気候変動(80,000 Hours)
気候変動によって人類は全滅してしまうのか
世界の若者の半数以上は気候変動によって人類が滅亡するのではないかと不安を感じています。1 彼らは怒りや虚しさを感じ、そして何よりどんな未来が待ち構えているのか恐れているのです。2
気候変動は多くの人に関わる重大な問題です。今既に広がっている苦しみや不平等に加え、今後何世紀にもわたって影響を及ぼす数少ない問題だからです。私たちは将来の世代を守ることが道徳的優先事項であり、課題を優先する際の決定的考慮事項であるべきだと思っています。
気候変動の影響で、文明が崩壊してしまったら、それはつまり将来の世代は存在することすらできなくなってしまうこと──あるいは永遠に過酷な環境のなか生きていくことを意味するでしょう。そうなる前に気候変動を回避し影響に適応していくこと以外に重要な課題はないかもしれません。
それでは、この問題を科学的に見た場合どうでしょうか?
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書は、私たちが把握している中でも気候変動に関する最も権威のある包括的情報源です。その中には気候変動は壊滅的被害をもたらす、と明記されています。洪水、飢餓、火事、干ばつが発生し、最大の被害者は世界で最も貧しい人々です。3
ただし、気候変動において、未知の未知(知らないことすら知らないこと、想像することすらできないこと)4の領域を考慮しても、IPCC報告書には文明崩壊について示唆されていません。
ですが、(文明崩壊しないからといって)気候変動に対してこれ以上努力しなくても良いという意味ではありません。
気候変動の影響はとてつもなく大きいのです。社会の混乱を招き、生態系を破壊し、何百万人を貧困に陥れ、さらに人為的パンデミック、AIリスク、核戦争といった人類を絶滅させかねない出来事の発生リスクを高める可能性があります。もし、この課題解決に従事したいと考えられているのなら、ページの下部にて、私たち(80,000 Hours)の推奨するアプローチを紹介していますので、是非ご覧ください。
確かに気候変動は恐ろしいものです。これを解決する努力が不十分だと人々が怒るのも当然です。
しかし私たちは無力ではありません。
まだまだできることがあります。
概要
気候変動は世界に大きな負の影響を及ぼします。特に最貧困層や生物多様性への影響が懸念されます。最悪のシナリオは、気候変動が大国間の紛争、核戦争、パンデミックなどの人類の長期的可能性を破壊するような危険(以下存亡リスク)因子となり、人類の危機を高めてしまうことです。これらは気候変動自体よりも恐るべき脅威の対象であり、社会ではあまり注目されていないリスクです。読者の方がこれらリスクに直接働きかけることができれば、より大きな社会貢献が期待できると考えています。
私たちは個人のCO2(二酸化炭素)排出量よりも、個人がキャリアを通じて環境のために実現できることの方がはるかに重要であるという見方をしています。また、様々な解決策が挙げられる中で、特に有効的な取り組み方があると思っています。特に、CO2排出量削減のための技術開発、政策提言、大気中の二酸化炭素除去の技術研究などが大きな効果を得られると考えています。
80,000 Hoursの総合的見解
”場合により奨励する”
より多くの人がこの問題解決に挑むことを期待する一方、私たちの一般的世界観からは、気候変動以外の最優先領域の課題に取り組む人が増えてほしいと願っています。
・問題の規模
最悪の事態に至る確率を実質下げていくことに意味があります。しかし気候変動が直接的に人類を滅亡させる確率は低く──(むしろ、パンデミックなど他の壊滅的リスクの方が何百倍も高い!)そのため、この問題が長期的には文明の終焉をもたらすような大惨事に結びつくと仮定するとしたら、それは大国間の衝突など、気候変動によって他の問題が悪化することで起こるのではないかと思われるのです。このように、気候変動が持つ間接的リスクを考慮することで、気候変動は直接の存亡リスクに近い問題規模だと言えないこともないのですが、それでも核戦争やパンデミックなどと比較すると、10分の1に満たないリスクだと思われるのです。多くの人が核戦争やパンデミックの課題に直接関与することを真剣に検討するべきではないかと思います。
・見過ごされている度合い
他の優先課題と比較すると、気候変動問題は断然注目度が高いようです。現在も年間で6,400億ドル以上の資金が投じられています。また過去数十年にわたって高水準の予算が充てられてきました。これは効果的な取り組みが既に多く展開されてきたことを意味しています。事態の悪化にともない注目度はますます高まり、最悪事態を回避するために今後も多くのことがなされるでしょう。ですが、なかには日の目を浴びていない分野も残されています。
・取り組みやすさ
世界が抱えるその他リスクと比較すると解決しやすいと言えます。なぜなら、この問題には温室効果ガスの排出量など明確な尺度があり、かつ経験に基づいた効果的打開策もわかっているからです。とはいえ、世界が一丸となって取り組むには難しい問題で、その性質が解決を困難としています。
・問題の深刻度
”中度”
80,000 Hoursの問題プロファイルとは、皆さんがキャリアを形成していく中で、解決すべき差し迫った重要課題を提示するものです。世界の諸問題をどのように比較し、スコアをつけ、それぞれ位置づけたか、詳しく紹介しています。
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極度の気候変動は人類を完全に滅ぼすのか
気候変動が直接人類を滅ぼすかもしれないと主張する人々の間で一般的な3つの根拠(①気温上昇②海面上昇③農業崩壊)について一つ一つ確認していきたいと思います。
最悪な気候変動のシナリオは残虐です。多くの人々が巻き込まれ、多くの命が失われます。私たちはその中でも、人類の全滅に焦点を当てています。これは将来の世代のすべての人のためにも、人類の生存を危ぶむ脅威を引き下げることが最も重要だと考えるからです。(詳しくはこちら)
科学者のほとんどは、気候変動が直接的に人類を絶滅させることはほぼ不可能だと考えています。
厳しい現状において、このような結論を吉報と受け止める人は少ないでしょう。
もちろん心配しない訳にはいきません。気候変動は人類を滅亡の果てに追いやらなくても、それに近い危険にさらし、また他の脅威を巨大化させることで間接的に人類の危機を高めるからです。次に詳しく述べていきます。
どれほどの気温上昇が考えられるのか
温暖化が進むほど、気候変動の影響はますます大きくなると予想されています。
気候変動が直接人類絶滅を引き起こすかどうか知るために、まずどのくらい気温が上昇するのか知る必要があります。またそれを知るには、今後どれだけの温室効果ガスが排出され、その排出量をもとにどれほどの気温上昇が引き起こされるかを把握しなくてはなりません。順に確認していきましょう。
検証:どれほどの温室効果ガスが排出されるか
IPCCの第6次評価報告書では以下のような具体的シナリオが検討されました。
・COP21のパリ協定で定められた気温上昇を1.5℃に抑えるという目標を達成した場合(SSP1-1.9シナリオ)
・十分な措置がとられ、2℃の気温上昇にとどめられた場合(SSP1-2.6シナリオ)
・控えめな努力の結果、CO2削減量が目標に一歩届かなかった場合(SSP2-4.5シナリオ)
・各国が経済成長を競い合った場合など、幾つかの方針が覆され温暖化が進行した場合(SSP3-7.0シナリオ)
・方針が大きく覆された場合。安価な再生可能エネルギーが存在していながら、世界が急成長のために化石燃料を使用した場合(SSP5-8.5シナリオ)
これらは最も現実として考えられるシナリオと言えます。しかしもっと極端なシナリオはどうでしょうか。文字通り、埋蔵されている化石燃料をすべて使い切ってしまったら──?
IPCCの推定では、地球には18,635GtC(ギガトン炭素)もの化石燃料が眠っているとのことです。5
幸い、現在の採掘技術では全ての化石燃料(特に石炭)を取り出すことはできません。すなわち、どれほどの化石燃料が地球に存在しているかではなく、未来の技術でそれがどれほどが回収されるかが問題です。
確認できる中で最も高い推定は2,860 GtGです。6
3,000GtGものCO2が大気中に放出されると、大気中のCO2濃度はおよそ2,000ppmとなります。(なお、産業革命前のCO2濃度は278ppmで、現在は415ppmです。)7
その結果どれほど温暖化が進むと考えられるのでしょうか?
温室効果ガスによる影響は、排出後数十年後から数百年後にやってきます。また放出された炭素の総量に応じて温暖化の程度が実際に決まっていきます。
しかし、温室効果ガスの量により実際の気温上昇率を予測することは、フィードバック・ループの影響もあり困難です。
フィードバック・ループの例について言うと、金属を十分に加熱すると赤く輝きを放ちますが、これより低い温度のものでも、実際は赤外線を放っています。なので、赤外線カメラで人物を見ることができます。高温のものほど放射されるエネルギーは大きくなる(黒体放射と呼ばれます)のです。地球の温度が上がるとより多くが赤外線として宇宙へと放射されることとなり、結果、排出による温暖効果は小さくなります。
逆に事態を悪化させるフィードバック・ループもあり、以下に紹介していきます。温暖化の問題では、最悪の展開には臨界点が関連してきます。例えば、一定量の温室効果ガスが放出され、フィードバック・ループが起き、大変深刻な気温上昇が永遠と続いていくことです。
暴走温室効果
一説によると、暴走温室効果により更に著しい気温上昇が起こる可能性があります。
このように予測できる理由は、著しい気温の上昇が以前金星で起きていたと考えられているためで、金星が誕生して間もない頃は、そこは大きな海に覆われ人の住める環境だったかもしれません。しかし(太陽−地球間より)太陽に近い位置で形成されたため、わずかな温度上昇により、海が次第に干えあがってしまいました。水蒸気は温室効果ガスとして地表を温め、さらに水分が蒸発し、地表温度が462℃に達するまでとなり、人が住める環境から鉛が溶けてしまうほどの高温な世界へと変わっていきました。
幸い、ほとんどのモデルでは人為的なCO2排出により金星のような規模の暴走温暖効果は原理的に起こり得ないとされています。8
また仮に地球上のすべての海水が宇宙空間へと失われたとしても、その過程に何億年もかかると思われていることから、その間に事態を食い止めるか、生きぬくための他の道を探し出すことができると思われます。(その間人類が別の原因で滅亡しなければ!)
雲フィードバック
ある研究では、大気中のCO2濃度が1,300ppmに達すると(残念ながら最悪のシナリオ内では起こり得ることです)、海の大部分を覆い、陽光を宇宙へ跳ね返す雲が崩壊する可能性があることを明らかにしました。
ただ、多くの科学者たちはこのモデルはあまりに単純なもので信ぴょう性に欠けると考えています。
見解が分かれるとは言え、このモデルが正しければ、CO2の濃度が1,300ppmに達したことにより6〜7℃の温暖化が起こり、さらに雲フィードバックによって追加8℃の上昇が予想されます。こうなると、以下のような極端な領域に入っていくことになります。
メタンハイドレード
メタンハイドレードとは個体の水分子の結晶内にメタンが含まれた物質で、基本的に氷の中にメタンが閉じ込められたものを指します。海底には大量のメタンハイドレードが存在しています。
海洋が温められるとこれらは溶けてしまい、大量のメタンが大気中に放出されると考えられています。
IPCC第6次評価報告書では、メタンハイドレード1,500〜2,000GtG(CO2相当分)が含まれると推定しています。これまでに排出されたCO2のおおよそ2倍に値します。その量が排出されるまでに数世紀または数千年かかると予想されるため、様々な変化に適応するための相当な時間があると考えられています。
IPCCは2〜3世紀内にメタンハイドレード由来の温室効果ガスによって温暖化が大きく進行する可能性は低いと見ています。9
メタンハイドレードによるメタン放出についてはあまり研究が進められていないため、わかっていない点が多く、このことが気温上昇予測の不確実性を全体的に高めています。
永久表土の融解
北極圏やその他寒冷地帯には、永久表土が存在しています。IPCCの推計によると1,460〜1,600GtG相当のCO2(あるいはそれに等しい他の温室効果ガス)が含まれています。10
すでに永久表土の一部は溶け出し、そこから温室効果ガスが放出されています。
氷の融解が急激に起こると、閉じ込められている温室効果ガスは最大半分が直ちに大気中に放出され、残りは数十年かけて徐々に放出されます。
IPCCによると、気温が1℃上昇するごとに永久表土から18GtC※ものCO2が放出されます。(※5%で42ギガトン、95%で3ギガトンの90%信頼区間を含む)このモデルの上限では最大600GtCのCO2が永久表土から放出されさらに1℃の上昇を招くため、人為的な気温上昇も合わせ、合計で7℃の上昇が予測されます。
まとめ:気温変動による気温上昇幅は?
私たちの温室効果ガスの排出量を前提として、地球がどれほど暑くなるのか知る必要があります。11
気温上昇幅を予測する上で、変化の下限値は存在しており、つまり気温が上昇することは事実上間違いありません。12
第6次評価報告書では、前述のシナリオ(パリ協定の目標を達成したものから、極端な化石燃料の使用を想定したものまで5つ)に基づいた、気温上昇を推計しています。
棒グラフの上部は中央値。その先に延びる線は90%の信頼区間を示している。
グラフ内の推定値には、フィードバック・ループなど未知の領域(詳細は後述)を考慮してはいるものの、信頼区間は90%となっています。それは、(大まかに言えば)10%の確率でそれぞれのシナリオの気温変化が細線(信頼区間を示す)を上回ったり、下回ったりする可能性があることを意味しています。
IPCCが提示している最悪のシナリオより、さらに悪いシナリオ(使用可能な化石燃料を全て燃やした場合)では、6分の1の確率で、2100年までに9℃を超える気温上昇が起きる可能性があります。13可能性としてはかなり低いにしても、実際に起こり得ることで、これは最悪の雲フィードバック・ループを起こす引き金となります。
すべてを鑑みると、産業革命前と比較して13℃ほどの気温上昇することになります。雲フィードバックによる劇的変化が起こった後、数年〜数十年の間に13℃上昇し、その後数世紀、数千年後と温暖化が続くかもしれません。13℃の上昇はかつてない規模の人災となるでしょう。
私たちの知る限り、13℃の上昇はとても考えにくいとされています。また、モデル予測の温暖化が実際は人類が適応できないようなスピードで進むことも考えられます。14
これより温暖化による熱ストレス、海面上昇、農業の崩壊が単体で人類を全滅させる危険があるかどうかそれぞれ検証していきます。
温暖化がもたらす暑さは人類の生存を危ぶか
気温が高くなり過ぎると、人間の身体はたとえ日陰にいても数時間と持ち堪えることができません。湿度の高い熱帯地域では発汗で身体を冷やすことができなくなるため、さらに危険な状態に陥ります。
暑さが厳しくなると、一年を通してほとんどの間、地球の大部分は、人が暮らしていくことができない環境となってしまいます(これは、少なくとも屋外や空調を使用しない場合です)。こちらのマップには、7℃の上昇を前提として、各地の地表温度が35℃を上回る年間日数が表示されています。7℃を上回る温暖化が起きた際、命にかかわる暑さとなる危険のある地域はどこか全体を見渡すことができます。15
12℃上昇すると、現在人々が暮らす大部分で、年間で少なくとも2〜3日が命に関わる暑さとなります。16 13℃上昇すると、熱帯地域では一年の半分以上、現在温暖な地域では約半分、屋外での労働ができなくなります。
しかし、雲のフィードバックが起きても、この温度帯に到達するまで数十年かかります。最悪のシナリオから予測される通り甚大な犠牲や苦しみがもたらされたとしても、頑丈な建物を建築したり、空調を行き渡らせたり、より涼しい地域に建物を立てたりして適応すれば、人類絶滅は避けられる可能性が高いと思われます。
また、13℃の温暖化に伴う変化に適応できなくともなお、居住可能な土地は多く残されていることから、気温上昇が人類絶滅の直接的原因になることは考えにくいでしょう。可住地は減るものの、文明は存続するでしょう。
世界は水没するのか?
IPCC第6次評価報告書によると、産業革命から5℃温暖化が進んだ場合、2100年までに約1mの海面上昇が、最悪のシナリオでは最高2mまでに及ぶことが予測されています。
下の地図は、気温上昇が5℃に達した場合、2100年までに満潮時海面下となる地域を示しています。これは95%最悪のシナリオ(海面上昇を抑制し得るさまざまな作用も示唆されていますが、それらがほぼ起きないものと想定したもの)に基づいたものです。
海面上昇をモデル化することは困難であり、実際の影響規模は不確実性を極めます。数世紀後には上昇幅はさらに増大する可能性もあります。IPCCによると温室効果ガス排出量が最も多いシナリオ下では、6℃の気温上昇によって「(2300年までに)15mを超える可能性も否定できない」とのことです。
13℃の気温上昇の計測モデルはまだ確認できていませんが、上限として極地の氷が完全に溶けた場合どうなるか考慮することは可能です。これまで発見できた最大の推定では約80mの海面上昇が予測されていました。これは、50つの世界主要都市が浸水することを意味しています。しかし、多くの広大な土地は浸水を免れます。
住宅施設や洪水制御などのインフラ整備を行うことで、熱ストレスと同様、このような変化にもおそらく適応することができます。また、海面がこのレベルに達するまでに数世紀の時間を要することから、適応は比較的容易だと思われます。
とはいえ、1mの海面上昇が発生した場合、適応策を講じなければ、約5億人が家を失うこととなります。ただし、洪水防止の整備など対策を行うことで、被害を大きく縮小することができます。IPCCによると、2mの海面上昇が起きた場合、移住者数は実際のところ数十万人であると推定されています。これは5億人を大きく下回る数字です。
このような適応が可能だと思われているのは、海面上昇に適応した事例があるためです。東京では地盤沈下が続き、20世紀中に4mの実質的な海面上昇、年間4mmのペースの海面上昇を経験したことになります。17 これはIPCCが提示する最悪のシナリオのレベルにほぼ一致します。
海面上昇は、発展途上国をはじめ、多大な苦しみを与え、社会的混乱を引き起こします。また、対策には莫大な費用がかかることが予想されます。IPCCは4〜5℃の温暖化で世界のGDPの1%が洪水対策に割かれると見ています。
しかし、熱ストレスと同様、海面上昇も人類の存亡リスクとはなりません。
気候変動で農業は崩壊してしまうのか
IPCCの『気候変動と土地』特別報告書によると、2050年までに気候変動の影響でさらに何億人もの人々が飢餓に直面する可能性があることを報告しています。
ハリケーンや干ばつのような異常気象に加え、気温・降水量・その他気象の変化が食料の生産性に大きな打撃を与えると予想できます。
気候変動の影響にはプラスの面もあるかもしれません。例えば、現在寒すぎて食物が育たない地域での農業が可能になることです。これにより負の影響を完全に打ち消されることも考えられます。
温暖化が深刻になればなるほど、気温は農業に直接影響を与えます。
植物はある一定の気温を超えると、生育に不可欠な作用(光合成や呼吸)が停止してしまいます。
10℃以上気温が上がった場合、インドやインドと似た気候の地域では農業が成り立たなくなる可能性があります。
また、極端なシナリオでは、降水量の大きな変化が農業に甚大な被害を与えます。以下の図には排出量が多いシナリオに基づいた2050年までの世界各地の降水量の変化を示しています。18
https://dipika.carto.com/builder/0c5487d7-ba8a-41f8-909c-50cd790304d2/embed
(一般的に、降水量や異常気象の発生頻度など気候変化の予測は困難であり、モデルにより大きな差が見られます。これらの図もあくまで参考程度に捉えてください。)
しかしこのような災難が訪れても、農業生産性を向上させることによって適応ができるはずです。技術発展は大量生産を可能とし、数世紀の間に食料価格はぐんと低くなりました。
このような著しい発展が土台にあり、そこへ気候変動の影響を受けることになります。仮に大幅に気温が上昇したとしても、それまでに数十年、数世紀の時間があることから、IPCCは食料安全保障に係るリスクを緩和し、気候変動の影響に対処できると見ています。
ある専門家と対話したところ、13℃の温暖化が起きた場合、干ばつや農業被害による死者は何億人にも上るだろうという予測をしていました。しかしこの恐ろしいシナリオでさえも、人類の全滅やそれに近い壊滅的状況には遠く及ばないのです。
極度の気候変動の生物多様性への影響
気候変動により生態系システムが崩壊する可能性はあります。多くの道徳的価値観は本質的に生物多様性を重んじていますが、そうしたものを抜きにしても、生態系の崩壊は人間や人間以外の動物に別の形で影響を与えます。
絶滅リスクの予測値はさまざまですが、最悪の場合、今世紀半ばまでに最大40%の生物種が「絶滅の危機に瀕する」ことが予測されています。19
極度の気候変動は生物多様性に深刻な影響を与えるでしょう。人類に有益さをもたらす意味での生物多様性への影響はどうでしょう?多様性が失われることで極度の温暖化による農業への被害をさらに悪化させるのでしょうか?これについては食物連鎖において重要な役割を果たしている生物種の存在が焦点となります。例えば、既に個体数が減少している送粉者が絶滅に追い込まれるかもしれません。しかし、複数のモデルによると、送粉者が存在しなかった場合、農業の生産性は1割ほど(しか)落ちないと試算されています。20イギリス・ケンブリッジ大学生存リスク研究センター(Cambridge Centre for the Study of Existential Risk)のKareiva氏とCarranza氏はこの点についてさらに調べを進め、生態系の崩壊が人類を全滅に導く可能性は低いと結論づけました。21
もちろん、生物多様性は新薬の開発などの他にも多くの場面で人類に恩恵を与えていますが、全体的にみて、生物多様性の消失が文明崩壊を招くことはないと思われます。
まとめ:気候変動が(ほぼ確実に)人類滅亡の直接的原因とならない理由
現在の政策を着実に実行すれば、おそらく2100年までに2℃〜3℃の温暖化が到来することになります。また、現在の削減目標が覆される恐れもあります。例えば、エネルギーを大量消費する真技術が開発され脱炭素化が難しい産業部門が急成長したり、大戦争の勃発によりCO2排出に拍車がかかることなどによって、それが起こるのです。
それよりも更にひどいシナリオでは、安価な再生可能エネルギーを脇に置いて、より高価な化石燃料を使い続けます。非常に考え難いとは言え、最悪のシナリオでは、人類は回収可能な化石燃料を全て使い果たし、7℃の温暖化を引き起こしてしまいます。
また、可能性としてはごくわずかではあるものの、現在目標として定める量を超えて急速に化石燃料を燃やした場合、臨界点を超え雲フィードバックが引き起こされることも考えられます。この場合、13℃の温暖化に繋がります。
これらはかつてない規模の人為的災害となるでしょう。しかしこのような状況下でも、人々が暮らせる冷涼な気候下の土地があり、それらはすべて海に埋もる訳でもなく、また多くの地域で食物を栽培することができます。つまり人類は生き残ることができます。
しかし、このような結論は、不確実性を十分に考慮しているものと言えるでしょうか?
これまでの知見をもとに将来を予測を試みる際は必ず、まだ知らないことがあり、それらが想定を超え悪い事態に至らせることもあることを心得ておかなくてはなりません。
前述の通り、私たちがこの先どの排出量のコースを進むかは不確実であることの一つです。この不確実性と極力向き合うために、私たちは最悪のシナリオ(使える限りの化石燃料を使い切った場合)を含む幅広いシナリオを考慮に入れてきました。
また先ほど構造的不確実性についても触れてきました。それは、地球温暖化のメカニズムはまだ完全に解明されておらず、予測には不確実性が伴うということです。例として、今後数世紀でメタンハイドレードがさらなる温暖化を引き起こすのか未だわかっていません。
IPCCの第6次評価報告書では、Sherwood氏らによる気候感度の評価を土台とし、構造的不確実性や未知の未知の領域について考察されました。それらの結論を簡潔にまとめると、すべての証拠が一方に偏ることは考え難い、というものでした。温暖化を促進すると仮定する一方、反対に抑制効果があるという仮定してみることができるということです。22
即ち、現在未知なる事柄はお互い打ち消しあう事を想定すべきで、一方の方向性にこれが傾く事は考えにくいと思われています。
いくつか注意すべき点があります。
・温室効果ガスの排出量が多ければ多いほど、IPCC報告の前提条件から遠ざかることとなります。実際、排出量の見込みに対し大きなずれが発生した場合、非常に悪い状況へ発展する可能性があります。(ただし、前提から大きく外れることはないと思われます)。
・他にもどのような変化が起こるのか多くの不確実性を含んでいます。例えば、海面上昇率や降水パターンの変化などは予測が困難です。(しかし、これらを考慮してもなお、人類が絶滅する直接のリスク増大に繋がるとは考えていません)。
全体的には、その他フィードバックなど現在知識が不足している領域があるにせよ、そのことが事態を急激に悪化させる可能性はごくわずかだと思われます。
よって、気候変動による気温の変化が、人類を直接滅ぼす可能性に非常に低い(100万分の1より小さい)と私たちは考えています。
気候変動の間接的影響から見る人類存亡の恐れ
これまで気候変動の直接的影響により人類が全滅する可能性は極々低いと述べてきました。
しかし気候変動はその他脅威を増大させ、間接的に人類への危機を高めてしまうようです。
ここからは、「気候変動が人類絶滅リスクを増大する」という主張内に見られる一般的根拠を取り上げ、それらが実際にどの程度寄与しているのか、私たちの考えを述べたいと思います。
気候変動により人口の大移動を招き、社会的不安をもたらす
前述のとおり、気温上昇や海面上昇は、人々の生活できる場所に多大なる変化を及ぼします。またその他要因(農業への影響など)からも、生計を立てるためにますます多くの人が移住することとなります。
IPCCの第5次評価報告書は、0.5m以上の海面上昇(国が予防策を講じない場合)で7200万人が、2mの上昇(IPCC最悪のシナリオに相当)で、世界人口の2.5%が移住余儀なくされることを示唆しています。これらは予防策が講じられなかった場合の推測であり、堤防建設など適切な備えで移住者を50万人以下に減らせると考えられています。
極度の温暖化は大規模な移住に繋がります。6℃の温暖化で、温暖な地域では空調なしで生活することができなくなり、これにより数億人の移住者が発生する可能性があります。
人口の大移動は移住先の資源の枯渇や地域的紛争を招くとよく言われます。また、移動先で感染症の蔓延や政治的緊張の高まりの懸念が拡大すると言っていいでしょう。ですが、これらの影響の大きさを推測することは困難であり、そのことが他国へどう波及していくか先行きは不透明です。
これがどのように人類全滅のリスク増大へつながるのでしょうか。最も可能性が高いのは、紛争が頻発し、大国間の武力衝突へと発展することです。これは人類全滅に関わる重大リスクです。
ここから直接、大国間の武力衝突について述べたいと思います。
気候変動により世界の争いが増加する
既に見受けられているように23気候変動は明らかに経済的影響や移民危機、資源不足を引き起こすため、気候変動を原因とする紛争が少なくとも部分的に発生する可能性は高いと言えます。
これらの多くは政治社会的に不安定であり、且つ気候変動に脆弱な地域で起こると考えられています。(IPCCの第5次評価報告書ではアフリカ地域の紛争に焦点をあてています)。
より規模の大きい争いが起きる可能性もあります。気候変動により、ロシア、中国、インド、パキスタン、EU諸国、アメリカなどの国益が著しく損なわれた場合、大戦争に発展してしまうかもしれません。これらの国々において、移民危機、熱ストレス、海面上昇、農業環境の変化、経済的影響の広がりなどが争いに変化をもたらす可能性があります。
全て推論にすぎませんが、真剣に向き合ってみる価値があるでしょう。
紛争状態に陥れば、国家間の協力をさらに困難とします。紛争は危険な軍事拡大を助長し、これが大国間で起きた場合、さらに危険な状況となります。これが、特に大国間の争いが人類の存亡リスクを引き上げると考えられる理由です。
気候変動によるその他の社会的混乱
以下のように、他にも様々な経路で、気候変動は社会に揺さぶりをかけます。
・農作物生産高の落ち込みなど経済動向の変化による税収減は、政治権力者の行動を制限してしまう。結果、相対的派閥勢力が強まり、政権交代が起きやすくなる。
・気候変動の影響で収入の見通しが立たず、絶望感や暴力が生まれ、混乱や内戦の原因となる。
・気候変動による苦難から、国民が(正しくも正しくなくとも)政府非難し、政情不安が高まる。
大災難を回避するために、ソーラージオエンジニアリングなど 不安定な効果を生み出しかねない技術開発に追い込まれるかもしれません。しかし、これ自体で大きなリスクを背負うことになります。技術の安全性を確かめようとしても、地球規模の実験はほぼ実行不可能であるからです。また仮に天候操作が実現したとしても、干ばつや降雨の誘発を巡って国家間(または国内)の対立する可能性があります。
まとめ:気候変動による地球規模の壊滅的リスク
核戦争やパンデミックなどの人類に対するリスクは、特定の集団や国だけを脅かすものではありません。有望な改善策を講じるにあたり、国際的協力が求められることに今さら驚くこともないでしょう。
人類に一丸となってリスクの軽減を目指す能力が備わっているのなら、そうなることを期待しています。さもなければ地球規模の大災難に直面します!実際、各国が協力できるかどうかは死活問題なのです。
しかし、残念なことに気候変動の影響は人類が協力する能力をむしろ弱めてしまうようです。
例えば、気候変動による資源不足(特に水資源)による大勢力衝突の可能性が指摘されています。特に、大勢力が火種を散らし核の脅威が繰り返し利用されたカシミール地方での情勢が懸念されています。(ここではインド−パキスタン間の衝突を指します。両国とも衝突を避けたい意向です)。これが正しいかはわかりませんが、まったくあり得ない話でもありません。
不安定さはテロ組織などの一組織が大破壊を企てるリスクを高めます。このような悪意をもった攻撃により地球規模の生物大破滅が起き、死に絶えることは恐れられている結末の一つです。
特に人工知能の領域において、著しい技術開発が繰り広げられていることから、二十一世紀は人類史上最も重要な時期となるかもしれないと私たちは考えています。もしこれが正しければ、技術開発の行方を注意深く見守る必要があるでしょう。予測外の数々の出来事に遭遇すると思われますが、その多くが気候変動によってもたらされることでしょう。問題が深刻化すればするほど、予測はますます困難を極めます。これだけでも気候変動問題にキャリアを捧げる十分な動機を与えてくれるかもしれません。
そうは言うものの、人類の存亡リスクとしてはまだ小さい方だと言えます。気候変動自体が100万分の1の絶滅リスクを孕んでいるとするならば、気候変動が間接的に他のリスク高める貢献度は(多くて)数桁高く、1万分の1ほどだと私たちは推測しています。24
気候変動は人類が危ぶまれる諸リスクを引き上げますが、人類が気候変動により滅びるより、生き延びることの方が格段に可能性は高いと思われるのです。
「人類全滅」以外の惨事の可能性を検証する
気候変動の影響で(直接的あるいは間接的に)人類が絶滅する可能性はかなり低いとしても、世界人口の一割以上が命を落とす等、世界規模の災いを引き起こす危険はないのでしょうか?
この可能性については深く追究できていませんが、人類は全滅しないだろうとと結論づけた同じ理屈で、そのような規模の惨事が起きる可能性も低いと言うことができると考えています。手短に言うと、最悪のシナリオでも、人類の多くが生活できる土地が残され、そこで食物を栽培できるのです。
最悪のシナリオ上位1%を考慮した場合にも、早死者が10億人を上回る可能性は極めて低く、それも一世紀以上の時をかけて、その経過を辿ることが予測されています。一瞬の破壊的出来事で無数の命が奪われるのではなく、経済活動の低迷などの影響が徐々に広がると考えられています。しかしながら、この間に計り知れないほどの命の犠牲や苦しみが生まれることから、世界のリーダーたちにこのようなことが決して起きないよう行動をとることを期待しています。
このように緩やかに進行する問題については一般的に適応しやすいと言えます。つまり、核を用いた総力戦のような、瞬時にすべてを破壊し人類が永久に回復できないような事態を引き起こす危険は小さいということです。
繰り返しますが、ここでも間接的リスクの大きさは無視できません。例えば、気候変動の影響で国家間の緊張が高まり、このような総力戦が起こるかもしれません。
まとめると、気候変動が10億人またはそれ以上が命を落とすような人類滅亡に近い惨事を引き起こす可能性はとても低いと考えています。
気候変動のその他の長期的影響
人類が二、三世紀は生存し続けることに確信を持っている読者の方は、私たちが人類全滅の危機に集中することに賛同いただけないかもしれません。それでも世代を超える長期的影響について疑問をお持ちかもしれません。
二酸化炭素は大気中に何千年と漂い続けるため、排出を停止した後も何十万年と温暖化は続き、人間社会へ悪影響を及ぼし続けるでしょう。
例えば、この先百年で海面が1m上昇してしまった場合、一万年後にはそれが10mに及んでいるかもしれません。
現世代で人類全滅を免れ、人類が地球に存続することになっても、人類は長い時をかけて気候変動と闘い続けることとなりそうです。
加えて、気候変動が深刻なレベルに達した場合、それはおそらく人類がすべての化石燃料を使い果たしてしまったことを意味するでしょう。つまり気候変動の影響というよりは問題回避のため化石燃料を使用しないよう十分な行動をとれなかった人類が招いた結果ということになります。人類が化石燃料を使い果たし、気候変動やそれに伴う災害を引き起こしたとき──そこへ地球規模の(別の)災いが降りかかってきたら──文明は崩れ落ち、回復はますます困難となるかもしれません。
というのも、化石燃料は最も豊富で最も使いやすい燃料の一つであるからです。想像してください──例えば、核の世界大戦が勃発し、核の冬が到来したら?人類は100年かけて蓄積した技術やノウハウを失うまいと必死になるでしょう。そのような局面において、社会を再建するために化石燃料は極めて重宝するに違いありません。その前に化石燃料を使い果たしてしまったら、このような再建は叶わないかもしれません。(詳しくは80,000 Hoursのポッドキャスト: Why global catastrophes seem unlikely to kill us all ゲスト:Luisa Rodriguezをお聴き下さい。)
気候変動に取り組むか、別の課題を優先させるか。
世界にはまだまだ注目されるべき問題が山のようにあります。気候変動もその一つですが、他に人類の存亡に係る物質的破壊が危惧される壊滅的なパンデミックや核戦争などの問題も挙げられます。
もしあなたが私たちと同じように、キャリアを最大限活かして可能な限りの社会的効果を追求することを望み、人類の存亡に係る脅威を減らすことを再優先事項であると考えている場合、これから何に焦点を当てていけば良いのでしょうか。
気候変動に取り組む理由
これまで伝えてきたように、人類の存在が危ぶまれるリスクではないとしても、気候変動は、地球上の現在そして未来の命にかかわる非常に重要な問題であると言えます。問題の深刻化に伴い、多くの生物多様性が失われ、多くの人が祖国を離れ、生計が破壊され、社会混乱が起きます。これだけでも問題解決に取り組む十分な理由になります。
しかしながら単に「重要だから」というだけでは決定的な理由とは言えません。80,000 Hoursの推奨する枠組みから世界の問題の比較ができます。これに照らし合わせると、さらに検討すべき事柄がわかります。
・気候変動はどれほど対処しやすい問題なのか。
・気候変動への取り組みは怠られている状態にあるのか。(それとも十分に認知・注目され、取組みが進んでいるのかどうか。)
・他の選択肢(気候変動以外の問題に取り組んだ場合)と比較してどうか。
気候変動は、世界が抱える問題の中でも、稀に取り組みやすい問題だと思われます。その理由は、温室効果ガスの排出量など成功度合いを測る明確な尺度があることと、豊富な経験に導き出された有効策があるということです。つまり物事を前進させるための道しるべがあります。
気候変動に取り組む機会は豊富にあります。ヨーロッパ諸国、および米国内に住む人々は気候変動を二十一世紀の最重要課題の一つだと捉えています。政府、企業、学術界など幅広くアプローチすることができるでしょう。
権威ある役職を勝ち取ることができれば、必要とされる資源を充てる判断を下すこともできるでしょう。
しかしながら、多くの人がこの課題を重視していることから、効果が絶大で実行に移しやすい解決策は既に実行されている可能性があります(後に詳しく)。
重要でありながら、比較的取組みが進められていない分野も存在しています。気候変動とその他人類の存亡リスクの相互性についてはあまり研究が行われていません。またクリーンエネルギーの技術開発は、多額の投資が行われているもののその重要度の割には取り組みが進められていないようです。
あなたが気候変動に取り組むことで、多方面で良い影響を与えられるかもしれません。化石燃料への依存度が減少すれば、毎年100万人の死者を生み出す大気汚染を削減できるかもしれませんし、極度の温暖化に備え働きかけることが、将来の世代を思いやることなど社会性の高い価値観を間接的に広めていくことにつながるかもしれません。また、気候変動の効果的緩和策を追求することで、世界の問題を対処する上で役立つ情報を後世に手渡すことができるかもしれません。
気候変動をキャリアに選ばない(気候変動以外の課題に取り組む)理由
・他の問題ほど、社会で見放された状態にないということ
全体として大いに注目を集め、多くの財源も集まっているようです。特に、世界の抱える切迫した諸問題と比較して注目度が高い分野です。
米国の連邦予算には、2021年の気候変動対策費として約230億ドルが計上されています。英国では、2021〜22年会計年度で、40億ポンドの支出がありました。財団の支出は年間数億ドルです。25慈善団体による出資は年間50〜100億ドルです。これに加え世界中の多くの企業や大学が、一般的な気候変動の研究や排出量削減の技術開発に取り組んでいます。独立非営利団体・Climate Policy Initiativeによる2020年の気候変動関連費用は6,000億ドル超です。
これに対し、バイオセキュリティー全般に年間30億ドル、大規模のパンデミック対策に約10億ドル、AIによるリスク軽減に対しては1,000万ドルから5,000万ドルの予算となっています。26
既に人々が取り組む問題の領域ではそこに加わり新たに貢献を果たすことはさらに難しくなります。
・気候変動以外のリスクの方がはるかに危険であるということ
気候変動が深刻な問題であることは言うまでもありませんが、気候変動以外にも人類の長期的繁栄を危険に晒すリスクがあるのです。
人類の絶滅リスクについて研究する専門家は、気候変動よりも核戦争、大国間の紛争、危険な機械学習やバイオテクノロジーの発展など、これらすべてが人類を全滅させかねない重大なリスクであると考えています。
私たちの考えもこれに概ね同じです。
これまで述べてきたような理由から、気候変動は人類に対する重大なリスクの危険因子であり、優先されるべきだという考えをお持ちかもしれません。合理的な見方だと思います。
ですが、このようにも考えてみることができます。直接的な脅威もその他のリスクを引き上げることはよくある現象です。例えば、パンデミックは地政学的緊張を生み、地域紛争のリスクを高めます。その他にも、特に人為的パンデミックや逸脱したAIは特にリスク因子であると同時に、人類の直接的な脅威となるでしょう。
もしもあなたが、私たちと同じように、今人類はまさに危機に直面していると考え、またその上で、気候変動が最も重要な課題であるという考えを持っているとしたら、それは他の直接的なリスクよりも気候変動による危険が大きいと結論づけたということになります。私たちはその可能性は低いのではないかと考えているのです。
とは言っても、他にも考慮すべき点があります。特に対象分野における個人の適性です(これまで他のどの課題よりも気候変動に適性を持った人々と話をしたことがあります)。これまでの経験から言うと、多くの人は少し訓練の経験を積めば専門外の領域にも貢献できる能力を持っていながらもそれほど自信を持っていないようです。また、様々な役割・職種についても人々は自身を過小評価する傾向にあり、それが様々な問題の領域において、本来能力を発揮できる職種があるにも関わらず、可能性を広く追求することの妨げとなっているようです。
私たちも、人類の存亡リスクを軽減することは重要であり、気候変動がこれら脅威を増大させる性質があることを認めています。しかしながら、人類の未来の安全を守ることに関心を持っている方には、より重大で且つ直接的な脅威に専念することを勧めています。
今後多くの人が気候変動の解決に取り組むことを念頭に(私たちは多くの読者の方がより直接的な脅威を優先することを願っていますが、気候変動に取り組む人が増えることを願う気持ちに変わりはありません)効果的に行動に移すための考えをお伝えしたいと思います。
気候変動に取り組むための最も良い方法とは
気候変動をはじめとする環境問題の取り組みとして、一般的に行われている対策は実はそれほど役に立っていない可能性があります。
例えば、有機農業を推奨することによって農地が拡大することは、一般的な農作法よりも排出量を増やすことに繋がります。またCO2排出量を減らすための取り組みとして盛んに地産地消が支持されていますが、輸送由来の排出量比率は微々たるもので、食産地よりも何を消費するかがより重要なのです。
政府の政策についても同様のことが言えます。世界各国の政府は使い捨てのビニール袋の使用を抑止するために、繰り返し使える代替品を奨励してきましたが、この対策はむしろ排出量を増やす結果を招いてしまったのかもしれません。
効果はあっても高額な費用(大気中のCO2の回収又は排出を食い止めるために1トンあたり100ドル、もしくはそれ以上のコスト)がかかってしまう対策もあります。例えば、植林は一見有効的な対策のように思えますが、木の成長には長い年月がかかり、始終山火事のリスクに晒され、土地の支払いも生じることなどから、温室効果ガスを減らす方法としてはコストが高いと言えます。
より高い費用対効果が見込まれる排出量削減法を紹介していきます。
その前に一点念押ししておきたいのが、私たちは「個人のCO2排出量」はそれほど重要ではないと考えています(むしろ強調しすぎることはかえって重要な点を見落しに繋がります)。個人の努力で排出量を半分削減することに成功した場合、それは年間で2〜10トンのCO2削減につながりますが、注意深く寄付先を選択し、例えばFounders Pledge気候変動基金などへ寄付を行った場合、10ドル程で個人努力の削減量を上回る計算になります。
キャリアを通じて気候変動に取り組むことができれば、それはさらに良いことかもしれません。
何をすべきか?──思考のヒント
気候変動への効果的な取り組みを考えるにあたり、その支えとなったポイントが幾つかあります。
一つ目に、欧州・北米地域のCO2排出量は減少しています。27その他の地域では増加しています。
発展途上国では一人あたりのエネルギー消費量は少なく、これらの地域では生活水準の向上のためにエネルギー消費をむしろ増やしていくことが求められます。28貧しい国々に住む人々に必要なのです。
したがって、生活水準に損害を与えず、世界中の排出量削減していかなければなりません。これは実行可能な介入策に制限をかけることとなります。
二つ目に、協力が欠かせない解決策は実現が難しいということです。これは個人・国レベルの両方に当てはまります。
排出量削減努力によってもたらされた利益は個人よりも全体に行き渡ります。アメリカがネット・ゼロを達成した場合、気候変動による被害が減少しすべての国がその恩恵を受けます。ですが、当事者は支払った費用の一部の利益しか享受することができません(全ての費用を負担した関わらず、です)。このような理由で、国も個人も本来必要な努力を怠ってしまうと考えられるのです。
ですからCO2削減のために個人に節電に協力してもらう手段をあれこれ模索していくより、新技術の開発・展開に専念するほうが成功の確率が高いと思われるのです(不都合な要素が減り、協力の問題も回避できます)。発明を売り出して利益を獲得することができるため、開発側にはほとんど経費が生じないことになります。
低排出や排出量ゼロの技術開発は、問題解決への大きな推進力となる可能性を秘めています。
三つ目に、気候変動解決には莫大な資金が投じられていますが、重要な点が見過ごされている可能性があります。
前述のとおり、気候変動には年間6,400億ドルが投じられており、世界の問題と比較しても、見過ごされた分野ではないことをお伝えしてきました。
重要でありながらおろそかになっている領域内の課題を特定し、そこへ資金が投入されるように呼びかけるか、または優先順位の変更を呼びかけることで、社会に大きな影響を与えることができます。予算内で配分を微調整するだけでも、多額の資金を充填することに繋がります。
グリーンテック革命による温室効果ガス排出の削減
私たちは、グリーンエネルギーの研究開発が、温室効果ガスを削減する最も有望な対策の一つでないかと考えています。
グリーンエネルギーは驚くべきリターン実績を持ち、一国にとどまらず他国の問題解消できる可能性を秘め、また人々に行動を取るよう説得する必要もありません。車の利用を控えるよう要請することは必然的に個人負担を強いることになります。一方で、排出量ゼロの自動車を開発すれば、その選択に頼らずに済みます。
今や再生可能エネルギーが化石燃料より安価であることが多くなってきました。これがヨーロッパとアメリカでCO2排出量が減少している一番の理由かもしれません。
最大限の社会貢献を達成するには、世間であまり知られていない技術に注力することをお勧めします。そうすれば、誰かが着手しなければ実現しない、あるいは軌道に乗るまでかなり時間を要するであろう分野を後押しすることができます。
例えば、自動車のCO2排出量はセメント工場の排出に対して約四倍の規模です。しかし自動車の排出量はセメントの四倍どころかそれをはるかに上回る注目を集めています。つまりセメント製造をグリーン化することで、大きな変化が起こせる可能性があります。「低い位置にぶら下がっている果実を摘み取る」ように、あまり力をかけずに大きな効果を生む可能性のあるアプローチを私たちは推奨しています(私たちの技術職に関するプロファイルもご覧ください)。
同様に高温岩体発電(hot rock geothermal)の開発は太陽光や風力発電の開発よりも大きな効果を生む可能性があります(この研究に取り組む人が少ないため確信はもっていません)。
エネルギー効率を高める技術にも着目する価値は大いにあります。例えば、断熱性の高い建築物の価格を下げることなどが考えられます。また既に開発された技術についても、普及拡大を妨げとなっている物事(例:コストカットなどの努力が怠られている等)に目を向け、それを取り除くための努力することが重要です。
また政策提言に取り組んだり、(政策の)主導権を握ることもできるでしょう。各国のCO2排出量はそれ自体は微々たるものですが、有用な方策を全世界に広まれば最終的なCO2削減につながります。
残念なことに、私たちはこれまで効果がなく、非現実な政策を支持してきたようです。
経済学者は数十年間、カーボンプライシングを提唱してきました。単純な経済学的観点にも基づき、炭素排出に価格付けを行うことで、効率的な解決策が生み出されることに期待をかけました。しかし全世界の純炭素価格は1トン当たりマイナス10.49ドルにとどまり29全体として未だに補助金頼りの状況にあります。
詳しく突き詰めてはいませんが、カーボンプライシングには克服し難い政治的障壁があるようです。
代わりに、私たちは成功実績のある実現可能な方策に専念するべきです。例えば、イギリスでは現実的な政策と補助金を組み合わせて導入することで石炭火力発電の完全廃止に成功しています。スウェーデンやフランスでは原子力発電を導入し、大きな成功を収めています。適切な政策提言を行うことで、同じようなことがどの国でも実現可能なのです。
政策提言に興味のある方は政策関連またはより広義に広報・報道のページをご覧ください。
炭素除去技術の研究(ソーラージオエンジニアリングを除く)
グリーンエネルギーと比較して、炭素除去の技術(マイナス排出や炭素吸収・貯蔵など)は比較的取り組みが進められていない分野のようです。(一般的見解を参照)炭素除去は、排出量に伴う気候の影響を軽減する重要な方策となるかもしれません。
このように炭素除去を行うことはジオエンジニアリングの一種であり気候への意図的介入という形式を取ります。他にも、主要な形式としてソーラージオエンジニアリング(地球を冷却するために、意図的に太陽光を反らす技術)があります。ソーラージオエンジニアリングは、前例のない規模で人的操作する行為であり、一度使用されることで壊滅的状況を引き起こしかねないことからそれ自体が人類を大きな危険に晒すと言えます。これは実際の気候変動よりさらに強力な影響を及ぼす恐れがあり、今後さらなる開発がなされることを私たちは警戒しています。
ジオエンジニアリングの研究は主に学術界で行われています。オックスフォード大学のジオエンジニアリングプログラムでは、社会的、倫理的、技術的観点から研究が進められています。
気候変動による極度リスクに関する研究
私たちは、気候変動自体が社会を崩壊するような大惨事を引き起こしたり、または世界人口の大部分(一割以上)に死をもたらせたりする可能性がある、とは考えていません。しかし、既述のように気候変動が間接的に人類への脅威を増大させる恐れがあります。
しかし、気候変動がどれほど人類に対する脅威に寄与しているのかという問いや、影響を緩和するための最善策は何かという問いに対して、明確な答えを持つことは困難であることがわかりました。それは、究極のリスクを考慮に入れたシナリオ、又は気候リスクとその他存亡リスクの相互性がほとんどの研究対象となっていない故です。
ですので、特定の気候分野に関する研究への投資を拡大することで、政策決定者や一般市民が気候変動による極度の直接的・間接的リスクについてより良い情報を得ることに繋がり、またこれらのリスク軽減策を見出すことに繋がるかもしれません。
極度の気候変動に関する研究は主に学術界で行われており、アメリカ国立科学財団など科学界で主要な基金団体が研究を支援しています。ケンブリッジ大学の生存リスク研究センターやシンクタンクThe Global Catastrophic Risk Instituteなどで極度気候変動および対応策について研究が進められています。
これら研究職に関する詳細は、私たちのキャリアプロファイル学術研究をご覧ください。
解消できていない重要な疑問点
気候変動に関して強固な結論を導き出すことは実に難しいことです。最悪な事態に焦点を当てる場合特にそう言えます。
このことから確信を持てていない点が複数存在し、想定と異なった場合、私たちの見解も大幅に変わることとなります。例えば、以下のような点です。
・地球はどれほど暑くなるのか?私たちの研究あるいは推論は誤っているのか?研究により今後解き明かされるのか、それとも単に答えを知るには難しすぎるのか。
・現在気候予測モデルに組み込まれていない追加のフィードバック・ループおよび臨界点は、実際どれほど重要なものなのか?単純にこれまで検討事項に入っていなかっただけか。
・人類絶滅にかかわる気候変動の間接的リスクの大きさは?どの経路で存亡リスクを高めるのか?繰り返しになるが、研究で明らかになっていくのか、それとも現実的に難しいものなのか。
・各影響を考慮した際、気候変動の領域で最も疎かになっているのは?(気候変動による極度リスク、その他との相互性、特定のグリーンテックなど)
Learn more(英語のみ)
CarbonBrief has a range of excellent content and updates on climate change
Good news on climate change argues that more recent research into climate change has reduced our uncertainty about the chances of extreme risk (take a look at the comments too for some healthy disagreement)
Founders Pledge’s full report on high-impact climate philanthropy (PDF) (2021)
Chapters 4 and 6 of Toby Ord’s book The Precipice: Existential Risk and the Future of Humanity (2020)
Podcast: Mark Lynas on climate change, societal collapse & nuclear energy
Podcast: Kelly Wanser on whether to deliberately intervene in the climate
Podcast: Toby Ord on the precipice and humanity’s potential futures, which discusses climate change in Chapters 10 and 11 (2020)
John Halstead’s informal report on climate change and existential risk
Climate Shock: The Economic Consequences of a Hotter Planet by Gernot Wagner and Martin Weitzman (2015)
Chapter 13 of Global Catastrophic Risks, edited by Nick Bostrom and Milan Cirkovic (2008)
Podcast: Prof Yew-Kwang Ng on ethics and how to create a much happier world — Yew-Kwang Ng is a visionary economist who anticipated many key ideas in effective altruism decades ago and has written about the importance of climate change reduction
Podcast: Lewis Dartnell on getting humanity to bounce back faster in a post-apocalyptic world
Acknowledgements
Huge thanks to Goodwin Gibbins, Johannes Ackva, John Halstead, and Luca Righetti for their extremely thoughtful and helpful comments and conversations.
This work is licensed under a Creative Commons Attribution 4.0 International License.
脚注
本文中の注に関しては原文を参照してください。
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