俺は、17で実家を捨てた
父方のばあちゃん、父、母、俺、弟。
父が40、母が30のときに俺は生まれた。
その3年後に、弟も生まれた。
俺ら一家は、ごく普通の家族構成だ。どこにでもいる、一般的な家族。両親は共働きで、ばあちゃんに育てられた。いわゆる "おばあちゃんっこ" だった。
小さいころは気がつかなかったけれど、俺の父は酒癖が悪い。そう自覚したのは、小学生になってからだった。ふだんは優しいのに、酒を飲むと人が変わる。子どもの頃の俺たちはたまったもんじゃなく、家の2階によく避難していた。
最初は、ばあちゃんによく当たっていた。次いで、物。家の壁はいろんなところに穴が開いていた。
ところが、怒りをぶつける先がなくなると2階の俺たちが餌食になる。だいたいは怒鳴られるだけのことが多いんだけど、ひどいときは首を絞められた。これがまた、生きた心地がしねぇの。首を絞められたことがある人にしかわからないかもしれないんだけど、幼いながら走馬灯のようなものが見えたんだ。10年くらいしか生きていないわけだけど。
そんな父は、仕事帰りの母に当たることも多かった。物を投げつけて、皿が割れることもよくあったな。
中学生になってからは、より父親の生々しさを知ることになる。どうやら、酒癖だけじゃなくて女癖も悪いらしい。
母が言うには、父はマッチングアプリをしているとのこと。いやいや、あんた何歳だと思ってんの。もう60近いんだぜ。というか、その前に既婚者だろ。法的に大丈夫なのかよ、それ。母も母だ。父がそんなことをしていると知っているのに、なんで何も咎めないんだよ。
思春期も真っ盛りになり、さまざまな知識がついてきた俺は、同時に父のことを重く感じるようにもなった。アホな友人とはさ、そういう話で盛り上がれたんだけど、いざ身近にこんな人がいるとしんどいぜ。
母に問い詰めてみた。なんでそんなことをする父と離婚しないのかと。俺の常識では、不倫しているやつとは離婚するのが定石だと知っていたからだ。
「お金がないからよ」
母からはあまりにも普通の返事が返ってきて、がっかりした。いや、大人の事情で考えたら普通ではないのかもしれない。俺は中学生で、弟はまだ小学生。これからの進学費用とか食費とかを考えたときに、母が1人で養うのは難しいと判断したのだろう。ばあちゃんも父方の人だから、父と離婚したら離れなければならない。確かに、それは嫌だ。
相変わらず父の暴言や暴力は収まらなかったが、事情を理解できた俺たちは耐えた。ばあちゃんや母のことが大好きだったし、俺たちが2人のことを支えないといけないと思った。
家庭では混沌とした状況で、お世辞にも居心地がいいとは言えなかった。そんなとき、学校でもいじめが横行した。俺は、おとなしいほうでもなかったが、目立つほうでもなかった。とりあえず、金髪でタバコ吸っているやべぇ同級生とは関わらないように努めた。
努めても、やはり無理だった。簡単にいじめのターゲットにされた。それは、平成の時代には考えられないくらいのいじめだった。金魚を食べさせてこようとしたり、タバコを押し付けられたり。暴言は当たり前で、女子の前でズボンをずらされることもあった。
それでも俺は負けなかった。絶対に学校を休まずに、耐えた。学校では涙を流さず、家で思いっきり泣いた。泣いたら、不思議と気分が晴れた。休まなかった理由は、一度休むと二度と登校できなくなると思ったからだ。
そんなこんなで、家庭でも学校でも耐える日々が続いた。中学生には、あまりにも荷が重くなる事態だった。
さらに、弟が学校に行けなくなってしまった。理由は絶対に教えてくれない。問い詰めてもさらに追い込むことに繋がるから、家族は誰も理由を聞かなかった。
壮絶ないじめに耐え、俺は高校生になった。高校は偏差値が高いところに進学したから、いじめはなくなった。いじめはなくなったけど、学校はつまらなかった。
父の荒さも目立ってきたし、ここからは俺がみんなを守らなければいけないんだ。そう決意した矢先に、母から大事な話があると言われた。また父が何かをやらかしたのか、と高をくくっていたのだが、想像の斜め上をいくことを告げられた。
「あなたは、私の子じゃないの」
ん? はい?? いや、頭がハテナだらけだわ。どういうことだ。俺は確かに、幼いころからこの家庭で育った。そのときに、この母はいた。確かに、いた。それなのに、どういうことだ。
「私も付き合っているときは知らなかったんだけど、どうやら連れ子がいたみたいなの。2人いて、1人をあなたの父が引き取った。それが、あなたなの」
呑み込めねぇよ! え、どういうこと? 確かに、俺は顔が父にとっても似ていて、母にはいっさい似ていないけど、そんなのよくあることで、不思議ではないでしょ。それに、物心ついたときにはこの家にいたから、俺の本当の母である人の存在なんて知らない。ここまで記憶がないことなんてあるのか。俺は、何者かによって記憶を消されたのか。
聞くと、俺が1歳にも満たないころに父は母と結婚したらしい。それ、絶対母と付き合っている期間と、前の奥さんと結婚していた期間かぶっているだろ……。どこまでもクソな男だな本当に。
この話を聞いて、俺の中で何かがぷつん、と切れた。俺は、父以外の家族を守ると決めたのに、父としか血が繋がっていないという現実を目の当たりにして、どうしようもない気色悪さと悔しさが表出してきた。
「守るべきものはここにはないのか……」
そう思ったら早かった。それから数ヶ月後に高校を辞め、親元から遠く離れた土地で孤独に過ごし始めた。
そのときの年齢は、まだ17だった。
それから、一度も実家に帰っていない──
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