸化したルールや慣習は存在しており、厄介なのは誰がどのような意図で作ったのか、守っている側は把握していないことが多いことだと考える。

特に既に役職を退いてしまったり、組織を離れてしまった人が作ったものは、文書が残っていなければ、その意図が不明のままとなっているものも数多く存在する。

私も会社員時代、お客様企業のヘルプデスク業務部隊で作られた業務フローを見直す仕事をしたことがあった。

その際、「どうしてここは承認者が複数名必要なのですか」と尋ねても、誰も答えられず、そのようなルールで長年やっていて、文書を作成した方は既に退職していて、意図がわからない、という回答を受領したことがあった。

まさにルールが目的化している状態で、当の本人もそんなことはしたくない、と答えていた。

本書の岡野氏のように、不要と思われることを勇気を持って省き、必要なことに全力を注ぐことが許される状態を作ることが、最終的に不要な時間やコストを省き、勝負に勝つことができるのではないかと考える。

■3. ドイツ課は徹底した親独、ソ連課は嫌ソが基本で疑ってかかる

堀氏は大本営情報部のドイツ課とソ連課の両者に所属したそうで、両者の違いを如実に感じたとのこと。

ドイツ課は

・日本の大公使や武官が外交特権を行使できた

→友好国であるドイツの中枢人物(ヒットラー、ヘス、リッベントロップ)と容易に会って、意見を聞くことができた

・日独伊三国同盟があった

→同盟国が嘘をつくはずがないという前提

・一方的な一本の線で判断

→情報に対する審査がなかった

であったとのこと。

一方、ソ連課は

・日本の大公使や武官が外交特権を行使できなかった

→クレムリンに出入りして、スターリンやモロトフと話をすることは至難であった

・同盟関係になかった

→ソ連の権力の中枢の考えている意中が、ソ連国内のどこかに、何かの形で徴候として出ていないかを、虎視眈々と探して分析した

・二線、三線の交叉点で判断

→一本の線で一方的に見ないで、二線、三線の交叉点すなわち他の何かの情報と関連があるかを見つけようと努力していた

とのこと。

結果、ドイツ課の情報は推測や仮定を含むもので、ドイツ軍有利と判断されていたが、実際は1943年2月にスターリングラードでドイツ軍は壊滅的敗北を受けてしまったとのこと。

堀氏曰く、情報はソ連課のように、まず疑って掛からなければ駄目だとのこと。

そうすることで、真偽を見分けるふるいを使うようになる、とのこと

であった。

確かにその後の大本営は、台湾沖航空戦での過大な戦果を審査することなく鵜呑みにした結果、レイテ島でいるはずのなかった米軍艦隊に玉砕されてしまった、という事実が有った。

これも米軍が戦果を飛行機で証拠として写真に収めていたように、二線、三線の交叉点の情報を収集するという方針と手段が確立されていれば、防止できていたかもしれない。

■本日の学び

・1.最も穴の空いた情報網は米国本土

→真珠湾攻撃を口実にして、米国は在米日系人を強制収用したため、数十年かけて構築したスパイ網が機能しなくなり、その結果太平洋沖での制空権を取られ、弾幕攻撃を予測できず、ひいては原子爆弾の情報も得ることができなかった

2.陸軍大学校の形骸化された規律

→実践と直接関係のない形骸化された規律(例:上長の階級と氏名を暗記させる)によって、その準備や対策に不毛な時間を費やすこととなった。

規律が目的化してしまっている現象は現代でも存在し、それによって不毛な時間を取られ、競争力が低下してしまっている。

戦時中であれば、多大な犠牲を持ってそのツケを払うこととなる。

現代では命は取られないまでも、ぶくぶく太った内臓脂肪のように徐々にジャブのように効いてきてしまい、やがては死に追いやられる可能性もある。

理由のない規律をスリム化させることをよしとする文化を持つことは、健康を取り戻すために勇気を持って実施する必要があると考える

・3.情報は二線、三線の交叉点でみることが大事

→得た情報を色眼鏡や願望、推測や仮定で処理をしてしまうと、正しい判断を行うことができない。

きちんと得た情報を審査するスキームや、二線、三線といった裏付けや客観的証拠を重ね合わせて判断する仕組みを作っておくことが大事である。

そうしないと、レイテ島の大敗戦のように、誤った判断を元に意思決定を行い、結果玉砕してしまう可能性をはらんでいる

以上となります。

これで、大本営参謀の情報戦記の感想・レビューは終了となります。

戦時中の情報の取り扱いを生々しく、実経験者が語った類稀なる良書でした。

筆者の立場はあくまで中立的で、歴史から事実ベースで学ぼうとする姿勢を受けました。

題材は太平洋戦争時の内容ですが、現代日本の体制にも通づるものが大いにあり、歴史から学べるものが数多く有ったと考えます。

特に情報の取り扱いは今後より重要度を増し、国家から地域、地域から個人へ、その権限と責任が降りてきているように思われます。

いつの世も情報を取ろうとするもの、取られまいとするものが存在する以上、両者の間には情報戦争が規模の大小を問わず発生しているはずです。

これからの情報化社会において、自身の情報を守るにも、いち早く必要な情報をつかむにも、これらの考え方は大事になるかと思います。

もしご興味を持たれた方は、ぜひ手に取って一読されることをお勧めします。

学校やテレビで教えてくれない史実を知ることができるかと思います。

私も初めての戦記ものでしたが、とても興味深く読むことができました。

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