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ライトハウス英和辞典で遊ぼう(序章)


英和辞典の文学性  ~序章に代えて

 皆さんは普段、どんな目的で英和辞典を開かれますか?
 英語の試験のため?
 それが一番多いかもしれません。
 英語の専門書や論文を読むため??
 ご苦労様です。
 それが、英和辞典の正しい使い方です。

 つまり英和辞典とは現在、他に「読むもの(しかも、多くの場合は読みたいものではなく、読まなければならないもの)」を読み解くために使う「道具」に過ぎません。

 しかし、私は主張したい。
「英和辞典は、それ自体でも楽しめる書物である」と。
「英和辞典を読む」という娯楽の読書が可能である、と。

 研究社刊「ライトハウス英和辞典(KENKYUSYA'S LIGHTHOUSE ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY)」が、今、私の手元にあります。高校時代から使いつづけているのですが、1984年初版、1988年第43刷のものです。


 他の辞典のことはよく知りませんが、この「ライトハウス英和辞典」は、小説であり、文学です。だからこそ、捨てられずに今に至ります。

 例えば、「主張する」という意味の単語、persistを調べてみましょう。1038ページです。

persist【主張する】
My wife persisted in dismissing the pretty young maid.
妻はその美人の若いお手伝いを首にするといってきかなかった

 ほら、どうですか。すでにドラマの扉は開かれています。
 たかだか「主張する」という単語の用例作文に、「妻」を登場させ、「美人の若いお手伝い」を登場させる、そこには何の必然性もありません。
 あるとすれば、その理由はただ一つ「読者を楽しませるために、ショートストーリーを折りこみました」という、作り手側の熱意です。

 1293ページにはshock(ショック)とその例文があります。

shock【ぎょっとさせる】
His wife was shocked to find bright red lipstick on his collar.
彼の妻は彼の襟に鮮やかな赤い口紅のあとを見てぎくっとした

 ぎょっとするだけなら、ゴキブリでも雷でもなんでもいいはずです。そのほうが辞書をよりスリムに、安価に、労力を少なくして製作できます。
 しかし、「ぎょっとする」ために「彼」と「彼の妻」と「襟の口紅あと」を登場させる。単語一つのために舞台設定し、役割を持ったキャラクターを登場させ、いやがうえにも続きの展開を気にさせる。
 これが、文学ではなくて何でしょうか。


 もちろん、1600余ページに及ぶライトハウス英和辞典が扱う文学的題材は、こういった夫婦間のトラブルばかりではありません。

メロドラマへの展開もあり、

although【たとえ…でも】
Although she didn't love him, she had to marry him.
たとえ愛していなくとも彼女は彼と結婚しなければならなかった

keep【行う、催す】
She kept her birthday alone.
彼女は独りで自分の誕生日を祝った

bare【ありのままの】
A bare look from the doctor was enough to tell her the truth.
医者の偽らない顔だけで彼女に真実を告げるのに十分だった

ホームコメディーのセンスも持ち、

clean【汚れていない、未使用の】
This pillow case has been used. Give me a clean one.
このまくらカバーはだれかが使ったものだ。新しいのを下さい

complain【訴える】
He complained to the police about his neighbor's dog.
彼は隣の家の犬のことで警察に訴えた

slip【滑って転ぶ】
I slipped on a banana peel.
私はバナナの皮で滑った。

demand【要求する】
My wife demanded that I give up stunt flyting.
妻は私に曲芸飛行はやめてくれと言った

官能小説の匂いもあり、

confess【白状する】
He confessed to visiting a striptease.
彼は実はストリップショーを見に行ったと打ち明けた

time【時】
At the time he called on me,I was just taking a shower.
彼が訪ねてきた時、私はちょうどシャワーを浴びているところだった

be【…しているところだ】
The phone rang while I was taking my bath,as usual.
例によって私の入浴中に電話が鳴った

dally【いじくり回す】
He was dallying with the stick.
彼はその棒をいじくり回していた

dare【…に挑む】
I dare you to touch it.
君に触れるものなら触ってみろ

dare【…に挑む】
She dared me to drink it.
彼女は私に飲めるものならそれを飲んでごらんと言った

(すいません、後半は私の妄想でした)

サスペンスの香りもする。

discovery【発見、…に気付くこと】
She was shocked at the discovery that her husband was a murderer.
彼女は夫が殺人犯だったと知ってショックを受けた

conscious【…に気付いて】
She was conscious that she was being followed by a man.
彼女は一人の男にあとをつけられていることを知っていた

abet【けしかける、そそのかす】
She abetted him in escaping from prison.
彼女は彼をそそのかして刑務所から脱走させた

on pain of【…を承知の上で】
She did it on pain of death.
彼女は死刑になるのを承知でそれをしたのだ

disguise【変装する】
He disguised himself as a salesman and visited her house.
彼はセールスマンに変装して彼女の家を訪れた

be【…される】
He was buried alive by the villagers.
彼は村人たちに生き埋めにされた

その上ちゃっかり自分の宣伝までしている

favor【支援、人気】
This dictionary is gaining favor with teachers.
この辞書は先生たちに人気が出てきている

become(get) accustomed to【慣れる】
Have you got accustomed to using this distionary?
この辞書は引き慣れましたか

 恐るべし、ライトハウス英和辞典。
 さらに、小説の構築に不可欠なキャラクター設定についてもかなり詳細に行われています。


 例えば、「ドリー(DOLLY)という少女は、辞典中にたった2回しか登場しませんが、そのキャラクターはかなり固定されています。

dillemma【ジレンマ】
Dolly was in dillemma whether to date ugly Tom or boring Bill.
ドリーは顔のまずいトムとデートするか退屈なビルとデートするかのジレンマに陥っていた

sigh【ため息をつく】
"I'm unhappy,"Dolly sighed.
「私は不幸だわ」とドリーはため息をついた

 ドリーは不幸です。英和辞典でこんな扱われ方をされているとは、かなりの不幸です。
 しかし、「顔のまずいトム」と「退屈なビル」の方が、救われていない気もします。

 続いては、これまた登場頻度の低い脇役キャラ、ジム。

cartainly【もちろん】
Are you going to have a date with Jim tomorrow? ---Certainly not.
あなたは明日ジムとデートするの  --とんでもない、するもんですか

foolish【愚かな】
It's foolish of you to love a man like Jim.
ジムのような男を愛するなんてお前もばかだ

 「とんでもない」「するもんですか」「ジムのような男」「お前もばかだ」の、バックスクリーン4連発。
 ストーリーの作り手が「ジム」という実在の男性に苦い過去を持っていることは、想像に難くありません。


 他にも、例文に頻出するホワイトさん、グリーンさん、ブラウンさん、ブラックさん、スミスさん、ロングさん、ジョン、トム、メアリー、ナンシー、メグなどは、その社会的立場やイデオロギー、趣味、お互いの交友関係などが、かけ離れた各例文間でほとんど矛盾がなく、緊密に絡み合って一つの小社会を作り出しています。
 数千にも及ぶ例文がある中で、この設定は偶然ではありえません。辞書をひく者に気付いてもらえるよう、高度に意図されて行われているものです。

 さあ、古い先入観を捨て去りましょう。
めくるめく英和辞典文学の世界が、あなたを待っています。

→第1話 『学園天国』へ


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