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京都市交響楽団 第656回定期演奏会 指揮:鈴木優人 ソリスト:上村文乃

鈴木優人さん指揮、ソリストはチェロの上村文乃さんという組み合わせで、主にバロック音楽を演奏するこのコンサートは、コロナ禍の影響により無観客で開催されました。そのようすは「ニコニコ生放送」で無料ライブ配信され、1週間のアーカイブ付き、しかも鈴木さんのトーク付きという、ものすごいお得感のある公演。筆者はオンタイムはかなわず、アーカイブで観覧しました。

クラシック音楽初心者なうえ、その中でもバロック音楽は筆者にとってなかなか近寄りがたいものでした。今回のプログラムは、少なくとも後半のベートーヴェンは聴いたことがある作品だし、ニコ生(ニコニコ生放送)で無料配信されるという珍しい機会というきっかけで拝見したところ、興味深いお話をたくさん聴くことができたりして想像以上に楽しめました。今回はそのせっかく仕入れた知識を自分なりに少し調べた情報を加えて、書き残しておくことにしました。

この記事は、クラシック音楽初心者が勉強がてらコンサートの余韻を味わう目的で残す、備忘録に近いコンサートレポートです。


プログラム

ヘンデル:歌劇「忠実な羊飼い」序曲
ラモー(鈴木優人編):歌劇「みやびなインドの国々」組曲
ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲 ト長調 RV414
ベートーヴェン:交響曲 第7番 イ長調 作品92
<アンコール>ボッケリーニ:チェロ・ソナタ第6番 イ長調より”アレグロ”

<出演>
鈴木優人(指揮・チェンバロ)
上村 文乃(チェロ)
京都市交響楽団

公演日:2021年5月15日(土)京都コンサートホール・大ホール
 配信:2021年5月15日(土) ~ 5月22日(土)


鈴木優人さん

鈴木優人さんはBCJ(バッハ・コレギウム・ジャパン)の首席指揮者、また読売交響楽団の指揮者/クリエイティヴ・パートナーとして著名な方。指揮者でありチェンバロ・オルガン奏者であるという、マルチな活躍をされています。指揮者によって音楽を聴き分けるというレベルにはまだ到達していない筆者は、お名前すら存じている指揮者が多くなく、このコロナ禍で登場した「The Three Conductors」のおかげで鈴木さんを知りました。(ファシリテーターの原田慶太楼さん、鈴木優人さん、山田和樹さんの指揮者3人でゲストを迎えつつ、時には?わりと?裏話をする(笑)YouTube番組)ステイホームのラッキーな副産物です。

以来、鈴木さんはどういう音楽をされる方なのだろうという興味で、BCJのオペラ「リナルド」のダイジェストや(無料のものですみません)「おうちでバッハ~BCJ特別ライブ配信~」(無料のものですみません)で、少しだけ拝見していました。「リナルド」では朗らかに、とても楽しそうに指揮をされている鈴木さんが印象的です。

今回、京都市交響楽団との共演、さらにはおひとりでのトークは初めてだったのだそうです。チェリストの上村さんとは、「おうちでバッハ」でチェンバロ奏者として共演されて以来とのことでした。

オペラ「リナルド」ダイジェスト

「おうちでバッハ~BCJ特別ライブ配信~」


ニコニコ生配信

ニコ生は観客が匿名でコメントをすることができ、画面上にそのコメントが流れるというのがおもしろいところです(画面に出ないよう設定を変更することも可能)。またYouTubeやインスタライブなどと違い、コメントがアーカイブに残ります。観客の中にはクラシックファンもいれば、ニコ生のユーザーで「おすすめコンテンツとして上がってきたから」などというきっかけで、クラシックを初めて聴く層も多くいるのが特徴的。

そのクラシック音楽の知識レベルがバラバラな観客が自由にコメントすることで、意外な化学反応が起こります。専門的な話で盛り上がる人もいれば、演目や楽器の解説をしてくれる人がいたり、初歩的なことを聞くのは躊躇するとか、クラシック音楽の何が楽しいのかわからないなどという敷居の高さを取っ払う居心地の良さがあります(初心者目線)。反対に、クラシック音楽を「888888」と拍手したり「ノシ」と手を振ったりする独特な言語で楽しむというのも新鮮なものです。

そして、ニコ生は音が良いです!そして配信全体でいえることなのですが、様々なカメラアングルでステージを見ることができ、演奏者の手元や表情、そして違う角度から楽器を見ることができるというプラスの要素があります。コンサートホールに行けなくても、単にその音だけ流れてくるマイナスだけではないということに気づきます。


トーク:バロック音楽と古楽器

コンサートの15分前くらいだった記憶ですが、鈴木さんがプレトークとしてステージに登場。その日の公演について、またバロック音楽とその楽器のことなどについて、初心者にもわかるように教えてくださいました。後述しますが、休憩時間もトークに割いてくださるサービス精神!

1)バロック音楽について

そもそもバロック音楽って何だろう?と少し調べてみました。バロック時代とは1600年頃から1750年頃までを指すもの。ポルトガル語で「いびつな真珠」という意味がある「バロック」という言葉が付けられたのは、それまでの音楽から比べてとても派手だったからなのだそうです。・・・派手??と近現代から聴き始めた初心者としては耳を疑う表現なのですが、調べてみるとそれまでの音楽といえば教会で歌われる無伴奏の「グレゴリオ聖歌」など宗教音楽(中世)、またそこから発展したオペラ(ルネサンス)。たしかに聖歌はシンプルですが、当時のオペラもシンプルだったのでしょうか?オペラというとフルオーケストラのイメージしかない筆者は、勉強不足でまだ追いついておらず・・・宿題にしておきます。

バロック音楽以前のルネサンス時代までは一定のルールのもとに整然と音を重ね合わせた音楽だったものを、バロック音楽では「喜び」や「嘆き」などの情念を音楽で表現するようになったのだそうです。

ちなみにバロック時代の終焉である1750年頃というのは、バッハが亡くなった年。音楽の父が亡くなったことでひとつの時代を終わりとしたのでしょうか。その偉大さがわかりますね。


2)バロック音楽の特徴

鈴木さんによると、バロック音楽はほぼ即興音楽なのだという意外な事実!通奏低音というそうですが、バロック音楽は作曲家がコード名は指示してはいるが、ベースラインはどの楽器でも良く、それにハーモニーを作る楽器もどれでも良いのだそうです。近現代から聞くと、例えばバッハのピアノ曲然り、今回聴いたオーケストラの作品たち然り、筆者にはむしろ規則性しかないように感じてしまうのですが、もっといろいろと聴くようになったらわかるようになるのでしょうね。

鈴木さんは今回、コントラバスやバスーンなど低音の楽器と編成されたということです。

3)バロック時代の楽器

筆者はピアノの歴史への興味でチェンバロについては少し調べたことがあったのですが、その他のバロック楽器を先日の「おうちでバッハ」で初めて目にしました。その時はチェンバロ、バイオリン、チェロ、オーボエ、声楽という編成だったのですが、前回のトークと合わせてご紹介いただいたことを、思い出せる範囲で書いてみようと思います。

楽器はバロック時代からベートーヴェンが活躍した時代まで徐々に進化していったのだそうで、弦楽器は弓が弓道の弓のように文字通り”弓なり”のものだったという。今使われているバロック楽器は弓なりではないようですが(筆者が見ていないだけでしょうか)弓の先端が尖っているのが特徴。少し幅広にも見えます。そして弦は現代では湿気に強い金属(スチール)が主流ですが、バロックのものは羊の腸を乾燥させてよったものにスチールを巻いたものや、何も巻かない裸ガットと呼ぶものが使われていたのだそうです。上村さんが使っていらっしゃるチェロの弓も裸ガットなのだそうです。その背景には、20世紀までスチール弦は安定して作れなかったという事情があるのだといいます。

ちなみに筆者は前回から上村さんのチェロにエンドピンがないことが気になって仕方なく、ピンを外して演奏するのはモダン・チェロでもあることなのでしょうか。ピンのあり・なしでどんな違いが出るのでしょう。そして「おうちでバッハ」で拝見したバロック・バイオリンはやたら大きい黒いハンカチのようなものをあごに当てていたのが不思議だったのですが、後にその演奏をされたバイオリニストの寺神戸さんが答えをツイートしてくださっていました。黒い牛革でした。

現代の弦楽器にバロックの弓を合わせることもできるようで、今回のコンサートでもそういった使い方をされている方もいたということですが、音の違いは出るのでしょうか。こちらの楽器店のサイトにバロックと現代の弓の違いのわかりやすい写真が載っていたのでリンクを貼らせていただきます。

また、ティンパニも窯が現代ものより少し小さく、ペダルがない代わりにハンドルを手で回して音を変えるものでした。こちらはそれぞれの部分を現代の楽器で示したものです。

バロック楽器


ヘンデル:歌劇「忠実な羊飼い」序曲

この作品は、記念すべき京都市交響楽団の第1回定期演奏会のプログラムであり、1956年だったというその当時は歌舞練場で演奏されていたのだそうです。

コンサートが始まるとこれが噂の弾き振り!ということで、鈴木さんが登場するなり背を向けてピアノ椅子に座るというのが、興味深い光景でした。無観客で指揮者が登場しても、演奏が終わっても拍手がない静まり返ったホールは、昨年から何度か見てきたとはいえ、まだ違和感を感じるものですね。舞台の真ん中に置かれた鮮やかな緑色のチェンバロはセミコン・ピアノよりも少し小ぶりなようで、ピアノ協奏曲のときなどと違い客席と垂直に置いているのが新鮮でしたが、これは今回の演出なのでしょうか(弾き振りだから?)。それともチェンバロの特徴なのでしょうか。ひとつ気づくことといえば屋根がなかったのですが、何か関係があるのか気になるところです。

演奏とは直接関係ないですが、チェンバロはコンサートホールに常備していないのでは?もしかしてその都度、一緒に東京から旅をされているのか?など、未知なるバロック楽器は次々に好奇心がそそられる疑問が出てきます。

ステージ上は楽器の数も多くなく、室内楽のようにこじんまりと編成されたオーケストラで、鈴木さんはチェンバロを弾きながらアイコンタクトを送り、時に立ち上がりながら弾き、手があくときは手で指揮をし、忙しそうでした!

この作品は、フランス序曲と呼ばれるもので(記事が長くなりそうなので今回はこれ以上調べるのをやめました笑)テンポの遅さ早さのコントラストが際立っている曲なのだそうです。5~6分の短い曲でしたが、主に教会で演奏されていた時代の音楽は、このくらいの長さなのかもしれませんね?


ラモー(鈴木優人編):歌劇「みやびなインドの国々」組曲

読売交響楽団の演奏のために鈴木さんが編曲したもので、もともとオペラ曲であるものから器楽で演奏できる部分を取り出し、6曲からなる組曲にしたもの。読響のために編曲したのでバロックの曲でありながらモダン楽器で演奏できるようにし、オーケストラも大人数で演奏するように変えてあるということでした。

鈴木さんによると、フルートとバイオリンだけの部分にピッコロがデュエットで入ってきたり、伴奏はファーストバイオリンが担当するという珍しい構成になっているといいます。

先ほどのヘンデルよりもう少し近代に近いダイナミックなメロディが入っているような印象で、小学校の音楽室にあるような太鼓が登場していました。ニコ生のコメントにより、当時のフランスからみて異国情緒ある国=インドとイメージされていたのが表現された作品であり、ドンドンという太鼓の音は象の足音を彷彿とさせるのだそうです(歴史的にそう伝わっているのか、それともコメントした方の印象なのかわからないのですが)。そういわれると、この迫力が象に思えてきました。


ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲ト長調RV414

鈴木さんのチェンバロと上村のチェロで聴いた前回のライブ配信の演奏は、こじんまりとして神聖な空気感があり、音の響きが素晴らしいホールで奏でられる音楽がとても美しく、バロック音楽の素晴らしさが少しだけわかった気がしました。

ここで登場した上村さんはまず衣装が素敵でした!ロイヤルブルーのような鮮やかなに、花柄?ペイズリー柄?のようなスカートを合わせていらっしゃいました。

ステージにはチェンバロを少し傾けて、チェロのスペースが作られます。ここでも鈴木さんは弾きながら、ソリストにアイコンタクトを送りながら、鍵盤から手を放すところでは手で指揮をしていて、コンサートマスターさんには背を向けて息を合わせています。この曲は当時のチェロの技術としては最高の難度だった作品なのだとか。

今回使用されたチェンバロも興味深く拝見していました。抹茶のような少し渋みのある緑にゴールドのラインとゴールドの足、現代のピアノとは鍵盤の黒と白の色が逆になっているというチェンバロのデザインは、とても趣がありました。当時のヨーロッパでも日本の平安時代の伝統色のような、色が何かを意味したり、高貴な人たちにした使用を許されていない色などはあっただろうかなど想像が膨らみます。

インターミッション

休憩中も上村さんをお迎えして、先ほどまで演奏されていたバロック・チェロのことなどを紹介しながら、観客を楽しませてくださる鈴木さん。すごい労力&体力が必要なのではないかと推察しますが、鈴木さんは休憩しなくて良かったのでしょうか・・・。

スイスで音楽を学ばれた上村さん。音楽を始めたきっかけについて、ピアノを習ってはいたが音楽家になろうとは思っていなかったこと、チェロはピアノやバイオリンに比べて親近感を持ったからだということなどお話くださいました。

またプレトークのときと同じように、タブレットでニコ生の画面をご覧になりながら、私たちを”逆ライブで”見てコメントを拾ってくださっていました。拍手が送れない環境では、こうして文字で汲み取ってくださるとオンタイムで気持ちが伝わりますが、鈴木さんは大変だと思います。コロナ禍仕様のコンサートも楽しいものですが、音楽家の方にだいぶしわ寄せがいってしまいますね・・・。


ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 作品92

休憩を挟んで後半は近代音楽のベートーヴェン。筆者はバロックとだいぶ遠い存在というイメージがあったのですが、前に演奏されたバロックの作曲家たちからはベートーヴェンの師であるハイドンを介して、直接つながっているのですね!素晴らしい流れのプログラム。

今回のプログラムはバロックの作曲家3人の3つの国(イギリス・フランス・イタリア)を旅した後、どこかバロック音楽を感じさせるこの作品を、ということだったのだそうです。ちなみに筆者は最近までコンサートのプログラムを決定するのが指揮者であることを知らなかったのですが、意識してみるようになると、こうしてとても意味のある組み合わせを作る「粋な」職業であることに気づきます。

近代の曲になり、楽器が増えてフルオーケストラ(?)になっていたのですが、その配置が斬新でした。もしかしたらバロック・オーケストラでは珍しいことではないのかもしれませんが、見覚えのある扇の形に近くはあるものの、真ん中の後方があいていて凹んでいます。また筆者のイメージではいつも右にいるコントラバスが左に、左にいるイメージのティンパニ(のバロック版)が右にいます。トランペット(のバロック版)もティンパニの横、最後方の列にいました。ちなみにこういった楽器の配置も指揮者が決めるという事実も最近「The Three Conductors」で知ったことです(筆者に多大なる知識を与えている存在)。

この日の演奏はゆっくりとしたテンポで始まって、徐々にスピードが上がっていき躍動感が出ていた印象があったのですが、その序盤からどっしりとして丁寧な音という印象を持ちました。指揮をする鈴木さんの表情からしても、いつもの朗らかさから一転、重厚なベートーヴェンの世界に没入しているようで、コンサートの指揮者が作り出す空気感はオーケストラに伝えられ、そこから観客に伝えられるものなのだと感じさせられました。

そんなことに目を奪われていたり、聴き馴染みのあるベートーヴェンのメロディに浸っていたところ、第2楽章を聴いていてハッとしました。鈴木さんは具体的にどの部分とは説明されませんでしたが、バロック音楽を感じさせるものがあると仰っていた言葉を思い出すことになりました。どこか神聖で、第2楽章はこんなに感動するものだっただろうかと驚きました。もしかしてバロックを主なレパートリーとする鈴木さんだからこその音だったのでしょうか。


<アンコール>ボッケリーニ:チェロ・ソナタ 第6番 イ長調より”アレグロ”


アンコールは鈴木さんのチェンバロと上村さんのチェロとのデュオ。明るく爽やかなメロディの中に超絶技巧やダンスのようなリズムも入ってきたり、表情豊かな曲でした。

そして公演の最後は拍手のない異様な静けさの中、満点の笑みの団員の拍手で迎えられてのカーテンコール。鈴木さんも各奏者にブラボーを届けたり、カメラに手を振ったり、無観客ながら温かい空気感で包まれていました。

最後に

今回のコンサートでは鈴木さんのトークにより、とても遠い存在だったバロック音楽が少し身近に感じられるようになりました。このコロナ禍でSNSや配信など、音楽家のお話を聴くことができる機会が増えたことは、初心者にとってとてもラッキーなことです。

ちなみに先日の「おうちでバッハ」でも登場していましたが、トークではタブレットを使い、オンタイムで観客のコメントを拾ってくださるという、鈴木さんはテクノロジーに強い方のようです。「おうちでバッハ」のときは楽譜もタブレットでした!指揮も演奏も編曲もされるうえトークもお上手であり、テクノロジーにもつ強いという、マルチな才能をお持ちの方ですね。

その音楽を最も味わえるのは生演奏と言われるアナログの世界で、ライブ配信という最新の環境で行われるようになったクラシックコンサート。その中でもバロックをレパートリーとする方が、誰よりも(?)最新のテクノロジーを駆使しているというギャップがたまらないです。

今回のようなコンサートは古典(最古)と最新の素晴らしい融合ですね!

出典

「マンガで教養 はじめてのクラシック」飯尾洋一 監修 朝日新聞出版

「クラシック名曲全史 ビジネスに効く世界の教養」松田亜有子 著 ダイヤモンド社



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